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Warm Place  作者: ころ太
番外編
34/41

クリスマス番外編

季節は冬。

町の中が色鮮やかな電球で輝き、定番のクリスマスソングが流れ、楽しそうな親子や浮かれたカップル達で溢れ賑わっている。

そう、今日はいわゆるクリスマスイブという日だ。


けれど私はイブだろうがなんだろうが関係なく自分の部屋に篭り、体を刺すような寒さに身を震わせながら布団の中で暖をとっていた。

冬休みで学校は休みだから外に出る必要もないので、好きなだけ寝ていられる。

貴重な長期休暇を好きに過ごせるよう宿題は初日に全て終わらせ、年末に予定していた大掃除だって早めに済ませてある。

だからこうして誰にも邪魔されずまったりと寝ていられるわけだ。

用意周到な自分に乾杯。


「うふふ、幸せっ」


それに今日はお母さんも小姫も外出していて、2人とも帰りが遅いので起こされる心配もない。

明日はクリスマスなのでケーキ作りを頑張るつもりだけど、イブの今日はとことん寝るつもりだ。

ではでは明日に向けて鋭気を養うということで、おやすみなさ――


ピンポーン


「………………………」


眠ろうとしたところで、家のチャイムが鳴った。


いや、チャイムなんて鳴らなかった。幻聴、そう幻聴に決まっている。

私は気のせいだと思うことにして、布団を頭まで被って眠ることに専念した。


ピンポーン


「………………………」


確かに聞こえる、我が家のチャイム。

ああもう!寝る前にインターホンの電池を抜き取っておけば良かった!

どうせ新聞の勧誘とか営業の人だろうし、寒いし面倒だから無視させてもらおう。

今日は荷物が届くなんて聞いてないから宅急便なんてこないし(多分)

友達が遊びに来るなら携帯に連絡あるだろうし。


うん。

家には誰もいませんよ~っということで、おやすみな――


ガチャ、ガチャン


「え!?」


鍵が開いて、玄関の扉が開く音がした。

想定外のことに驚き眠気が一気に吹き飛んでしまう。


(…もしかしてお母さんか小姫が帰ってきたのかな?)


鍵をかけていたのに簡単に玄関が開いたということは、家の鍵を持っている人が帰ってきたってこと。

だから鍵を持ってる2人以外に該当する人物はいない。

……2人とも遅くなるって言ってたと思うんだけどなぁ。

まあ、何かしら予定が変わって早く帰ってきたのかもしれない。


帰ってきた誰かの足音が、私の部屋の前で止まる。

私に何か用があるのだろうか。


(せっかくのんびり寝れると思ってたのに…)


コンコン、とノックがあったが不機嫌になった私はそれに答えず黙っていると、ガチャっとドアが開いた。

ノックがあったので、帰ってきたのは母ではなく妹のほうみたいだ。

私は布団から顔を出してドアの方を見る。



「やっぱり寝てたんだ、姉さん」

「瑠美!?」


妹は妹でも、私よりも年上なもう一人の妹でした。

あれ、でもどうしてうちの鍵を瑠美が持っているんだろう。


「姉さんに用事があって家に行く途中、恵美子さんに偶然会ったの。で、きっと部屋から出てこないだろうからって」

「鍵を瑠美に預けたわけね。……電話で連絡してくれれば良かったのに」

「携帯の電源切ってたじゃない」


あ、そうでした。

寝てる途中で起こされたら嫌だと思って、電源を切っていたのを忘れていた。

私が笑って誤魔化していると、彼女は呆れた顔をして溜息を吐いた。


「それよりなんで寝てるの?姉さん」

「冬休みだから」

「それ、答えになってないよ」

「だって寝たいんだもん。冬休みだから時間を気にせずにずっと寝てていいし~」

「はぁ……ほんと相変わらずだね……」


瑠美の表情が曇っていく。

これ以上この話を続けるとお説教が始まりそうな気がしたので、慌てて違う話を切り出した。


「あの、瑠美は私に用があって来たんでしょ?」

「そうなんだけどね……はぁぁ、やっぱり姉さんは姉さんだった…」

「は?」


可哀想な者を見るような目で私を見て、盛大に溜め息を吐かれた。

え、なんでそんな失望した顔で私を見るんだろうか。なんだか不安になってくるんですけど。


「今日は、クリスマスイブだよね」

「そうだね」

「じゃあ今日の姉さんの予定は?」

「ずっと寝てるつもり!」


「……………」

「ひっ!?」


堂々と応えると、瑠美の顔が気の抜けた表情からどんどん般若の形相に変わっていったので本気で恐かった。

もしかして何か瑠美の気に障ること言っちゃったの私!?じ、地雷踏んだの私!?

ぜんっぜんわからないんだけど。


「イブなのに陽織さんと会わないの?」

「え、なんで?明日みんなでクリスマス会やるから今日は別に会わなくても……」



「陽織さんが可哀想っ!!」



「はぁ!?…って痛い、首絞めないで!ギブギブギブー!」



無意識だったのか、瑠美はハッとなってすぐに握っていた私の襟元を離した。

息が苦しくてケホケホと軽く咳き込む私を申し訳なさそうに見ている。


「ご、ごめん……でっでも姉さんが悪いんだからね!!」

「意味が全く解らないんだけど」

「解らないってことも、悪いよ」

「???」


本当に何が何だか解らない。私はいったいどうすればいいんだろう?

とにかく私が望むのは今すぐ寝たいってことだけど……ご機嫌斜めな彼女に言ったらまた首を絞められそうだったのでやめておく。


「この様子だと、陽織さんにクリスマスプレゼントは買ってない…よね」

「明日のプレゼント交換のヤツ………じゃないですよね、やっぱり」


睨まれてしまったので、恐くて目を逸らした。

うう、一体私が何をしたっていうんだよぅ。


「もしかして姉さんって…今まで陽織さんにクリスマスプレゼントあげたことないの?お菓子以外で」

「そういえば、ないかも」

「やっぱり……」


クリスマスに限らず、陽織にプレゼントをあげた記憶がほとんどないような気がする。

いつも渡していたのは自分の作ったお菓子ばかりで、形に残るようなものはあげたことがないと思う。

昔はお小遣いを調理器具とかお菓子作りの材料費にしていたからお金なかったし。

それに陽織の欲しい物が解らなかったのもある。

いつか誕生日プレゼントを渡そうとして、何か欲しいものはないかと聞いたことがあったけど、特にないって言われたっけ。

だから悩みに悩んで、結局は作ったお菓子をプレゼントすることにしたんだ。

それから彼女にプレゼントをあげる時は、決まってお菓子にしてたんだよね。


うーむ、クリスマスプレゼント、かぁ……


「姉さん」

「は、はい」


ずいっといきなり顔を近づけてきたので、驚いて後ろに身を引いた。


「今から陽織さんと出掛けてきて」

「え、なんで寒いのにわざわ…」


「 行 っ て き て ! 」


「はい!」


鬼気迫る妹の迫力に負けてしぶしぶ布団から這い出る。

寒くないように着込んでから、言われた通り出かける準備を整えた。

恐らく極寒であろう外に出る為に心の準備をしていると、早く行ってきてと急かされてしまった。




なんだろう、今日の瑠美はほんと恐い。













「というわけで、やってきました商店街」



辺りを見渡すと、どこのお店もクリスマスセールで賑わっていた。

サンタやトナカイの格好をした店員が一生懸命に客寄せをしていて、忙しそうだ。

いつもより人口密度は高く、客層も家族連れよりカップル達の方が多いような気がする。

道行く人たちはみんな笑顔でとても楽しそうにしていて、これぞクリスマスって感じだ。

寒くて外に出たくなかったけれど、町の明るい雰囲気に触れて次第に心が弾んでくる。


「……いきなり家にきたと思ったら、こんなところに連れて来てどういうつもり?」

「私もよくわかんない」

「……………」


陽織は冷えた目を私に向けて何か言いたそうにしていたけれど、結局それ以上何も言わず目線だけをこちらに寄こす。

うぅ、ただでさえ寒いんだからそんな冷たい目を向けないで欲しい。身体だけじゃなくて、心も凍えそう。


「迷惑だった?」

「そういうわけじゃ、ないけど」


陽織は私の誘いを断らず、渋々といった感じだったけれど、ちゃんとついて来てくれた。

本当は椿も誘って3人で行こうと思っていたのに、瑠美が強引に椿を引っ張ってどこかに連れて行ったので、陽織とふたりで来ることになった。

……そういえば陽織とふたりで出掛けるのは久しぶりかもしれない。

最近はいつも、陽織と椿と私の3人で行動することが多かったから。


「じゃあ、まずは向こうのお店に行ってみようよ!」


せっかくここまで来たんだし、久しぶりに陽織とふたりで買い物を楽しもう。

年に一度のクリスマスイブなんだから楽しまなきゃ損だ。


私はさっそく目星をつけたお店に行こうとしたけれど、服を後ろから引っ張られてしまったので先に進めなかった。


「?」


不思議に思って後ろを振り返ると、陽織が私の上着の裾をちょこんと摘んで弱々しく引っ張っている。

何事かと思ったけれど、それよりも恥ずかしそうに裾を引っ張っている陽織が可愛く見えて、胸がキュンとした。


「どうしたの?」

「…………………ぃの」

「え?」


掻き消えるような小さい声だったので、周りの喧騒に負けてよく聞こえなかった。

覗き込むようにして陽織の顔を見上げると、困った顔をして目を逸らされる。


「陽織、今なんて……」

「なんでもないわ。早く行きましょう」


陽織は私を置いて早足でお店のほうに歩いていった。

どうやら機嫌を損ねてしまったらしく、背中から負のオーラを出している。

私は焦ってどうしようか悩んでから、すぐに追い駆けて彼女を引き止めるつもりで彼女の左手を握った。


「!」

「わ、手が冷たい」


人の手というよりまるで氷を握ったかのように感じて、寒気が全身を駆け巡り身震いする。

咄嗟に握り締めた彼女の手は、自分の手よりも一段と冷たかった。

それに彼女は意地っ張りで素直じゃないから平気な顔をしているけれど、私よりもずっと寒がりだったはずだ。

こんなに冷たくなって……手袋ぐらい、はめてくれば良かったのに。

もしかして、さっき言いかけたのは「寒い」ってことを伝えたかったのかな。

……もっと早めに気付いてあげれば良かった。


とにかく冷えた彼女の手を温める為に、ギュッと片手を握り締める。

うん、こうして手を繋いで歩けば少なくとも繋いだ手は温まるだろう。

私の手も温まるし、一石二鳥。


「外は寒いし、早くどこかお店に入って温まろうか」

「え、ええ」


返事をした彼女の声に、違和感を感じた。

なんと言えばいいだろうか、緊張しているというか余裕がないというか、いつもの彼女らしくない気がする。

それに今まで気付かなかったけど、握っている手が小さく震えていた。


「陽織?大丈夫?」


心配になって声をかけると、心ここにあらずだったのか、驚いて彼女の身体が揺れた。


「な、何が?」

「いや、様子がおかしいから気になって」

「別に……何でもないわ」


彼女はどんなに辛い時でも意地になって言おうとしないから、油断は出来ない。

不安だから、念入りに聞いておかないと。


「ほんとに?我慢してないよね?体調悪いんだったら無理しないで帰…」

「だ、だから違うって言ってるでしょう!」


今日の陽織はいつにも増して感情豊かだと思う。

むきになって怒鳴ったかと思うと、今まで見たことないくらいに顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにもごもごと口を動かした。




「ただ……日向と手を繋げたのが、嬉しかっただけ、だから………」




「……………………」


段々と声が小さくなって聞き取り辛かったけれど、最後までしっかりと聞こえた。


「だから別に、身体の具合がわ、悪いってことは、ないわ」


「……………………」



頭が真っ白になる。

同時に顔が真っ赤になる。



熱が顔に集中して爆発してしまうんじゃないかと思うほど、顔が凄く熱い。

顎が外れたように開いた口が塞がらなくて、しばらくずっと間抜け面を晒していた。

陽織の言った言葉が頭の中で何度も繰り返し響いて、自分の表情を気にしてる余裕もなかった。

手を繋ぐのは初めてじゃないし、これまでだってごく普通に手を繋いできたと思う。

別に手を繋ぐなんて、そんな珍しいことじゃないはずだ。


でもどうして、今日に限ってそんな表情で、嬉しいだなんて言ったんだろう。


解らない。

解らないけど、落ち着かない。

今日は色々と解らないことだらけで、頭が混乱してしまう。


「な、何か言いなさいよ」

「え、あ、……んと」


なんて返せばいいだろう?

いつも通り自分が思っていることを素直に伝えればいいのに、口にすることを躊躇ってしまう。

だって、気持ちの整理がついていないから何を口走るのか自分でも解らないし、変なことを言って機嫌を損ねるのも嫌だし。


「具合が悪いんじゃないのなら、良かった。風邪ひいたら大変だもんね」


当たり障りのない返事をして、ごまかす。

納得がいっていないような不満な顔をしていたけれど、すぐにいつもの表情に戻ったのでホッとした。


「じゃあ、今度こそ行こ」

「……ええ」



ギクシャクしながらも、ようやく私達は並んで歩き出した。もちろん手は繋いだまま。

さっきまで冷たかった彼女の手は、もうすっかり熱を帯びていて温かくなっていた。


「………………」



どうしてだろう。


繋いでいる手を、やたら意識してしまう。

手の柔らかさとか、強くもなく弱くもない力加減とか、今まで考えたことがなかったことを考えてしまい、恥ずかしくなる。


今日の自分はおかしい。

どうかしてる。


これ以上考えると深みに嵌ってしまいそうだったので、気持ちを強引に切り替えることにした。

今はとにかく、いつものように振舞って陽織との買い物を楽しもう。うん、そうしよう。



雑貨屋、洋服店、食品売り場など、様々なお店をふたりで見て回った。

私も陽織もあまり余計な物を買わないほうだからただ見るだけだけど、色んなものを見るのはとても楽しい。

彼女もそうなのか、どことなく嬉しそうでほんの少しだけ口元が緩んでいる気がする。

そんな陽織の表情を見ているのも、楽しい。


うん、今日は出掛けて良かったなぁ。

キッカケを作ってくれた瑠美に、後でありがとうのメールを送っておこう。

そろそろ日も暮れてきたし帰るにはちょうどいい頃合かもしれない。


「陽織、寒くなってきたしそろそろ帰ろう」

「……………」

「ん、まだ見たいお店があるの?」


彼女は無言で首を振り否定した。

帰ることを渋っていたので、てっきりまだ帰りたくないのかと思ったんだけど、そうじゃないみたい。


「ねえ……貴女、椿が欲しがりそうな物って知ってる?」

「え、どうだろう?欲しいものがあるなんて聞いたことないし……でもなんでまた突然」


私が何気なく聞くと、彼女は少しだけ顔を伏せた。


「今年は椿にクリスマスプレゼントを渡そうと思ったのだけど、何を買えばいいのか解らなくて。

……今まで、あの子にまともなプレゼントを渡したことがないから、検討もつかないのよ」


陽織は「母親なのにね」と自嘲気味に呟いて、どこか遠い目ですれ違う仲のいい親子を見つめていた。

小さな女の子が、親に買ってもらったらしい大きなプレゼントを両手で抱えるように持って嬉しそうに笑っている。

そんな子供を優しい目で見ている、母親と父親の姿。


「……難しく考える必要はないと思うよ?椿は陽織から貰えるのなら何だって大喜びすると思う」

「そうかしら」



「うん、どんな物だっていいんだよ。プレゼントは、贈ること自体に意味があるんだから」



そう自分で口にして、ようやく気付く。


ああ、そうか。

贈る物は何でも良かったんだ。


実は陽織とふたりでお店を回っている時、彼女に贈るクリスマスプレゼントを選んでいたんだけど、

どれを買えばいいのかわからなくてずっと悩んでいた。

悩んで迷っての繰り返しで、結局何も買うことができなかったのだ。

どんなものを買えば喜んでくれるのかを考えるのも大事だけれど、一番大事なのは贈る人の気持ちだ。

私が何を買っても、陽織は喜んでくれる。たぶん、そうだと思う。

だから陽織の欲しいものが解らないのなら、私が贈りたい物を贈ればいいのかもしれない。

そんな簡単なことに、ようやく気がついた。


「椿のプレゼント、一緒に買いに行こうよ。ふたりで凄いの選んで、驚かせよう」

「ふふ、そうね」


顔を見合わせて、笑う。

椿は何でも喜ぶとさっき言ったけれど、どうせ贈るならいっぱい喜んでくれる物を贈ってあげたい。

だから精一杯考えて、一生懸命選ぼう。



特別な人に贈る、クリスマスプレゼントを。









「お買い上げありがとうございましたー」


サンタの帽子を被った笑顔の店員に見送られ、私達はお店を後にする。

店を出た途端に冷たい風が吹いて寒かったけれど、そんなことが気にならないほど気持ちが高揚していた。

陽織が胸に抱いているのは、綺麗にラッピングされた大きな紙袋。

散々悩んで結構な時間がかかったけれど、無事に椿へのプレゼントを買うことができた。


「あの子、喜んでくれるかしら」

「もちろん!なにしろ私たちが時間をかけて選んだプレゼントだしね」

「凄い自信ね」

「陽織はもっと自信を持とうよ。椿は絶対喜んでくれるって」


椿がどれだけ陽織のことを大好きかって、私は知ってるし。

好きな人からプレゼントを貰えるというだけでも、嬉しいものだと思う。

椿がプレゼントを受け取る時の事を思うと、頬が緩んでしまいそうだ。


「ありがとう、日向」

「えへへ、どういたしまして」


面と向かって感謝されると、どうもくすぐったい。

すっかり遅くなってしまったので、私達はそろそろ家に帰ることにした。




暗くなった夜道を、街灯を頼りに2人で歩く。

遅い時間帯だから私たち以外に誰もおらず、とても静かだった。

夜になって気温が下がったせいか、昼よりも吐く息が真っ白になる。

……それでも、ずっと繋いだままの手は温かくて気持ちいい。


「日向」

「なに?」


ぎゅっ、と繋いでいる手に力が篭ったので、どうしたんだろうと彼女の方を向く。

するとバックの中から何かの包みを取り出して、私に押し付けてきた。

真意を探ろうとしても、陽織は顔を背けて私の方を頑なに見ようとしない。

とりあえず差し出された包みを受け取って、見つめてみる。

え、なんだろう。これ。


「クリスマスプレゼント」

「えっ!?」


予想外の言葉に、私は自分の耳を疑った。

ひ、陽織が私にプレゼント?え、本当に?ビックリとかじゃなくてマジで?

私は信じられなくて、恐る恐る手に取った包みを掲げてみる。


「いらないなら捨ててもいいわよ」

「い、いやいや!いる、いります!!返せって言っても返さないから!」

「そう」

「開けてみても…いい?」

「貴女にあげたんだから、自由にしなさい」


許可を貰ったので、丁寧に包みを開けて中身を取り出す。

袋から出てきたのは私が好きな色のパーカーだった。


「あ、ありがとう!…わぁ……プレゼント、凄く嬉しい」

「…………そう」

「大事にするね…えへへ、暖かそう」


陽織は渡せてホッとしたのか、張り詰めていた表情がだんだんと緩んでいった。

それにしても、陽織からクリスマスプレゼントを貰えるなんて思ってなかったから、すっごく嬉しい。

なんでだろう。今年いい子にしてたから?いやいやまさかね。


「……本当は、毎年用意してたのよ、クリスマスプレゼント」

「え?」



毎年?



陽織からクリスマスプレゼントを貰ったのは今日が初めてで、今まで貰った記憶はない。

私が椿だった時のクリスマスは、毎年私が一方的にお菓子をプレゼントするだけだったし。

日向になって陽織と過ごすクリスマスは、今日が初めてのはずだし。


「昔、貴女にプレゼントを渡したくて毎年用意してたんだけど……クリスマスに贈り物なんてしたことがなくて、

緊張して、結局いつも素直に渡せなかった。…貴女は毎年クリスマスにお菓子を作ってくれたのに」


じゃあ陽織は、渡せなかっただけで、クリスマスにはプレゼントを用意してくれてたんだ。

彼女がプレゼントをくれるなんて期待はしてなかったから、気にしていなかったけれど。


「今年は…渡せて良かった」


陽織は満足そうに、はにかんだ。


「…………………」


知らなかった事実に胸が熱くなる。

愛しい気持ちが、こみあげてくる。


そっか。

そうだったんだ。


嬉しくて緩んでしまう顔を抑えることが出来ない。

私のそんな顔が気に入らなかったのか、陽織は口を尖らせて拗ねてしまった。


「あのね」

「?」


「私も、お菓子じゃなくて、形に残るものをあげたかったんだ。

でも、何を贈ればいいのか解らなかったから…やっぱりお菓子しか渡せなくて。ごめんね」


私はポケットに入れていた袋を彼女に向けてそっと差し出す。

タイミングを計っていたので、渡すのがすっかり遅れてしまったけれど。


「それ…もしかして……」

「もちろんクリスマスプレゼントだよ」


……ここでそれ以外のものを渡したら、空気ブレイカーって呼ばれそう。



陽織は信じられないといった風で、目を見開いていた。

な、なんか緊張するかも。プレゼントを渡すだけなのに、やたらドキドキしてしまう。

ゆっくりと私の手から袋を受け取った彼女は、壊れ物を扱うかのように、その袋を大事に持っている。


「開けても、いいかしら」

「どうぞ」


緊張した面持ちで、袋を丁寧に開けていく。

陽織は私の選んだプレゼントを喜んでくれるだろうか。


「………………」

「ど、どうかな」


何で無言なんだろう。

早く何か言ってくれないと落ち着かなくて心が休まりません。



「……ありがとう。凄く、嬉しいわ」


「っ……良かった」


袋から取り出したプレゼントを握り締めて、心から幸せそうに微笑んでいる。

その表情に見惚れたけれど、恥ずかしくて目を逸らした。けれど、ずっと見ていたいとも思う。


おかしいな。


今日はいつもより、心臓が忙しいような気がする。

寒いはずなのに顔も身体も熱くて、火照っていた。

頭も少しだけぼんやりとしている。

……自分のことなのに、自分のことが解らない。

私はまた考え込んでしまいそうになるのを止めて、かぶりを振る。

今は、そんなことを考えている場合じゃない。


考えるのを止めて彼女の様子を見ていると、どうやら想像以上に気に入ってもらえたみたいだ。

安堵して息を吐くと、緊張から開放された反動から身体の力が抜けてしまった。ふらつきそうになるのを、我慢する。

うーん、それにしてもクリスマスプレゼントを渡すのって、こんなに大変だったんだなぁ。

でも喜んでもらえるのなら、何度でもプレゼントを贈りたいなって思う。


「まさかあの日向がクリスマスに買い物に誘ってくれてそのうえプレゼントまでくれるなんて、思わなかったわ」

「……あはは」


全部、瑠美のおかげなんだけどね。

あの子が後押ししてくれたおかげで、こんなに楽しいクリスマスイブを過ごすことができた。

瑠美が来てくれなかったら、私は今も部屋でだらだらと寝転んでいただろう。

それはそれで幸せだけど、それ以上にこっちの方が何倍も幸せだ。



「だから…………もしかしてって、期待してしまうわ」

「ん?何て言ったの?」

「……なんでもないから、気にしないで」


聞こえなかったので聞き返したけれど、もう一度言ってはくれなかった。

うむむ、そういうのって気になるなぁ。



陽織は黙って私の手をとり握り締める。

プレゼントを開ける為に離したお互いの手が、再び繋がった。

陽織から手を握ってくるのは初めてだったので、驚いてしまう。


「今はこれで十分、よ」

「?」



「ふふ、メリークリスマス」


「……メリークリスマス」



彼女の言葉の意味も、私の鼓動が忙しない理由も、何故か昂っている気持ちも、全部よく解らないけれど……



彼女が笑ってくれるのなら、それでいい。


















「…くしゅっ!」



「……大丈夫?」

「ずず…んー、平気」


心配そうな顔で覗き込んでくる陽織に笑って大丈夫だと告げる。

すると安心したのか、彼女はいつもの無表情に戻ってしまった。


「健康がとりえの貴女が風邪をひくなんて……やっぱり昨日出掛けたのがいけなかったのかしら?」

「ん~違うと思うよ?昨日お風呂から上がってから薄着でずっとテレビ見てたせいだと思う」

「馬鹿じゃないの?」

「えー」


…咄嗟についた嘘だけど、陽織は信じてくれたようだった。

昨日出掛けたせいで風邪を引いたなんて言ったら、彼女は気にするだろうし。

だいたい誘ったのは私の方で、それに風邪の原因が出掛けたことに関係してるなんて根拠はない。


「げほ、げっほ……うー、喉が痛い…」


風邪の症状は頭痛・動悸・発熱。

昨日、自分の調子がおかしかったのは風邪の前兆だったようだ。

結構あれこれ悩んだのに、考えて損しちゃったなぁ。

でもおかしかった原因が解ったし、気持ちがすっきりしたので別にいいや。


「あのさ、私なら大丈夫だから、陽織は皆とクリスマスパーティしておいでよ」


下の階では早瀬家と倉坂家+αの合同クリスマスパーティをやっている。

私が風邪をひいたので中止にしようと言ってくれたけど、せっかくのクリスマスなんだから気にせず楽しんで欲しい。

だから私の事は気にしないでやって欲しいと説得したら、渋々だったけど受け入れてくれた。

参加できないのは少し残念だけど、私のせいでパーティが中止になるのは嫌だったから、これでいい。

陽織もしばらくは参加していたけれど、今はこうして私の看病をしてくれている。

熱も大分下がったし、薬も飲んだから本当に大丈夫なんだけど。


「もう少し、ここにいるわ」

「椿が寂しがるよ?」

「いいから黙ってなさい」

「…はい」


強く言われると逆らえないのを彼女はわかってるから、ずるいと思う。


「………何か欲しいものない?」

「特にないかな」

「辛くない?」

「朝よりずっと楽になったから平気」

「それならいいけど」


おー、いつもより陽織が優しい。

いつものクールな物言いじゃなくて、言葉の端々が少し柔らかい気がする。

献身的に看病してくれるし、苦しいけどたまには風邪を引くのも悪くない、かも。


「日向?」


薬を飲んだせいか、段々と眠くなってきた。

いつもはすぐ眠ろうと思うのに、今日は眠りたいとは思えなくて、もう少しだけ、陽織を見ていたかった。

瞼が重くなって、視界が狭くなってくる。眠気に抗おうと思っても、睡眠という欲求は強くてしぶといみたい。

このまま寝てしまうのかと思ったけれど、額に冷たいものを置かれて、少し目が覚めた。

どうやら額に乗っているのは陽織の手みたいだ。もしかしたら熱を測っているのかもしれない。


………冷たくて、とても気持ちがいいな。


私は冷たい部分を求めて、無意識に彼女の手首を掴んでしまった。うん、彼女の手はやぱり冷たい。


「えっ?」

「もっと……」


掴んだ手を引き寄せる。

すると油断していた彼女は、バランスを崩して私に覆いかぶさるような状態になってしまった。

顔と顔がとても近い。眠くて視界がかすんでよく見えないけれど、彼女の綺麗な顔がすぐ傍にある。

彼女の額に自分の額を重ねてみたけど、あんまり冷たくない。

それどころか自分よりも熱を持っているような気がした。


「ひ、日向……」


真っ赤に染まる彼女の顔は、まるでリンゴのようで可愛い。

冷たいものを求めていたはずなのに、私は違うものが欲しくてたまらなくなった。

陽織が固まって動けないのをいいことに、私は自分の顔をゆっくり近づけていく。

頭がボーっとして、今自分が何をしているのかよく解らない。本能のままに、動いている。


「ひ、ひな…ちょっと…待っ……!!」


言葉にならない言葉を喋る彼女の口から漏れる吐息が、顔にかかってくすぐったい。

まずはその口を塞いでしまおうと考えて、私は自分の口を彼女のものと重ねようと―――





思ったけれど、どうやら限界みたい。




「……………ひな、た?」


「むにゃ………」








「……………………………馬鹿」








眠りへと落ちていく意識の途中で、彼女の切ない声が聞こえた気がした。








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