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Warm Place  作者: ころ太
本編
3/41

再開

「お姉ちゃん」

「うー」

「お姉ちゃん!」

「んん?」


重いまぶたをゆっくり開けると、視界いっぱいに映っているのは見慣れた妹の顔だった。

シートに預けた身体を起こして周囲を見ると、どうやら目的地に着いたらしい。

車での長旅だったからいつの間にかうっかり寝てしまっていたようだ。

私はドアを開け外へ出てから、座りっぱなしで鈍っていた身体を大きく伸ばして同時に空気を思いっきり吸う。

そしてゆっくりと吐き出し、改めて周りの景色を見渡す。


「……そっか、着いたんだ」

「はあ~、疲れたわぁ」


運転席から降りてきた母が、ふらふらと私の隣にやってきた。

ずっと運転していて疲れたのだろう、疲労で顔色が悪い。


「引越しの荷物、まだ届いてないみたいだから休憩しよっか」

「賛成~っ!ずっと車に乗ってたから私も疲れちゃった」


すぐ目の前にある今日からお世話になる新しい我が家に我先に入っていく妹を見て母と一緒に苦笑した。

家の玄関に『早瀬』と苗字が彫られた表札をみつけて、ここが自分達の新居なのだと実感する。


「日向~。後で肩揉んでくれない?もう痛くて痛くて」

「いいけど、その前にちょっと町を散歩してきてもいいかな」

「迷子になっても知らないわよ?」

「大丈夫。携帯もあるし」


ポケットに入れていた携帯を取り出して母親に見せる。

道がわからなくなればネットに繋いで地図を見ればいいし、それでも無理なら電話で連絡すればいい。


「それもそうね。でも気をつけて行きなさいよ?」

「はーい」


妹に続いて新居に入っていく母を見届けてから、私は散歩に出かけることにした。







人は生まれて、そしていつしか必ず死が訪れる。




それは人によって早かったり遅かったり差があるけれど、避けられない定められた運命だ。

私は高校3年生の時、もっと先の事だと思っていた『死』が思いのほか早く訪れた。

そう、私は一度死んでこの世を去ったはずなのに、何故かまたこの世界で生きている。

姿や名前は違うから、生まれ変わったと言った方が正しいのかもしれない。

でも…私は死ぬ以前の自分の記憶をはっきりと覚えているのだった。


どうして前世の記憶を引き継いで転生してしまったのかはわからない。

ただ、私はこうして平凡な第二の人生を送っている。


(懐かしいなぁ)


ゆっくりと町の景色を見ながら歩いていく。

見知った風景を見るたびに、胸が締め付けられるような感覚が襲う。

暖かいけれど、同時に冷えるような、そんな不思議な感じだった。



「………………」


私は生まれて初めて、この町にやってきた。

でも、初めてじゃない。

死ぬ以前の私はこの町に18年間住んでいたんだから、知っていて当然だった。

そんなおかしな矛盾に苦笑して、私は懐かしい町を見渡す。


(あれから、もう16年だっけ)


以前の私が死んでから、もうそんなに経っていたことに気付いて、時の流れの速さを身に沁みて感じた。

あの時死んですぐに二人目の母親のお腹の中に宿り、数ヵ月後、私が生まれた。

そして物心がつく幼稚園の時、死ぬ前の以前の自分の記憶を思い出し、今まで普通に過ごしてきた。


(またこの町に来ることになるなんて、思わなかったけど……)


自分が生まれた場所は以前住んでいたこの町と離れていたので、来る事が出来なかった。

いや、行こうと思えば行けたと思う。ただ、恐かったから、行かなかった。

この町に住んでいた私はもう死んでいるのだから。

私を知っている人に会うのが何だかとても恐ろしくて、辛かった。

それと同じぐらい、あれからどうなったのか気になっていたのも事実だったけど。

まさか母の仕事の都合でこの町に引っ越す事になるとは夢にも思わなかったが。


(みんな、元気にしているかな)


お父さんやお母さんは元気にしているだろうか?

泣き虫だった妹はどんな風に成長しているだろうか?

学校でふざけ合った友達はどんな進路を進んでいるのだろうか?

そして、彼女は―――――


「………………」


会ってどうするというんだろう。

もう私は『私』であって『以前の私』ではないのに。

私に出来ることはもうないし、そんな資格もありはしない。

ただ、今の人生を一生懸命に生きていけばいいんじゃないのか。


(………家に帰ろう)


そろそろ荷物が届く頃合だし、引越しの片付けをしなければいけない。

私は来た道を戻ろうと踵を返すと



(―――え)


見た事のある人物が、そこに佇んでいる。

心臓が大きく跳ね、冷や汗が頬を伝い、頭の中は真っ白になった。

口が震えて、呼吸も上手く出来ない。


(お、落ち着け私!)


目を凝らしてよく見てみると確かに彼女に似ているが、私と変わらない年齢の少女だ。

あれからもう16年経っているのだから彼女はもう30近い歳のはず。

だから人違いなのだ。彼女のわけがない。

そう自分に言い聞かせて、暴れていた心臓を落ち着かせる。


「あの」

「ひぃぃいぃっー!?」


いきなり声をかけられて落ち着きつつあった心臓が再び大きく跳ねた。

私の大げさな驚き方につられて、目の前にいる少女まで驚かせてしまったようだ。

可哀想なくらい、怯えた表情をしている。


「ごっごめんなさい!いきなり声をかけてしまって。……驚きましたよね」

「だ、だだだだ大丈夫」


落ち着くために深呼吸を何度も繰り返して息を整える。


……よし。

その甲斐あってなんとか平常心を取り戻すことができた。

改めて、声をかけてきた少女の方を見る。


(うっ)


やはり、似ていた。

別人だと解ってはいても、自然と鼓動が速くなってしまう。

なんだか懐かしくて目頭まで熱くなってきてしまった――って、駄目駄目。マジ落ち着け私。


「な、な、何かようですか?」


ぎこちない笑顔を作って、怪しまれないように自然な対応を心がける。

顔は引き攣り声は裏返っていて、こんな怪しい対応が自然だとは言えないけども、これが私の精一杯なのだ。


相手はしばらく不思議な顔をしていたが、すぐに握っていたものを私に向けて差し出した。


「?」

「これ、もしかしたら貴女の物じゃないかと思いまして」

「あっ…」


彼女の手のひらの上に乗っている地味なハンカチは、確かに私のものだった。

キョロキョロと景色を見ながら歩いていた時に、気付かず落としてしまったのだろう。

それを偶然通りかかった彼女が拾ってくれたわけか。


「うん、それ私のだ。拾ってくれてどうもありがとう」

「いえ。大したことじゃありませんから」


そう言って彼女はにっこりと微笑む。


「………………」

「?・・・あの?」


私が黙って見つめていたのを不審に思ったのだろう。

彼女は不思議な顔をして首を傾げた。


おっといけない、ちょっとガン見しすぎた。


「ごめんね、ちょっと知り合いに似てたから」

「そうですか。大丈夫ですから気にしないで下さい」

「そうだ。拾ってくれたお礼…にしては粗末なんだけど、よかったらこれ貰って」


私はポケットの中から小さな袋を取り出して、彼女に手渡す。


「そんな、お礼だなんて……」

「手作りだから口に合うかわからないけど、食べてくれると嬉しいかも」


引越しに出掛ける前に作った、小腹が空いた時の為の手作りクッキーだ。


「わぁ…手作りなんてすごいです」

「いやいや。クッキーって簡単に作れるお菓子だから別に凄くはないよ」

「ふふ、ありがとうございます。後で遠慮なく頂きますね」

「うん、それじゃ。わざわざ拾ってくれてありがとう」

「私の方こそ、クッキーありがとうございました」


丁寧に頭を下げてから、少女は背を向けて私から遠ざかっていく。

その後姿が幼馴染の少女のものと重なり、結局姿が見えなくなるまでずっと見つめてしまった。


「……うーん。姿はそっくりだけど、中身は似てないなぁ」


少なくとも私の知っている彼女はあんな丁寧な言葉遣いはしないし、穏やかに笑ったりしない。

今、この町に居るであろう彼女はあの少女のように笑ってくれているだろうか。

幸せに、過ごしているだろうか。


(そんなことを願う資格もないのに)


無意識に握り締めていた手をひらくと、じっとりと汗ばんでいた。


「…帰ろ」


これ以上考えないように頭を振って、見えない何かから逃げるように自宅へ向けて歩き出した。






――今日からまたこの町で、暮らしていく。


私がまだ違う名前で呼ばれていた頃の思い出が沢山詰まったこの町で、今度は違う人間として。

これからどうすればいいのかなんて、わからない。


今の自分である『早瀬 日向』という人間として生まれてきたからには、

ただ今の人生を精一杯に生きるしかなかった。




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