VIOLENCE
「……ガキ?」
戸惑うような声は巨人から発せられたものだ。少しエコーがかかったそれは、意外にも女性のものだった。
少年はこの混乱の原因となった乱入者をまじまじと見つめた。巨人の身長は4、5メートルはあるだろう。あんなに巨大なムカデが小さく見えさえする迫力だ。その外観は、およそ生物とは言い難いものであった。巨人は金属でできている。全身は黒く、飾り気がない、武骨な意匠だ。全体的に見ればスマートなフォルムだが、その手足は丸太ほどの太さがある。頭部は小さめで、顔の真ん中に球体が一つあった。おそらく目なのだろう。
両手には巨人の身の丈と同じか、それ以上の長さを持つライフルが構えられていた。ライフルといえども、大きさが大きさである。その威力は推して知るべし。大砲にも等しい口径をもつ銃口からは、もうもうと硝煙が立ち上っていた。
「なぜ」
巨人の単眼が動き、少年を視界の中心にとらえる。少年は固まったままだ。
「話せるか、ガキ」
「っ……!」
首をブンブンと縦に振る。目の前にいる相手と会話できるという事実が、少年をいくらか落ち着かせた。理性も何もない化物を相手にするよりは、いくらかマシといえるだろう。しかし、彼のわずかな安堵は目の端に映った光景によって瞬時に消え去った。
半身を吹き飛ばされた大ムカデが、いまだうごめき、巨人を睨んでいる。ムカデは残る半身を折り曲げ、巨人の首を食いちぎらんと跳びかかった。
「あぶなっ……!」
「しつこい」
巨人は決死の奇襲を意にも介さず、無造作に発砲した。人の握りこぶしほどもある弾丸が空中で命中し、大ムカデの体が爆裂、四散する。杭のような脚が地面に突き刺さり、巨大な頭が弾け飛ぶ。
飛び散った体液が口の中に入って少年がむせていると、すぐそばに何か大きく、重たいものが降ってきた。それがもぞもぞと動くのを見て彼は小さく悲鳴を上げる。それは大ムカデの頭部だった。長い触角は千切れ、大あごは弱弱しく開いたり、閉じたりを繰り返している。
巨人は面倒くさそうに、ライフルの銃床を使い、それを打ちつぶした。赤い甲殻がかち割れ、地面にめり込む。おそらくこの森の主であろう大ムカデの生涯は、たった数秒の争いで幕を閉じた。
少年にとって目下の脅威は消えた。だがしかし、安心する暇などない。目の前には正体不明の鉄でできた巨人。こんなものは見たことも聞いたこともない。先ほど会話ができることはわかったが、どう見ても人間には見えない。敵か味方かもはっきりしない、とあってはどうしようもない。
「質問に答えろ」
「ひっ」
冷ややかな声とともに、銃口が少年に向けられる。あの大ムカデすら、たやすく吹き飛ばす代物だ。撃たれれば骨ですら、粉となって消えるだろう。
「時間がねえ。今からいくつか質問をする。はいか、いいえかで答えろ。てめえの質問は受け付けない。わかったか?」
「は、はいっ!」
巨人が銃をおろさずに問う。逆らえば殺されるであろうことを少年は感じ取っていた。彼女(?)が少年を助けるために現れたヒーローなどではない、ということは確定的に明らかである。現に今自分は銃を向けられているのだ。
「てめえは地上で生まれた。はいか、いいえか?」
「……? はい」
少し疑問を持ちつつ少年は答えた。意図を測りかねる質問だ。地上でなければどこで生まれるのだ。まさか土の中で生まれる人間などいるまい。
「つぎ。てめえ以外に人間はいる。はいか、いいえか」
「うん。おれは近くの村からきて、そこにはおとうもおかあも……」
銃口がずい、と突き出され、少年がのけぞる。
「はいかいいえかで答えろ。無駄口はたたくな」
「ひぁっ! ひゃい!」
恐怖のせいか口がうまく回っていない。涙と鼻水はふたたび流れだし、顔をふやけさせる。
「てめえらは、あたしらのことを知っている。はいか、いいえか」
「いいえっ、しりまひぇん!」
「そうかい、んじゃ次はっと……チッ、時間か」
巨人はいまいましげに銃をおろすと、少年に背を向けた。背中のバーニアが火を噴く。突然熱風にあてられ、少年はおもわず顔を手でおおった。
「じゃあなションベン小僧。ボサッとしてると食われるぞ」
轟音が鳴り響く間、少年は目を開けることができなかった。目を開けるとすでにそこには巨人の姿はない。あれは夢だったのか。そう思い傍らに目をやる。すぐ隣にある、地面にめり込んだ虫の頭がその考えを打ち消した。
(ボサッとしてると食われるぞ)
数秒前、自分にかけられた言葉が頭の中で再生されると同時に、少年は我に返り走り出した。