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Warm Place  作者: ころ太
本編
23/41

回想6



いつもの場所で、いつものように、陽織が私の隣で本を読んでいる。

私は閉じていた目をあけて、彼女の横顔を見つめた。


「……どうしたの、椿」


私の視線が気になったのか、居心地悪そうに眉をひそめる。

読書を中断してから私のほうを見る彼女の顔色は、あまり良いとは言えない。


「元気ないみたいだから、気になったんだけど」

「いつもと変わらないわよ」

「でも顔色良くないよ?」

「…ああ、昨日は本に夢中になってあまり寝てないから、そのせいね」

「…………」


話は終わりだと言わんばかりに私から顔を背けて、再び本に視線を向けた。

遠まわしに拒絶されてしまったので、これ以上私は何も言えない。

静かに本を読む彼女を横目で眺めながらそっと溜め息を吐いた。



ここしばらく陽織の様子がおかしい。

彼女は普段どおりを装っているけれど、いつも一緒にいる自分には解ってしまう。

態度には出ないけれど、ふとした時に感じるほんのわずかな違和感。

心配になってそれとなく何かないか聞いてみたけど、毎度上手にはぐらかされてしまう。

彼女は頭が良いから、アホな私より一枚も二枚も上手なのだ。

自慢じゃないが、言い合いで彼女に勝ったことなんて一度もない。


(どうしたらいいんだろう……)


何か困ったことがあるのなら、力になりたい。

けど触れて欲しくないことだってあると思うから、不用意に深入りするのも躊躇われた。


「椿」

「……なに?」


陽織は本に目を向けたまま、私の名前を呼ぶ。

彼女に名前を呼ばれるとくすぐったく感じてしまうのはどうしてだろうか。


「勉強ちゃんとやってるの?もうすぐテストなんでしょ」

「……よく、ご存知で」

「この間自分で言ってたじゃない」


ああ、そうだった。

苦手な分野の範囲が広かったから、つい愚痴ってしまったんだっけ。

テストがあるって彼女にバレてしまうと勉強しろとかお小言がうるさいから普段は隠してるんだけど。

それに年下の陽織に勉強の心配されるなんて情けないし。…まあ、今更だけど。


「今年受験なんだから、もっとしっかりしなさいよ」

「はいはい」


言い方は冷たいけれど、彼女なりに私のことを本気で心配してくれてるのが伝わってくる。

やっぱり心配される自分が情けないけど、彼女の素直じゃない、不器用な優しさが嬉しかった。


「もっと……自分のことに目を向けなさいよ」

「え?」


陽織はいつのまにか本ではなく私に真剣な眼差しを向けていた。

彼女の目はいつにも増して迫力があって、思わず怯んでしまう。


「貴女はいつも他人ばかり心配して、自分を蔑ろにしてるわ。だから、もっと自分のことを第一に考えて」

「そんなことないって。私はいつも自分のことばかりだよ?」

「じゃあ私のことなんて心配しないで、受験のことだけを考えてよ」

「……陽織」

「私は、別に何でもないから。本当に、何でもないから」


お願いだから。


そう言って陽織は懇願してくる。

彼女の必死な訴えに、私は、ただ無言で頷くしかなかった。

どうしてそんなに必死になるのか気になったけど、ああ言われたら諦めるしかない。

そう思い込んで、私は受験勉強を頑張ることにした。


(…違う)


本当は、恐かっただけだ。

彼女の深い部分に触れて拒絶されてしまうのが、恐いだけ。

だから強く聞く事ができず、無意識に一歩だけ距離を置いている。

不用意に近づけば、あっけなくこの関係が壊れてしまう気がして恐ろしかった。

他人ばかり気にして、自分を蔑ろにしてると陽織は言うけれど、実際そんなことはない。

私はいつだって自分が可愛くて、自分のことしか考えていない駄目な人間なんだ。

彼女の優しさに甘えて、知らないフリをすることしかできない、弱い自分。

もっと私が強くて大人だったら、彼女に頼ってもらえたのかな。


全てから守ってあげたい。

心から安心できる、そんな場所を作ってあげたい。

陰りのない笑みを浮かべられる毎日を彼女にあげたい。


けれど、私にはそんな力も、知恵も、勇気もなくて。

本当に自分が情けなくて、悔しかった。




「陽織」



彼女の名前を呼ぶ。

自分より冷たい彼女の手をとって、握り締める。

己の体温を分け与えるように、強く。強く。

彼女は何も言わず目を細めて、どこか嬉しそうに私を見つめていた。


――私が、彼女の為にできることをしよう。




「ね、指切りしよう」

「え?」


私は彼女の小指と、自分の小指をそっと絡める。


「辛いことや困ったことがあったら何でも隠さずに言うこと。いい?」

「……………」

「そうしないと私、陽織のことが気になって勉強に身が入らないよ」

「……わかったわ」


渋々頷いた彼女は、小指に力をいれた。

絡めた指を解かぬようゆっくり上下に振って、約束の儀式を始める。


「指きりげんまん、嘘ついたら針千本…ってなんだか現実味ないしなぁ…あ、そうだ。嘘ついたら暫くおやつ無し!」

「椿は困るかもしれないけど私にはどうでもいい罰ね、それ」

「うぐ、確かにそうかも…。じゃあ、嘘ついたら暫く陽織に会いに来ないから」

「それは…針千本より辛い罰ね」

「…………えっ!? あ、そ、そう?」


うわ、不意打ちだ。

真面目な顔でさらっと言うもんだから、照れくさくて困ってしまう。

きっと顔だけじゃなく耳まで赤くなってるかもしれない。

普段は仏頂面で私と一緒に居るのが楽しいのか嫌なのか解り辛かったから、

陽織が私に会えることを望んでくれているのが解って凄く嬉しかった。

初めて会った頃なんて、私の顔を見た途端すぐに追い返そうとしてたもんなぁ。棘棘してたし。

昔に比べると、今は随分と感情が豊かになった気がする。


「ま、まあ約束を破らなきゃいいんだし!罰なんてあってないようなものだよ!うん!」

「…他の罰にしない?」

「だーめ。約束、守ってよね」

「……ええ」


どうやら私の考えた罰は陽織にとって、かなり効果があるらしい。

これなら、きっと彼女は約束を守ってくれるに違いない。

彼女だけじゃなく、私にとってもこの罰は辛いのだ。

必ず約束を守って貰わないと色々と困る。



「指切った」




絡めていた小指を離す。

これで私たちの約束の儀式は―――完了した。







「…そろそろ、屋敷に戻った方がいいんじゃない?」

「まだ、大丈夫よ」


陽織の体調も良くないようだし、今日は風も冷たくて身体に悪い。

早めに部屋に戻って暖まったほうがいいと思う。

そう指摘しても、きっと彼女は素直に聞き入れてくれない。

頭が良くて、貫禄があって、美人で、冷静で。けど頑固で意地っ張りで、人のいう事はなかなか聞いてくれない。

そんな私の……可愛い、幼馴染み。


「じゃあ、もうちょっとだけ」

「ちょっ……!?」


彼女を冷たい風から守るように、後ろからぎゅっと抱きしめた。

おぉ、柔らかくて暖かいなぁ。


「な、何してるのっ」

「いや~陽も傾いてちょっと寒くなってきたし、暖をとろうかと……」

「馬鹿っ、離しなさいよ!」

「やだー」


彼女にしては珍しく挙動不審で、落ち着きがない。

あれ、これぐらいのスキンシップは普通だと思うけど、本気で嫌がってるのかな。

そういえば今まで陽織とこうしたスキンシップはしたことがなかったっけ?

しばらく抵抗していた彼女だけど、私が意地でも離さないと思ったのか諦めて大人しくなってしまった。


「お、怒った?」

「もう……好きにして」


赤くなった顔を逸らして疲れたような声で言われたので、罪悪感が込み上げてくる。


「ごっ、ごめん」


それでも私は彼女を離さない。

この暖かくて落ち着けるような優しい温もりを手放したくなかったから。

彼女を暖めようと抱きついたつもりだったけど、結局自分が得してしまったような気がする。

……それに抱きつかなくても自分の上着をかけてあげれば良かったんじゃないかな。

ま、まぁ、今更そんなこと思っても遅いし、別にいいか。


「………………」


身を寄せ合って、2人で空を見上げる。

彼女は不機嫌なのか一言も喋ってくれない。

それでも、彼女と過ごすこの時間がとても居心地良くてたまらない。



ずっとずっと、いつまでも……2人でこうしていたいと思った。






 

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