GROWTH
うっそうと草木が生い茂る森の中を、1人の青年が歩いている。
緑と茶色ばかりの空間の中で、男の存在はひどく浮いていた。身長190センチはあろうかという大男だ。上半身は裸にさらしを巻いたのみで、その鍛え上げられた肉体を惜しげもなくさらしている。背にからっているものはおそらく刃物だろう。革製のさやにつつまれた刀身はかなり長く、肉厚である。ゆったりとした真っ赤なズボンを穿き、腰の帯には、2本の水筒と、木製の小物入れが括り付けられていた。
眉は太く、目つきが鋭い。がっちりとしたあごで、口の端からは牙のような犬歯が覗いている。短めに切られた髪の毛は頑固に逆立ち、天を指していた。顔や体は傷だらけで、とりわけ大きい傷が額にあった。
何もしなければ、野性味あふれる凶悪な顔つきなのだが。アホ面で鼻をほじっていては全部台無しである。
森の中は巨大昆虫のテリトリーだ。岩のように固い甲殻、大木をもなぎ倒す爪、それに加えて毒をもつものまでいる。虫は森の生態系の頂上に君臨していた。
虫たちにとってほかの動物はすべて餌だ。むろん、人間とて例外ではない。そんな彼らの縄張りに生身でずけずけと入り込むのは、自殺行為といっても過言ではない。出会ったが最後、殺され、噛み砕かれ、彼らの胃の中に納まるということはわかりきっている。
それにも関わらず、男の態度はじつにのんきなものだった。どこに凶悪な捕食者が潜んでいるかわからない危険地帯を、鼻歌交じりに堂々と腕組みしながら歩ている。よほど自分の力に自信があるのか、それとも全く状況をわかっていない愚か者か。
不意に、木の陰から何かが飛び出し、青年に襲いかかった。彼の緩んでいた顔が引き締まる。彼は後ろに飛びのいて、華麗に攻撃をかわし――――
木の根につまずき無様にコケた。
「ぬ゛ううううううううううん!!」
絶叫しながら頭を抑え、のた打ち回る大男。ただのバカでなかったにしろ、バカであることには変わりないようだ。
大声に一瞬襲撃者がひるむ。跳びかかってきたのは巨大なカマキリだった。全身緑色で細身の体躯。その体長は青年に勝るとも劣らない。前足の代わりの大鎌は、およそ自然界のものとは思えない禍々しいフォルムだ。
「な、なかなかやるじゃねえか、虫けら」
啖呵を切りつつ立ち上がるが、涙目で言われてもいまいち締まらない。
カマキリが羽を大きく広げ、威嚇のポーズをとった。鎌は閉じられ、胸の前に構えられている。臨戦態勢だ。
それを見て、青年の眼光に鋭さが戻る。彼は右肩にある柄を握り、武器を引き抜いた。それは巨大な鉈のように見える。刀身は逆反りで、切っ先は出刃包丁のようにつぶれていた。刃渡りは1メートルほどだろうか。刃幅は30センチほど。重量感のあるそれは刃物でありながら、鈍器のようにも見える。
彼は得物を右肩に担ぐように構えた。八相の構え。剣を振り下ろすことだけに特化した攻めの構えである。初手に必殺の一撃を打てるが、それをかわされたならば死あるのみ、という恐ろしく極端な構えだ。
対するカマキリは待ち伏せを得意とする。射程内に獲物が飛び込んできた瞬間、目にも止まらぬ速さで折りたたまれた鎌を伸ばし、捕えるのだ。真正面から突っ込んでくるものは格好の餌食である。もっとも、こんな怪物に真っ向から跳びかかる馬鹿が
「うっしゃああああああああああ!!」
ここにいた。彼は何のためらいもなく、一歩のもとに間合いを詰める。カマキリは瞬時に反応し、鎌をふるった。伸ばされた鎌は鉈よりもはるかに長い。このままでは彼がカマキリを両断するよりも早く、カマキリが彼を抑え込むだろう。しかしそうはならなかった。
「おるぁぁ!!」
青年が渾身の力で鉈を振り下す。武骨な金属塊が、左足の大鎌と空中でかち合い、へし折った。その勢いを緩めることなく、右足の大鎌ともぶつかり、弾き飛ばす。男を捕えるはずだった鎌は空を切った。
カマキリが金切声を上げ、わずかに後ろに下がった。その隙を逃さず、男は踏み込み、鉈を返して逆袈裟に切り上げる。刃はカマキリの首をとらえ、その胴体から頭を切り飛ばした。
ドサッ、という音とともにカマキリの頭が地面に落ちる。決着はついた。
鎌を砕かれ、首をはねられてなおカマキリは生きている。首を無くした程度で虫は死にはしない。しかし、目も口もない状態では戦うことはおろか、生きながらえることすらできないに決まっている。
カマキリはあらぬ方向に向かって威嚇をしている。青年は自分の鉈を見て顔をしかめ、それを鞘に納めた。彼は片方の水筒のふたを開けると、その中身をカマキリに振りかけた。黒い液体がカマキリを濡らす。次に彼は腰に下げた小物入れから小さな玉を取り出し、カマキリに投げつけた。
玉はカマキリに当たって弾け火花を散らし、それは瞬く間に炎に成長してカマキリを包み込む。数秒後、体の大部分を炭にして、カマキリは死んだ。男はまだ動くカマキリの頭をボールのように蹴りながら、来た道を引き返していった。