何万回でもキミに。
真っ白なドアに、小さくノックする。
しばらくして、中から小さな返事が聞こえて。
「おはよう。調子はどう?」
俺はそう微笑みながら病室の中に入っていった。
真っ白なベットに体の上だけを起き上がらせている彼女に、少し高くなってきた日がキラキラと当たっている。
彼女は、俺に少しだけ目を細めると
「調子は、いいよ。」
無邪気に、笑う。
そして
「ところで、あなたは誰ですか?」
その笑顔を崩さないまま、俺にそう問いかける。
初めは、体が引き裂かれる思いだった。
1年前、こうして病室に入った時も彼女は笑いながら俺にそう言った。
屈託ない、無邪気な笑顔で、「あなたは誰ですか?」って。
「病院って、退屈なんだ。良かったら、お友達になってくれないかな?」
彼女はそう、続ける。
「もちろん。」
俺も微笑んで、彼女のベットの傍に置いてある椅子に腰かけた。
ゆっくりと、いろんな話を彼女と続ける。
昨日話したことを、彼女は覚えていない。
俺と一緒に過ごした日々を、彼女は覚えていない。
「あぁ、桜が散っちゃうね。」
一緒に見た桜を、彼女は覚えていない。
「夏が来たら、海に行きたいなぁー。」
一緒に見た海を、彼女は覚えていない。
俺が覚えていることを、彼女は覚えていなくて。
俺が彼女を好きだったことを。
彼女も、俺を好きだったことを。
俺とキミが、愛し合っていたことを彼女は覚えていなくて。
「見て。すごく夕日がきれい。」
そう言った彼女の横顔に光る夕日が、俺を憂鬱にさせていることをキミは知らないんだろうな。
明日になったら、キミはまた俺の事を忘れる。
今日話したことも、全部全部忘れちゃう。
俺と彼女の思い出が、積み上がっていくことはない。
「ねぇ、明日も来てくれる?」
「・・・もちろん。」
そう答えると、彼女は本当に嬉しそうにふわりと笑った。
そんな彼女に、いつも俺は我慢できなくなって、彼女の小さな体を優しく抱きしめる。
「・・え?どうしたの?」
戸惑いながらも俺の背中に腕を回す彼女を、さっきよりも強く抱きしめて。
「・・泣いてるの?」
優しく俺の背中を撫でてくれる彼女が、愛しくて。
「・・・・好きだよ。」
そのまま、彼女にそう言った。
明日、キミが俺の事を覚えていなくたって。
俺が今言った言葉を、キミが覚えていなくたって。
それでもいいから。
それでもいいから、ここにいて。
キミが覚えていないなら
俺が何万回でもキミに伝えるから。
愛の言葉を、何万回でも、キミに・・・・
「・・・なんか、嬉しいな。」
そう言った彼女の頬に、暖かい一筋の涙が流れた。




