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Warm Place  作者: ころ太
本編
29/41

暖かい場所



「そう……そうだったの…」



私が16年前に起こった陽織の知らないあの時のことを全て伝え終えると、彼女は消え入るような声で呟いた。

その顔に浮かべているのは悲痛なもので、罪悪感や後悔といったものかもしれない。

そんな顔をさせてしまった私は、掛ける言葉が見つからずただ口を噤んで黙っていた。


今、私達は話をしながら帰り道をゆっくりと歩いている。

あの場所で話しても良かったんだけど、小姫から『超遅い・飯・できた』というメールが届いたのでひとまず帰ることにした。

私が出かけてから大分時間が経っているので、みんな心配してるかもしれない。


「椿」

「ん?」


切羽詰ったように『昔の名前』を呼ばれる。

私は焼けるような夕空を見上げ、彼女の方を見ずに相槌をうった。


「貴女が死んでしまったのは……全部、私のせい…なのよね…」

「え、違うよ?」


「違わないわッ!!!」


突然大きな声で否定されたので、驚いて陽織の顔を見る。

彼女は表情を曇らせて、私のほうを食い入るように見つめていた。


「私の問題のはずなのに、関係ない貴女を巻き込んでしまったわ。私が、弱かったばかりに、甘えてしまったばかりに……!」

「関係ないなんて、寂しいこといわないでよ」

「だって!!!」

「だって私たち、関係ないなんてことないよね?」

「…………………」


関係ないなんて言わせない。

陽織と出会って過ごしたあの時間を、“なかったこと”になんてさせない。


「ずっと、一緒に居たよね?」

「……ええ」




今でも鮮明に覚えてるよ。




一緒に、遊んだこと。

昼寝をしたこと。勉強したこと。出かけたこと。話したこと。色んなこと、いっぱいっぱい2人でやってきた。

生まれ変わっても消えない、陽織と過ごした大事な記憶。

私にとって陽織は、幼馴染であり、親友であって。

ううん、それ以上だ。これ以上先の存在を何て呼べばいいのか解らないけれど……家族のように大事な人だと思ってる。

だから関係ないなんて言われると、悲しいよ。


私はひんやりと冷えてる彼女の手をとって、温めるように握り締める。

もう季節は春だけど、日が暮れてしまうとまだまだ肌寒い。

握り締めた手から陽織の緊張が伝わってくる。

それが、とても愛おしい。


「私が死んじゃったのは、私のせいだよ。もっと上手く立ち回っていれば、あんなことにはならなかったんだから」


考えなしに馬鹿みたいに飛び出して、それで運悪くあんなことになっちゃったんだから、情けない。

あの人を無理に引き止めないで、先に陽織の元に行き一緒にどこか逃げれば良かったとか、他に色々方法はあったはずだ。

あの時は必死だったから判断力に欠けてて、冷静に考える事なんてできなかったけれど。

でも、あの時の行動の全てを後悔してるわけじゃない。結果的に陽織を守れたのは良かったと思ってる。


「それでも、やっぱり……貴女の傍に居る資格なんて…」

「ああもう!陽織!」

「なっ、何…」


目を丸くして驚いている彼女に、私は優しく微笑む。


「確かに私はあの時死んだよ。でも、その事で誰かを責める気なんてない」


責めるとしたら、自分の愚かさだ。


だから、罪悪感なんてものを陽織が背負う必要はない。

私が陽織に望むのはそんなことじゃないから。


「私はもう16年前とは違う別人だし、歳だって離れてしまったけれど…やっぱり、あの頃のように陽織の傍に居たいんだよ…」

「椿…」

「私はもう、椿じゃない。『椿』はもう、陽織の傍に居るでしょ?」


私の名を受け継ぎ陽織の面影を持った、礼儀正しく心優しい娘が。

だから陽織の傍に居る『椿』は、一人でいい。

陽織には今の家族が居て、私にも今の家族がいる。

私は、もう早瀬日向として新しい「自分」を築いている。


「私は今を生きていたい。過去を振り返ることも必要かもしれないけど、陽織と一緒に今を作って生きたい」

「………………」

「駄目、かな?」


自分でも滅茶苦茶なことを言ってる自覚はある。

私自身が、赤口椿の生まれ変わりという滅茶苦茶な存在なんだから。

こんな私を受け入れてくれるかどうかは、陽織次第。




「…日向」



ようやく、彼女は私の名前を呼んでくれた。

赤口椿ではなく、生まれ変わりである、私の名前を。



「私も、傍にいたい。例え貴女がどんな姿であろうと、在り方が変わろうと、変わらない。この想いも、変わらない」

「陽織…」

「ずっと、傍に居て。日向」


握った手を強く握り返されて熱さが伝わってくる。

彼女の真剣で潤んだ瞳に見つめられて、心臓が大きく跳ねた。

あれから歳を重ねているとはいえ、昔と変わらない端正な顔と磨き上げられた美しさに惹きこまれてしまいそうだ。


…見惚れてしまうほど、反則的に綺麗な人だと思う。倉坂陽織という女性は。



「………………」


なんとなく私達は、しばらく黙って見つめ合ってしまう。

すると先に彼女の口が動き、言葉を紡いだ。





「大好きよ、日向」



「ぅえ!?」




彼女らしくない、優しい口調で恥ずかしい台詞を言われたので、驚いて間抜けな声が口から漏れた。

そんな私の反応が気に入らなかったのか、陽織は不服そうにしている。


いや、いやいやいや、だって不意打ちですよ?突然ですよ!?…そんなん照れるに決まってるわ!


熱くなってしまった顔をブンブンと振り、コホンとひとつ咳払いをして誤魔化す。


「え、えーっと、私のお父さんとお母さんは元気かな?…その、赤口の…」


くすぐったい空気を変えようと慌てて話題を逸らした。

つい先日一度家に上がったけれど、ちょうど留守で会えなかったから少し気になっていたことだ。


「ええ、お元気で変わりないわ。…あれから貴女のご両親にはとてもお世話になってるの」

「そっか。うん、元気ならそれでいいよ。ちょっと気になってただけだから」

「…会わなくて、いいの?」

「うん」

「あの事は、話さないの?」

「…ん」


娘が早すぎる死を迎えて、お父さんとお母さんはどんなに悲しんだだろう。

けれど2人は悲しみを乗り越えて、ずっと陽織と椿を支えてくれたらしい。

そんな両親に今更私のことを話しても、しょうがないと思う。

私が死んだのは事実だし、あの両親だったら私が「生まれ変わり」だと話すことを望まないだろうから。

きっと「今を一生懸命に生きろ」と、そう言ってくれるはずだ。


「それにこの町にいたら……いつか会うはずだし」


その時は、ただの早瀬日向として新しい『繋がり』を作ればいい。


勝手に死んでいった親不孝者を、どうか許して欲しい。

どうか、毎日を元気に過ごして欲しい。笑っていて、欲しいな。

もし2人に何かあったら迷わず力になりたいと思う。

やっぱり、18年間私を大事に育ててくれた、大切な両親だから。


「…貴女がそう言うのなら、私は何も言わないわ」

「ありがとう」


本当は何か言いたそうにしていたけど、私の気持ちを汲んでくれた彼女に感謝した。


それから私達は離れていた16年間の時間を埋めるように、色んなことを話す。

知りたかったことやどうでもいい些細なことまで、話題は尽きる事なかった。








「…もう、着いちゃったわね」


話しながら歩いていたら、あっという間に家の前まで着いてしまった。

ずっと握り締めたままだった彼女の手をそっと離すと、陽織は不安そうな顔をする。


「…そんな顔しなくても、どこにもいかないって」

「わ、わかってるわよ」


私の言ったことに拗ねたのか、顔を背けてしまった。彼女なりの照れ隠しなんだろうけど。

どこから見ても立派な大人である彼女の、子供っぽい仕草が意外でとても可愛いと思った。

…そう口に出すと怒ってしばらく口をきいて貰えなくなりそうだから、黙っておこう。


「みんな待ってるだろうし、早く入ろう」

「ええ」


陽織の家のドアに手をかける。





「おかえりなさい」



「…椿」


玄関の扉を開けると、優しい微笑みを浮かべてた椿が私たちを出迎えてくれた。

隠していた『私』を見つけて認めてくれてた大切な友人であり、それでいて娘のような、かけがえのない存在。



「おかえりー!もう、遅いって!!超おなかすいたんですけどー!」

「あら、おかえり。あんまり遅いから午前様かと思ったわよ~」



不機嫌な顔をした妹と、ニヤニヤ顔のお母さんが奥の部屋から出てきた。

いつも私を面白いようにからかうし、世話の焼ける人たちだけど、元気を与えてくれる。



「おかえりなさいっ。陽織さん、日向ちゃん」



今度は瑠美がひょっこりと顔を出した。

ちょっと抜けてるけれど誰よりも努力家で、私の代わりに陽織を支えてくれた、優しい妹。




ぞろぞろと玄関に集まってくる、私の、大切な家族。



そして隣には、一生をかけて守りたい大切な人がいる。






二度と取り戻せないと思っていた“モノ”が、此処にあった。






胸がいっぱいになる。

暖かい気持ちで、満たされる。



言葉が詰まってしまい、なかなか声を出す事が出来ない。

私が今どんな気持ちでこの場に立っているかなんて知らないだろうに、みんなは私がたった一言を告げるのを黙って待っていた。





……ひとつ、深呼吸をする。



言い慣れた言葉を、いつもとは違う意味を込めて伝えよう。



目の前に居る大切な人たちに向けて。
















「ただいま」















ようやく伝える事が出来た、言葉。


そしてすぐに














「おかえりなさい」














誰よりも早く、私の隣に居る彼女が迎えの言葉をくれた。










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