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Warm Place  作者: ころ太
番外編
31/41

手のひらに書いた幸福*その1



注文していた本が今日入荷するらしいので馴染みの書店に買いに来たんだけど、

店に入ってすぐ自分の知り合いが奇妙な行動をしていた。


(…………何やってんだろう)


本棚で身を隠しているつもりなのだろうけど全然隠れていない。

おまけに挙動不審で怪しいので逆に目立っている。

一応知り合いなので声をかけるか、関わりたくないので知らん振りして帰るか……迷ってしまう。


少し考えた結果、このままだと補導されてしまうんじゃないかと心配になったので声をかけることにした。


後ろから肩を叩くと、ビクッと大きく跳ねて驚いた顔でこっちを向く。



「きゃああああっ!?」

「うわっ」


思った以上に驚かれてしまい、店の中にいる人達に不審な目を向けられた。

カウンターにいる店員も凄いこっちを睨んでるので、すぐにここを離れたほうがよさそうだ。


しかたなく手に持っていた本を置いて、彼女の手を取り強引に引っ張ってお店を素早く出ることにした。

お店の外に出てから、状況を飲み込めず何がなんだかよくわからないといった顔をしている瑠美と向き合う。


「ひ、日向ちゃん?」

「本屋でこそこそと何をしてたの?……めちゃくちゃ不審人物に見えたけど」


困惑顔を浮かべていた瑠美は、私の顔を見てようやく落ち着いたように見えた。


「わ、私、そんなに怪しかった?」

「……今から万引きしそうなぐらい挙動不審だったよ」


店の人が宿敵を見るような目で睨んでたぐらいだし。

私が正直にそう告げると、彼女は暗い顔をして落ち込んでしまった。


「うぅ…仮にも教師なのに……」

「え、まさか本当に万引きしようとしてたんじゃ」

「ちっ違うからねっ!?そんなことしないからね!?」

「はぁ…本当に何やってたの」


私が呆れて言うと、瑠美は言い難そうに言葉を詰まらせた。


「見つからないように、隠れていたんだけど」

「え、誰から?」

「……………ちょっとね」


言いたくないのか誤魔化すように笑って目を逸らされた。

詮索するようなことでもないし、しつこく聞かないほうがいいかもしれない。

けれど、瑠美の顔に少し影が差しているのが少しだけ気になった。


「それより日向ちゃんはどうして本屋さんに……って本屋だから本を買いに来たんだよね」

「うん、欲しかった本が今日入荷するらしくて買いに来たんだけどね」


結局、買えなかったなぁ。

ジト目で瑠美を見ると、気まずそうな顔であははと笑った。


「…ご、ごめんねー?私のせいで」

「あとでまた買いに行くからいいよ別に。それじゃ、追っ手に気をつけて」


すぐに本屋に戻るのも気まずいし、追っ手から逃げているらしい彼女の邪魔をしたらいけないと思い家に帰ろうと踵を返す。

けれどすぐに腕をつかまれて、引き止められてしまった。


「え、なに?」

「……せっかくだから、途中まで一緒にか……あ、やっぱりいいよ!ごめんね引き止めちゃって」


途中まで言いかけといて、やっぱりいいとか言われても気になる。

彼女の顔を見れば、遠慮しているのが丸わかりだった。


「ひとりで帰るのも寂しいし、良かったら一緒に帰ってくれないかな~なんて」

「えっ、でも」

「最近この辺りに不審者が出るって噂を聞いたんで、実はちょっと恐かったんだ。

 瑠美さんが一緒に帰ってくれたら安心できるんだけどなぁ」


私が今日見かけた不審者はすぐ目の前にいるわけなんだけどね。

もちろん声には出さないけど。


私の言った言葉を聞いて、瑠美は思い出したように「ああ!」と頷いた。


「そういえば職員会議でそんなことをいってた気がする……あの時、寝ぼけてたからすっかり忘れてた」

「わ、…忘れちゃ駄目じゃないですか」

「えへへ、ごめんなさい」


叱られた犬のようにシュンとなって、落ち込んでしまった。

これじゃあどっちが大人なんだかわからない。


「とにかく、そういうことなら先生として子供を無事にお家に送り届ける義務があるよね」

「わーいよろしくお願いしまーす」

「うん、まかせて」


得意げに胸を張っているところ悪いけれど、噂の不審者はだいたい夜に出没するらしいので、陽の高い今の時間は安全だったりする。

ま、用心に越した事はないし、せっかく瑠美が一緒に帰ってくれる気になったので心苦しいが黙っていよう。


「じゃあ一緒に帰えりましょ。あ、ほかに用事とかなかった?」

「うん、大丈夫」


私達はお互いの色々な話をしながら歩いていた。

話を聞いていると瑠美の勤務先の学校は、私が通う学校の2つ隣にある有名な私立の女子高らしい。

規則が厳しいイメージがある学校だったけど、瑠美の話しによるとそうでもないようだった。


「はぁ~女子高ってごきげんようとか普通に言ってるのかと思ってたけど」

「ふふ、共学とそんなに変わらないよ?男子がいないぶん、少し開放的な部分もあるけどね」

「へー」


私が聞いていた噂とは随分違っていて、どこにでもある普通の学校のようだった。

金持ちしか入学できないとか、派閥があるとか、お嬢様の通うところだと思っていたけど。


「日向ちゃんは椿ちゃんと同じ高校に通ってるんだよね?」

「うん、家から近かったんで通いやすそうだなぁと思って。ギリギリまで寝ていられるし」

「……………」

「あれ、どうかした?」

「え?う、ううん。あそこって結構レベル高かったと思うんだけど、その理由の為に受験勉強を頑張ったの?」

「私、頭良いんで受験は楽勝でした」

「そ、そうなの?凄いんだねー」


親指をビシッと立ててウインクすると、瑠美は引き攣った顔で苦笑いしていた。

実際はそんなに受験勉強してないし、軽く復習しただけなので大変という事はなかった。

それに高校受験の時の勉強の苦しみは前世で一度味わったしなー。

うん、あの時期は本当に色々と辛かった。


主に陽織さまの叱咤激励が。


「そうだ、瑠美先生が学校で教えてる教科は?」

「私の担当は数学。今期からクラスの担任を任されてるから大変なのよね」

「あはは、頑張ってね」

「うん……」


大変だと言ってるわりに明るい顔をしているので、担任を任されたことが嬉しいのだろう。

教師という仕事は瑠美にピッタリの職業だと思う。

今の学校に不満はないけど、瑠美が勤めている女子高を受験すれば良かったなと少し考えてしまった。

一度でいいから、彼女の授業を受けてみたい。


「そういえば瑠美さんはどこの高校に進学したの?」

「実は今勤めている女子高が私の母校なの。教員免許を取ったら母校で働きたいと思ってたから」

「そうだったんだ」

「うん。教師になれて母校で働くことも出来て……約束も夢も同時に叶えることが出来た」


彼女は嬉しそうに、けれどどこか悲しそうに目を細めていた。


「……瑠美さんは、教師になって良かったと思ってるの?」

「それはもちろん。大変だけど、やりがいがあって楽しいよ」


返答に窮することなく、瑠美はしっかりと答えてくれた。

ちゃんと自分の意思で『夢』を叶えてくれたことに安堵する。


「あれ?」


いつの間にか隣を歩いていたはずの瑠美がいないことに気づいて振り返ると、背を向けてどこか一点を食い入るように見ている。


「瑠美さ……」


彼女に近寄って顔を見ると、先程より顔色が悪く微かに震えていて、私が傍に居るのにも気付いていないようだった。

瑠美はただ同じ方向を見て固まったように動かない。

彼女の視線を辿ってみても、特に気になるものは何もなかった。


「どうかしたの?」

「…………………」


彼女は何も答えない。何かに怯えるように、ただ一点を見つめている。


「っ!?」


ふと、電信柱の影から視線を感じた気がして、寒気がした。

もしかして、不審者だろうか?

夜にだけ出没すると聞いていたから昼は安心だと思っていたのに。


「…私、最近よく視線を感じることが多いの…最初は自意識過剰だと思って気にしていなかったんだけど」


「もしかして、本屋でこそこそ隠れていたのって」

「うん、誰かに見られてる気がしたから……」


それはもしやストーカーというやつなのでは……。

この間テレビであっていた過激なストーカーの特番を見たばかりだったので、嫌な想像をしてしまう。

じわじわと湧いてくる恐怖に身震いしつつ、これからどうすべきか考える。

相手は1人のようだけど、高い確率で男だろうし武器を持っていたら危険だ。

私はともかく瑠美にもしものことがあったらいけないので、ここは走って逃げるのが上策だろう。


「あまり見ないで、早く帰ろう!」

「あっ……」


動こうとしない瑠美の手を強く引っ張り、背を向けてこの場から逃げようとした。

けれど背後に嫌な気配を感じたので慌てて後ろを振り向くと、誰かが凄い勢いでこちらに駆け寄ってくる。


「!!」


このままではマズいと咄嗟に判断し、ストーカーから瑠美を庇うように前に出て構えた。


「だめっ、日向ちゃんっ!!!」

「っ!」



覚悟を決めて返り討ちにしてやろうと思ったが、私に触れるちょっと前というところで、ストーカーはピタリと止まった。

不審に思ってストーカーの姿を確認してみる。


小柄な体、細い腕、大きな瞳、長めのサラサラとした髪、綺麗な唇。


「…え、女の子?」


どこからどう見ても私と同じぐらいの歳の女の子だった。

うん、こんな可愛い女の子が男の子のはずがない。

瑠美も私の後ろから女の子を確認すると、あっ!と驚いた声を上げた。



「島埼さん!?」



名前を呼ばれると、女の子はピクリと反応した。

私は瑠美と女の子を交互に見る。


「…え、もしかして瑠美さんの知り合いだったりするの…?」

「うちの学校の生徒なのよ。私が教えていたクラスの子」

「………………」


気が抜けてしまい倒れそうになったが、気合で踏ん張り体勢を立て直す。

瑠美の教え子だという島埼さんの方を見ると、彼女は親の敵を見るような目で私を睨んでいた。

私、彼女に何か気に障ることでもしたっけ?


「もしかして、最近私のことを見ていたのって、貴女なの?」


瑠美が恐る恐る聞くと、彼女はポッと顔を赤らめて小さく頷いた。

……何故に赤くなるんですかね。


「どうしてそんなことを…」

「それは…」


もじもじと体をくねらせ、やっと聞こえるような小さな声でボソッと呟いた。




「先生のことが、好きだからですっ」




「…………………」

「…………………」


キャッ!ついに言っちゃったぁ~☆という感じではしゃいでいる女の子を、私と瑠美は口を開けたまま呆然と眺めていた。

開いた口が塞がらないというのはこういう事をいうんだね…なんて考えながら現実逃避に走る私。

衝撃の展開に思考が固まっていたけれど、ようやく現実に戻ったのでこの後自分が取るべき行動を考える。



………………………よし。



「それでは、後はお若い二人でごゆっくり……っ」



お見合いの席の保護者のように、気を利かせてさりげなくこの場を退散しようと試みたが、腕を掴まれて失敗に終わった。


「お願い!待って日向ちゃんっ!」

「帰れ帰れ」

「………………」


心細そうに目を潤ませている瑠美と、まるで気持ち悪い虫を見るような蔑みの視線を向ける島埼さん。

ええ、正直に言うと凄く帰りたいんですけどね。


「えーと、島埼さんでしたっけ」

「はぁ?気安く名前を呼ばないでくれない?」

「……ストーカーさんは瑠美さんのことが好きでストーキング行為をしてたんですか」

「うるさい死ね」

「…………」

「島埼さんっ!!」


これって私が居ない方が話が進むんじゃないだろうか。

でもストーカーさんが行き過ぎた行動を起こす可能性もあるから、二人っきりにするのも危ないし。

どうしようか考えていると、目つきの悪いストーカー島埼さんがジロジロと私を見ている。

いいや、とにかくこの人に何か一言言ってやらないと気が済まない。


「あの、貴女が誰を好きになろうと自由ですけど、相手に迷惑をかけるような行為は慎んだ方が良いですよ。

本気で瑠美さんのことが好きなら、彼女が嫌がることをするのは間違ってると思います」


「アンタさぁ、先生の何なの?気安く先生の名前呼んでるし、ベタベタして何様?」


私の話を聞いてたのかなぁ、この人。


「ただの知り合いです」

「じゃあ、関係ないからどこか行って。二度と先生に近寄らないで」


あまりの暴言っぷりに私の心はズタズタになってしまいそうです。


「じ、じゃあ聞くけど、本気で瑠美さんのこと好きなの?」

「はぁ?好きだから……傍に居たいからこうして先生のこと追ってるんじゃない。

あ、もしかして貴女、恋をしたことがないんじゃない?だから恋してる私の考えが解らないのよ」


小馬鹿にしたような言い方に、カチンときた。


「なにぃ!私だって恋のひとつやふたつっ!!!」

「…………」

「したことない…かも?」

「何で疑問系なのよ」


目の前の彼女より倍は生きているけど、今まで恋愛らしい経験をしたことがなかった気がする。

思い返せば、寂しい青春時代だったんだなぁ私。


「ふん、恋を知らない女が恋を語る資格なんてないのよ」


ううっ、悔しくないはずなのになんか悔しい。



「島埼さん」



今まで黙っていた瑠美が、ストーカー少女の前に立った。

その顔は真剣そのもので、怯えも動揺も感じさせない。


「先生っ」


瑠美に向ける眼差しは、私に向けるような嫌悪のものではなく、熱情のこもった瞳だった。

その瞳から目を逸らすことなく、彼女は告げる。


「島埼さんの気持ちは凄く嬉しいけれど、私は貴女の想いに答えることはできないの。……ごめんなさい」

「っ!!?」

「…………………」


瑠美は申し訳なさそうな表情で、断りの言葉をはっきりと口にした。


「ど、どうしてですか!?私、こんなに先生のこと大好きなのに!」

「私と貴女は教師と生徒だから。そして何より、私は貴女を、恋愛の対象として見れないから……」

「そんなの関係ないですっ!私は…私はっ……!!!」

「ごめんなさい。何と言われようと私は貴女を好きになることはないと思う」

「――っ!!!」


何を言われようと、瑠美の答えは変わらないようだ。

少女は酷くショックを受けたような顔で、身なり構わず勢いよく走り去っていった。

その後姿を、瑠美は辛そうな顔で見送っている。

これで、あの子はきっと瑠美のことを諦めるだろうけど…。


「ごめんなさい。日向ちゃんは関係ないのに、巻き込んでしまって」


私に気を使ってか無理に笑おうとしている彼女の姿が痛々しくて、何も言えずにいた。

行き過ぎとはいえ、島埼さんは純粋に瑠美のことを愛していたのかもしれない。

その想いを拒絶してしまった瑠美は、優しいが故に心を痛めているんだ。


少し、やるせない気分だった。


「瑠美さんはお人好しだよね。ストーカー行為で迷惑してたのに、文句の一つも言わず誠意を持って告白に答えていたし」


「あの子の想いには答えてあげられないけれど、私のことを好きだと言ってくれたのは素直に嬉しかったから」


「告白を断ったのってやっぱり教師と生徒だからとか、女同士だから?」


「ううん、それは建前かな。好きになったらきっと身分とか性別だとか関係なしだと思う。

彼女の気持ちを受け入れなかったのは、ただ好きじゃなかったから…かな……」


「そっか」


それから暫くの間、気まずい沈黙が続いて重たい空気が流れていた。

……よし、とにかくここは何か違う話題を出して彼女の気持ちを軽くしてあげたい。


「それにしても瑠美さんってやっぱりモテるんですね!」


なんとか空気を明るくしようと、わざと明るく大きな声を出した。

言った後でちょっと無神経な質問じゃないかと思ったが、言ってしまったのはしかたがない。

彼女は特に気にすることもなく少し考えてから、教えてくれた。


「告白された事は何回かあったかな」

「おぉ~」


やっぱりね。周りがこんな美人を放って置くわけないもん。

しかしあんなに小さくて純粋な子供だった瑠美が、人生経験豊富な大人になったと思うと感慨深い。

以前ちょっと聞いたけど、一度も付き合ったことがないというのは意外だった。


「告白された人の中に、好みの人がいなかったの?」

「そうだね……付き合いたいと思える人はいなかったなぁ」

「あらら、勿体無い」

「ふふ、でもそろそろ真剣に考えないとね」

「…焦らないで良いと思うよ?瑠美さん綺麗だし、魅力的だから自然と良い人が寄ってくるって」


さっきだって、瑠美の魅力に惹かれて好きになった子のひとりだと思うし。


「……………」

「私は恋愛経験ないし、よく解らないから偉そうなこと言えないんですけどね」


うーむ、こういう話題は本気で苦手なので、これ以上何と言えばいいのかわからない。

瑠美は何か真剣に考えているのか、熱に浮かされたような顔でぼぅっとしている。


「瑠美さん?」

「えっ!?」


考え過ぎているのではないかと心配になって呼びかけると、驚いて私のほうを見る。

すると目を泳がせて、ぎこちなく笑った。


「ありがとう日向ちゃん。励まして、くれたんだよね」

「ええ、まあ…」

「私はもう大丈夫だから」


彼女は立派な大人になったと思う。

甘えてばかりで泣いて私に縋っていたあの子が、今度は子供を支えてあげる立場になった。

自分の足で立ち、しっかりと自分の道を歩いている。

それが嬉しくもあり寂しくもあり………不安でもあった。


「あ、日向ちゃんの家はあっちだからここでお別れだね。せっかくだから家の前まで送っていこうか?」

「大丈夫。柔道習ってたんで、もしもの時は不審者を投げ飛ばしてやるから」


自信満々にそう言うと、彼女に困った顔をされた。


「そ、それは危ないからやめてね?そういう時は逃げてね?」

「はーい」

「そういえば島埼さんが私達のところに向かって来る時……さりげなく私を庇ってくれたよね」

「……あー」


動揺してて気にしてないみたいだったから安心してたけど、どうやら気付いてたらしい。

色々あって、忘れていただけだったようだ。


「もし本物の不審者で凶器を持ってたらどうするの?死んでたかもしれないのよ?」

「…………」


あの子も不審者の一歩手前ですよね?

と軽口を言おうと思ったが、泣きそうな顔をしている瑠美を見て言葉が詰まる。

私は昔から、この子のこんな顔にとても弱い。


「庇ってくれたのは嬉しいけど、でも、自分を省みない行動はしないで。お願い」

「…うん」


力強く言われては、はいとしか言えない。

何か思うところがあるのか、瑠美はとても悲しそうで、複雑な表情をしていた。


「ごめんね。本当は全部私のせいなのに」

「ううん、私が勝手にやったことだから」

「……今日は、ありがとう」


またね、と言って私とは違う道を行こうとした彼女の背中に、私は大きな声で呼びかける。


「瑠美さーん!」

「えっ?」

「よかったらまたパンケーキ食べに来てくださいねー!今度はココア味のヤツ作りますからー!」

「………………っ」

「それじゃあまたー!」


驚いた顔をしている彼女に微笑みかけてから、踵を返し家に向かって歩き出した。












数日後。





「疲れた~」



クタクタになった体をベットに投げ出して、枕に顔を埋める。

今日は学校の授業で苦手な持久走があったので大変だった。

体育の時間ずっと走りっぱなしだったので、足がとても痛い。

あー、なんで私のクラスは持久走で椿のクラスはバレーなんだろう。


椿と一緒のクラスになりたかったけれど、残念ながら私達は別々のクラスになってしまった。

クラスは違うけれどすぐ隣だし、朝は一緒に登校する約束をしてるので、話す機会はいっぱいあるから寂しくないけど。

担任の先生は厳しいけど真面目な人だったので上手くやっていけてるし、クラスメイトも明るくて気さくな人たちばかりだ。

まあとにかく、そんなこんなで私は充実した学校生活を大いに満喫していた。


「ふあぁ」


大きく口を開けて、あくびをする。

疲れからか、段々と眠たくなって瞼が重くなってきた。

今日学校で配布されたプリントに目を通しておこうと思っていたけれど、睡魔には勝てない。

明日確認する事にして、今日はもう眠ってしまおうと目を閉ざした。


ピピピピピ


閉じたばかりの目を開く。


音がする方に手を伸ばして小刻みに振動している小さな塊を掴み、自分のもとへと引き寄せる。

携帯を開いてディスプレイを確認すると、『瑠美』の二文字が表示されていた。

慌ててすぐに通話ボタンを押す。


「もしもし、日向ですが――」

『あ、私。私だけどー』

「ワタシワタシ詐欺?」

『ちっ、ちがうよ!?私!赤口瑠美です!』

「あー瑠美さんかー驚かさないでヨー」

『………日向ちゃん、わざとでしょう。台詞が棒読みだもん』

「いやいやそんなことは」


アハハハと軽快に笑うと、携帯のスピーカーから深いため息が聞こえてきた。

どうやら私の冗談に呆れてしまったらしい。


『日向ちゃんて落ち着いてて大人っぽい子だなぁって思ってたけど、意外と子供っぽいところあるんだね』

「大人の女ってのは、色んな面を持っているのです」

『は、はぁ』


大人の雰囲気を出しつつ物憂げな感じで喋ると、気の抜けた返事が返ってきた。


「それより私に何か急ぎの用事もあったの?こんな時間に珍しい」


この時間帯はいつもメールでやり取りしていたので、こんな時間に電話がかかってきたのは今日が初めてだった。


『え、あ、ううん。そういうわけじゃ、ないんだけど……』


歯切れの悪い彼女の言葉に首を傾げつつ、その先を言うのをじっと待っていた。


『その、陽織さんからメールで聞いたんだけど。日向ちゃん、学力テストで学年一位だったって?』

「あー、うん」


すでに高校生をやった身なので、ある意味チートだから素直に喜べないんだけどね。

もちろん簡単に復習はしたけど。


しかしなんでわざわざ瑠美に報告してるんだろう、陽織。

別にいいけど恥ずかしいよ!


『凄いね、おめでとう』


たったそれだけを言う為に、わざわざ電話をかけてくれたんだろうか。

前も軽い怪我をしただけなのに、家まで菓子折り持って来てくれたこともあったし。

うーむ、こんなに生真面目な子だったかなぁ。


『えと、迷惑だったかな?いきなり大した用もないのに電話して……』

「全然そんなことないよ!わざわざありがとうございますっ!嬉しい!」

『そ、そう?良かったぁ……ウザいとか思われたらどうしようって悩んでたの』


そんなことあるわけがない。

わざわざ祝福してくれる為に電話をくれたんだから、そんなの嬉しいに決まってる。


「気にしすぎだって。私はすっごい嬉しいよ」

『うん、それなら安心しちゃった』


緊張が緩んだのか、どことなく彼女の声が明るくなった。

そんなに緊張しなくてもいいと思うんだけど。


『あ、ごめん。そろそろ切らないと教頭に見つかっちゃう』

「…仕事中だったんだ」

『実はまだ仕事中で学校にいるの。明日の準備で遅くまで残らなきゃいけないのよね…』

「はあ、大変だね。お疲れ様です」

『ありがとう。うん、日向ちゃんと話してたら元気出てきちゃった。これでまだまだ頑張れそう!』

「あはは、それなら良かった」

『また、電話していい、かな?』


遠慮がちに小声で聞いてくるのが可愛くて、不覚にもにやけてしまう。

電話越しで顔が見えなくて良かったと心底思った。


「もちろん」

『それじゃあまた連絡するね』

「うん。仕事頑張ってね」

『もちろん!じゃあね』


ブツッと音がして、通話が終わる。

電源ボタンを押して携帯を閉じ、ベットの端に放り投げた。


「あ……」


ふと気付けば、電話がくる前に感じていた眠気がすっかり吹き飛んでいる。

瑠美と話しているうちに、完全に目が覚めてしまったようだ。


ベットから起き上がって鞄の中のプリントに目を通し、教科書を手に取った。

パラパラと捲って中身を見ると、見たことがあるような無いようなページがある。

私が昔見た高1の教科書と内容は似ていても、デザインがまったく違っていた。

教科書は毎年少しづつ改訂されているらしいから、当然といえば当然なのだろう。

一度習ったところとはいえ、それなりに楽しくて復習にもなる。

けれど教科書を開いてると、落書きしたくなるのは何でだろう。特に人物画のところ。


適当なところで読むのをやめて、再びベットに寝転んだ。



ピピピピ



「はいはい~っと」


携帯が鳴ったので手にとって見ると、椿からメールが来ていた。

ええと、『今度の週末は件はどうしますか?』と書いてある。

私はすぐに返事をうって送信ボタンを押した。もちろん返事は……いつもと同じ。

ちなみに週末の件とはお泊りのこと。

実は、いつの間にやら週末は椿の家に泊まりに行くのが習慣になっていたのだった。

逆にうちに泊まりに来ることもあるけど。


それからしばらくしてまた携帯が鳴ったので椿から返事がきたと思って見てみると、『母』という名前が表示されていた。

不思議に思いながら開いてみる。


『ゴキが出た。至急、台所へ応援に来られたし』

「………………………」


わざわざメールしないで直接言いに来ればいいのに…。ていうか自分で処理しようよ。

無視するわけにもいかず、疲れた体に鞭打って台所へ行くことにした。




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