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Warm Place  作者: ころ太
本編
7/41

懐かしいもの

お店が並んでいる道を2人で歩いている。

周りを見ながら歩みを進めていると、昔の面影は残っているものの私の知っている風景とは違っていた。


…………それが、少し寂しい。


(この辺に、ロールケーキが美味しいカフェがあったんだよね)


幼馴染と食べに行ったことのあるカフェがあった場所は、コインランドリーになっている。

雰囲気も良く美味しいケーキがあったお店だけに、もう二度とあの味を食べる事ができないと思うと悲しかった。

それに、幼馴染と過ごした数少ない思い出の場所のひとつでもあるから。


それにしても、こんなに町が変化しているとは思わなかったので、彼女に案内してもらって結果的に良かったのかもしれない。

一人で来ていたら今頃迷子になってオロオロしてたかも。


「日向さんはどんな本を買うんですか?」

「今日はお菓子のレシピが載ってる本を買おうかと思って」

「ふふ、本当にお菓子作りが好きなんですね」

「うん。どんな物を作ろうか考えるのも楽しいし、お菓子作りの本を見てるだけでも面白いよ」


それに新しいレシピを見ると創作意欲も湧いてくるので、

本を買ったら家に帰ってさっそく何か作ってみよう。

うーん、今からワクワクしてきた。


「そうだ、椿はお菓子で好きなものってある?」

「え?そうですね……プリンが大好きです」

「なるほどね~」


忘れないように深く頭の中に刻みこんでおく。

昨日今日とお世話になりっぱなしなので、せめてものお礼に今度作って持っていこう。

プリンなら何種類か作った事もあるし、得意分野だ。


「そこを右に曲がって真っ直ぐ行けば見えてきます」

「りょーかい」


椿に案内してもらってようやく本屋に辿り着くことができた。

数年ぶりに来た馴染みの本屋は繁盛しているのか、昔より小奇麗なお店に変化している。

けれど昔の面影も少し残っていて懐かしく感じた。


「すぐ買って戻ってくるから待っててくれる?」

「はい」



私は目当ての本を買うためにお店の中へと入っていった。

それからしばらくして、急いで彼女の元へ戻る。




「………おまたせー」

「あれ?本、買わなかったんですか?」


お店から出てきた私の手に何も握られていなかったので、椿は不思議そうに首を傾げていた。


「入荷は明後日だって。この町、都心から離れてるから入荷が遅れるってことすっかり忘れてたよ」


欲しかった本を買う事が出来なかったので、重いため息を吐いた。

入荷していないのではしかたがないのでまた今度買いに行こう。


「それは、残念でしたね……あ、そうだ」

「?」


何かいい事を思いついたような顔で、彼女は声をあげる。


「私の家に何冊かお菓子のレシピ本があるので、お貸ししましょうか?」

「え!いいの!!?」

「もしかしたら既に日向さんが持っている本かもしれないですけど」

「ううん!見せてくれるなら是非見せて欲しいな」

「それじゃあ探して明日持っていきますね」

「あ、私が取りに行くよ!都合のいい時に連絡くれたら取りに行くから」

「ふふ、わかりました」


目当てのレシピ本が買えなかったのは残念だけど、椿にレシピ本を貸してもらえる事になって一気にテンションがあがった。


「でもわざわざ案内してもらったのに、無駄足になっちゃってごめんね。本屋の場所がわかったから助かったけど」


「そんなことないです。日向さんと一緒にいると楽しいですから」

「そ、そう?」

「はい」


私といて楽しいだなんて笑顔で言われると、つい照れてしまう。

たとえお世辞だとしても嬉しいものだ。



「あれ?椿ちゃん?」


他愛もない話をしながら帰り道を歩いていると、向こうから大人の女性が私たちに近づいてきた。

20代前半ぐらいだろうか、着飾っていないけれどそのままで充分に綺麗な人だった。

どうやら椿の知り合いみたいだけど。


(でも、どこかで見た事があるような、ないような)


記憶の中を一生懸命探ってみても思い当たる人物がいないので、気のせいだと思った



「瑠美さん」



ドクン、と心臓が跳ねる。


椿の発したその名前で、私の記憶の中にある大事な人の姿が瞬時によみがえる。

けれど私の知っている人物と目の前のいる女性とでは容姿が全く違う。

いや……よく見てみれば、面影があるような気がする。


(でもこれは、気付かないでしょ……)


私の記憶の中のあの子は、私の腰の辺りに頭があって幼い表情をしていた。

あれから16年も経ったのだから、大人になっているのは当然のことだろうけど。

あんなに小さかったあの子が、こんなびっくり美人に成長しているとは思わなかった。


「あら、お友達とお買い物中だった?」

「はい。書店に行ってきたんです」


女性は視線を椿から私へ移して、微笑んだ。

早鐘を打っている心臓の音を悟られないように小さく深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

この町にきてから驚きの連続なので、そのうち心臓が止まってしまうんじゃないかと思った。


「初めまして、早瀬日向と言います。一昨日、椿の家の隣に引っ越してきました」

「そうだったんだ。私は赤口瑠美。椿ちゃんのお母さんのお友達なの、宜しくね」


彼女は私の手を取って握手をする。

それは形容しがたい、とても不思議な感覚だった。


「瑠美さんはどこかにお出かけですか?」

「うん、家でゴロゴロしてたらお母さんにお使い頼まれちゃって」


2人が談笑しているのを傍でぼんやりと聞きながら、私より背の高い女性をまじまじと眺めていた。


「そういえば仕事が忙しくて最近遊びに行ってないけど、お母さんは元気にしてる?」

「母は、あいかわらずです」

「……そう。今度遊びに行ってもいいかな」

「もちろんですよ。よかったらまた勉強を見て貰えると嬉しいです」


話に区切りがついたのか、2人は蚊帳の外だった私の方を振り向く。


「ごめんね、お邪魔しちゃって。私はもう行くから」

「あ、いえ、そんな」

「じゃあね椿ちゃん、また今度ね」


笑顔で手を振って、女性は私達とは反対の道を歩き去っていった。

その後姿をしばらく2人で見送る。


「私たちも行きましょうか」

「あ、うん……そうだね」


止めていた足を動かして、家に続く道を再び歩き出した。





「日向さんが引っ越す前に住んでいた所は、どんな所なんですか?」

「ん?特に自慢するものがない、普通の街だったよ」


この町より人口が多くて、色んなお店があって、賑やかな街だったけど、それだけ。

でもそこに生まれてそこで育ってきたからもちろん愛着はある。

この町から結構離れたところにあるので、気軽に遊びに行けないのが少し寂しい。


「家から学校までが遠くて、早く起きなきゃいけないのが辛かったなー」

「通学はバスですか?」

「ううん、電車だった。朝の通勤ラッシュはそれはもう地獄だったよ……」


会社員や他の学生で埋め尽くされる車両はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

狭い空間にぎゅうぎゅうに押し詰められて、駅に着く頃には疲れてヘトヘトになっていた。

座席に座れたことなんて数えるほどしかない。


「た、大変だったんですね」

「まあね。椿は自転車で通学?」

「いえ、歩いて行ってました。その…私……じ、自転車に乗れなくて」

「………まじで?」

「………まじです」


確かバスも通ってなかった気がするから、自転車に乗れないとなると徒歩しかない。

椿の家から中学校までは結構な距離があるので、歩いていくのは大変だっただろうに。

どんなに急ぎ足でも1時間はかかると思う。


「高校は近いから楽だけど……うう、頑張ったねぇ」

「えっ?ええっ?」


3年間、遠い中学校まで徒歩で通い続けた椿を思うと、可哀想になってきた。

お疲れさまの意味を込めてよしよしと頭を撫でてあげる。

当の彼女は意味がわからず不思議な顔でされるがままだったけれど。


「同じ高校に通うんだし、一緒に登校しようね」

「はっ、はいっ!」


私の提案に、彼女は喜んで賛成してくれた。





話しているうちに、あっという間に自分達の家の前に帰ってきた。


「今日は……じゃなくて、今日もありがとう」


ぺこりと深くお辞儀をすると、彼女も同じように頭を下げる。


「くす、どういたしまして」

「それじゃあまた…」

「あ、日向さん」

「?」


家に入ろうとドアに手をかけたところで、呼び止められる。


「あの……」

「どうしたの?」

「明日、お暇ですか?」


暇かと聞かれたので明日の予定を考えたけれど、これといった用事は特に無かった気がする。


「とっても暇だけど」

「それなら明日、うちに遊びにきませんか?」

「えっ?」

「あっあの、約束していた本を渡したいし、明日は暇なので、良かったら、ですけど……」


照れながら控えめに呟く。


「いいのかな、お邪魔しちゃって」

「はい。今日は日向さんのおうちに上がらせて貰いましたし」

「…それじゃあ遠慮なく伺っちゃいます」

「ありがとうございますっ」


こっちがお世話になるのにお礼を言われるのも可笑しい話だなぁ。

私達は明日の約束をして、お互いの家に帰った。







 *



日向さんがお家に入るのを見届けてから、私も自分の家に入る。


「ただいまかえりました」


帰宅の言葉を言っても、おかえりなさい、と返してくれる人がいない。

いつものことだから、どうということはないけれど。

玄関の扉を閉める音が、静まり返っている室内によく響いた。

それから台所に行き、水道の蛇口を捻ってコップの中に水を注ぎ込む。

それをゆっくりと飲み干し、充分な水分で喉を潤した。


……コップをゆすぎながら、ふと考える。


(どうしてだろう)


自分は昔から積極的に人と関わるような人間ではなかった。

人見知りする方だし、話しかけるのも苦手だった。

それなのに数日前に出会ったばかりの彼女とは何故か楽に話すことができたのだ。

一緒にいて落ち着くし、話していると楽しい。


(不思議………)


あの人の目は優しくて、見つめられると心が温かくなるような気がした。


「いけない、そろそろ夕御飯の用意をしないと」


私は明日の事を思いながら、急いで食事の支度を始めた。




 *




携帯が鳴ったのでディスプレイを覗き込むと、中学時代の友人からメールが来ていた。


「えー、そっちの暮らしはどうですか、寂しいですか、泣いてませんか……って子供じゃあるまいし」


友人からのお節介メールに呆れつつ返信の文章を打ち込んでいく。

ふざけた内容だったけど文章のあちこちに気遣いが含まれていて素直に嬉しかった。


「送信っと」


返事を送り終えたので、携帯を置いてベットに寝転ぶ。

明日は朝から椿の家に行く約束をしているので、寝坊するわけにはいかない。


「そうだ。明日、手土産にお菓子を作って持っていこうっと」


椿はプリンが大好きだと言っていたので、プリンにしよう。


「よーっし」


そうと決まればさっそく実行だ。

私は勢いよくベットから飛び起きて、台所に行こうとドアの前に立ったとき、私を呼ぶ母の声が聞こえた。


「日向ー!ちょっとこっちに来なさーい」

「すぐ行くー!」


自分の部屋を出てリビングに行くと、そこには母と妹と、もう1人誰かが立っていた。

後姿で顔は見えないが、黒くて綺麗な長い髪を腰まで伸ばし、凛とした佇まいをした女性だ。

私の存在に気付いたのか、彼女はゆっくりとこちらを振り向く。


「………………」

「………………」


無言で見つめられたせいか、妙に緊張してしまい言葉が詰まって何も喋れない。

遅れて私に気付いた母がパタパタとこちらへ近づいてきて私の肩に手を乗せた。


「この子が長女の日向。ほら、ご挨拶して」

「あ、っと、早瀬日向です。…宜しくお願いします」

「……椿の母親の、倉坂陽織です。宜しく」


一児の母とは思えない、綺麗で若い女性だ。

椿とは違い、無表情で淡々とした喋り方が冷たさを感じさせる。

それでも優雅な仕草や品のある佇まいと、顔の作りが似ていて、やはり親子なのだと思った。


「わざわざご挨拶に来てくださったのよ~」


おほほほほ、と上品に笑っているつもりなのだろうが、母がやるとどうも間抜けだ。


「私の娘も貴女と同じ年だから……良かったら仲良くしてあげて」


「はい、それはもちろん。こっちに引っ越してから、椿には何度も助けてもらって感謝してます」


「そう」


それで会話は終わり、今度は母親同士で何か話しているようだった。

私と妹は黙ってその様子を傍で伺っている。

母はニコニコと笑顔で話していたが、相手は表情を変えず淡々と口を動かしていた。


「椿さんのお母さん、恐そうだけどすっごい美人だねぇ」

「そうだねぇ」

「何食べたらあんな綺麗になるんだろうね」

「……生まれつきの美人なんじゃない?遺伝だね遺伝」

「やだぁ~。じゃあ私、将来お母さんみたいになるの~?」

「少なくとも胸は遺伝なんじゃないの?」


母の胸元に目をやると、控えめな膨らみがそこにあった。

次に小姫は私の寂しい胸を凝視し、そして最後に自分の胸を見て、ため息を吐いた。


「あー…、成長の兆しが全くないんだけどどうしたらいい?」

「諦めなさい」


2人で乳談義を繰り広げていると、どうやら向こうの話が終わったらしく椿の母は帰ろうとしていた。


「たいしたおかまいも出来ませんで」

「こちらこそ挨拶が遅くなってしまい申し訳ありませんでした」

「いえいえ。また、是非いらして下さい」

「ありがとうございます。では今日はこれで」


礼をしてから、彼女は早々と隣の家へと帰っていった。



それから小姫は自分の部屋へ戻り、母は煎餅を片手にテレビを見ていて、各々好きに過ごしている。

私はプリンを作るはずだったことを思い出して、台所にきていた。

調理の準備を整えてから、卵を割ろうとしている時にようやく自分の手が小刻みに震えていることに気付いた。

意外にも動揺しなかったと思っていたのだけど、そうでもなかったらしい。

今頃になって、色々な感情が胸の内に湧き上がっていた。



(はは、全然、変わってなかった……)




思わず笑ってしまうほどに、彼女は変わっていなかったのだ。






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