回想3
ただがむしゃらにカチャカチャと音を立てて、四角いおもちゃを動かす。
なかなか思うように色が揃わなくて、ついに私はそれを放り投げた。
「無理!難しくて私にはできない!」
彼女は芝生に転がったルービックキューブを拾い上げて、呆れたような顔をした。
「諦めが早いわね。もっと努力しなさいよ」
「頭を使うのって苦手だもん」
「そうだったわね」
彼女はカチャカチャと何度かキューブを動かしたかと思うと、私に向けて差し出した。
「え、全部の色が揃ってる……」
「適当にやったら揃っちゃったわ」
涼しい顔で、そんな事を言った。
「不公平だー!」
「そんなこといわれても」
私の八つ当たりに彼女は少し困った顔をする。
そんな表情をする彼女は珍しくて、罪悪感を感じつつもちょっぴり嬉しかった。
「練習すれば、きっとすぐに出来るようになるわよ」
「そうかなぁ」
「クッキー作りだって、上達したじゃない」
まだ彼女の口から「美味しい」という言葉を聞いた事はないけれど、
最近になって「まあまあね」と言ってくれるようになった。
それからクッキーだけじゃなく、ケーキやワッフル等いろいろなお菓子を作り始めて、いつの間にか楽しくなっていた。
「うーん、お菓子作りは趣味だから」
興味のないことにはあまりやる気が湧かない。
それでも彼女がやれというのなら、私はやるかもしれないが。
ふとポケットの中の携帯が震えたので開いてみると、メールが一通届いていた。
「……誰から?」
「妹から。あの子、最近親にプリカの携帯を買ってもらったから、よく送ってくるんだよね」
メールの文面を読んでみると、<なんじにかえってくるの?(>△<)>とかいてる。
もう顔文字の使い方までマスターしているみたいで、微笑ましい。
買ったばかりの頃は意味不明の数字を送ってきたので、それに比べると格段の進歩だった。
彼女が私の携帯を覗き込んできて、目を細める。
「帰ってきて欲しいみたいね」
「へへ、甘えん坊さんだからなぁ」
「家に帰ったらどう?」
「え、でも」
「いいから帰りなさい」
「はっ、はい!」
睨みつけるような目と、有無を言わせぬ言い方に思わず萎縮してしまう。
強く言われたら断れない私の性格を知っている彼女は、ずるいと思った。
「じゃ、じゃあ帰るね」
仕方なく家に帰ろうと彼女に背を向けたけれど、服の裾を引っ張られてしまったので帰る事が出来ない。
「なに?」
不思議に思って彼女の方を振り返ってみたが、顔を伏せていたので表情を伺うことは出来なかった。
一体どうしたというのだろう。
もしかして、帰ってほしくないとか?
いやいや、まさか彼女に限ってそんなことはないか。
それに帰れといったのは彼女なんだし。
「……………」
「……………」
彼女は何も言わない。
だから、私も何も言えない。
動く事ができないからしばらくそのままでいて、その間ずっとお互いに黙っていた。
彼女は何を考えているのかよくわからない。
いつだってそうだ。
ただ、私が鈍いだけかもしれないけれど。
でも。
「ごめん」
ようやく彼女が裾を離してくれたので、動けるようになった。
「私もそろそろ戻らないと。……じゃあね」
彼女が屋敷の方に戻っていくのを、ただ黙って見送っていた。
その後ろ姿がなんとなく儚げで、消えてしまいそうで、不安だった。
だから、私は控えめに……彼女の名前を呼んだ。
その呼び掛けが聞こえたようで、彼女はこちらを振り返る。
「頑張るからっ!」
「え?」
「ええと、そうだ、ルービックキューブ!練習して、早くクリアできるように頑張る!」
「…無理じゃないの?」
ちょ、練習すれば出来るようになるって言ったくせに!?
「無理じゃないよ!!」
「……………………」
「…………っ!」
「頑張ってね」
彼女の顔が、ほんの少しだけ笑ったように見えた気がして。
私が呆けているうちに、彼女は屋敷に戻っていって、いつの間にか姿が見えなくなった。
……その日、絶対に彼女よりも早いタイムでキューブの全面を揃えてやるだと心に決めて、私は家に帰った。
それから1週間ほど練習して全面揃える事が出来るようになったけど、どうしても彼女より早くクリアすることは出来なかった。
それでも彼女は努力の成果を認めてくれたが、私はその結果に満足できなかったのだ。
結局、いつまで経っても目標を達成できなくて、ひどく悔しかった。