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Warm Place  作者: ころ太
本編
18/41

回想 -side Hiori-




毎日毎日、飽きずに繰り返される父と母の喧嘩が煩くて気持ちが悪い。


自分の耳に入ってくる罵倒や汚らわしい言葉が聞くに堪えず、強く耳を塞いだ。

それでも父の大きく荒げた声や母のヒステリックな声は聞こえてしまう。

喧嘩の原因はどうせ、父の不倫なのだろう。

お互いに仲は冷めているのだから、さっさと別れれば良いのに。

私という子供がいるから別れられないわけじゃない。ただ、『家』の体裁の為だ。

あの人達は私に対して愛情など少しも持っていない。

私も両親に対して愛情なんてこれっぽっちもないから、どうでも良かったけれど。


「ふぅ……」


早く眠ってしまいたいと思っても、課せられた勉強を終わらせなければ私に自由はない。

けれどあの両親の醜い喧嘩のせいで集中できず、勉強は思うようにはかどらない。


――倉坂家は、古くから続く由緒ある旧家だった。

その家の子である私は家の名に相応しい人間でなければならないので、自主学習や習い事を親に強制されていた。

両親の望むとおりにし、文句も言わず、ただ言われるままに私は生きている。

自分勝手な親のことも、言いなりに生きている自分のことも大嫌いだった。


「なんの為に、私は生きてるの……?」


すぐに、それは両親の為だと心が返事を返してくれる。

……酷く、生き苦しかった。



ガサッ



「……?」



外から何か音が聞こえた気がして、確かめるために窓を開けた。

草木の茂った庭を見渡してみるが、特に何も変わったところはなさそうだった。

風で木や草が揺れた音だったのかもしれない。


そう思い、私は窓を閉めようとして小さな違和感に気付く。

一本の大きな木から、青い色の布のような物が見えた。

何か服のようなものが風でどこからか飛ばされてきたのかもしれない。

普段ならどうでもいいと思うような些細なことだったが、何故か気になってしまう。

親や使用人に見つからないように念入りに周りを確認してから、窓に手をかけ身を乗り出し外へ飛び降りる。一階なので問題なく着地できた。

こんなのところを家の者に見つかってしまったら、一週間は説教を聞かされるだろう。


ゆっくりと布が見える木のところへ向かう。

そして木の後ろを覗き込むと、予想だにしていなかったモノがそこに在った。



「……………誰?」


そこには、私よりも少し年上のように見える少女が、木に身を預け気持ち良さそうに眠っていた。

部屋の窓から見えた布はどうやら彼女の服の一部のようだった。

この子は、どこからうちの敷地内に入ってきたのだろう。

うちの玄関は厳重なセキュリティに守られていて、顔見知り以外、容易に屋敷に入ることは出来ないはずだ。

父や母の知り合いには見えないし、私も見たことがない子だった。



「……んぅ?」


私の気配に気がついたのか、眠っていた少女は薄く目を開いて私を見た。


「誰ー?」


それはこっちが知りたい。


それよりも勝手にこの敷地に入ったとしたら、大問題だ。

家の者に見つからないうちに早く帰してあげたほうが良さそうだった。

玄関から帰すのは見つかる可能性が高いので、この子が来た道から帰して上げたほうがいい。


「どこから入ってきたの?」

「屋敷の裏にある森を探検してたら迷っちゃって、歩き疲れたし眠くなってきたからここで寝てたの」


ふあぁ、と大きく欠伸をして悪戯っ子のように曇りなく笑う。

……私にはその笑顔が眩しくて、思わず目を逸らしてしまった。


それより裏の森から屋敷に入れる穴があったのは知らなかった。

ここの庭は滅多に人が来ないし、知っている人も少ないのかもしれない。


「あれ、この家見たことある……うちの近くにあるでっかいお屋敷だぁ」

「貴女の家って近所なの?」

「うん、すぐ近くだよ。5分もかからないと思う」

「そう…」


近くに住んでいるのに、今までお互いを知らなかったのも不思議な話だ。

私は自由に外に出ることは出来ないから、仕方がないのかもしれないが。


「ね、ここの家の人?」

「そうだけど」

「んー学校で見たことないけど……」

「私は受験して違う私立の小学校に入ったから」

「へぇ、すごいねー!」


心から褒めてくれているのが解って、照れ臭い。

別に大したことじゃないけれど、褒めてくれるのが嬉しくて黙っていた。


「ね、名前はなんていうの?」

「倉坂……陽織」

「そっかー!綺麗な名前だね!…私は」


彼女が名前を言いかけたところで、私の部屋へ続く渡り廊下を使用人が通るのが見えた。

私が勉強をしているのかどうか確認するために来たのだろう。……鬱陶しい。


「ごめんなさい、家の人間に見つかったら怒られるから帰ったほうがいいかもしれない」

「そっかぁ。じゃあまた来るね!今度は色々お話して遊ぼう!!」

「え、ちょっとっ」





「私の名前は赤口椿!またね、陽織!」





私がもう来ないほうがいいという暇もなく、彼女は颯爽と森のほうへと駆けていった。

きっと運動は得意な方なのだろう、身のこなしや足が速くすぐに姿が見えなくなった。


「変な子…」


私はため息を吐いて、使用人が私の部屋に来る前に急いで戻る。

また…あの子は来るのだろうか。来てくれるのだろうか。

厄介な事になったと思っているのと同時に、期待している自分もいた。

馬鹿馬鹿しい。私は何を期待しているんだろう。

期待なんてするだけ無駄だということはもうずいぶん前から理解しているはずなのに。

これからも、私は変わらずあの両親の人形として言いなりの人生を歩んでいくんだ。

きっといつまでも…独りで。誰とも関わることなく。




――そう思っていたのに。



彼女は宣言どおり何度も私の元へと足を運んでくれた。

事情を話し、もう来るなと言っても彼女は来てくれた。

来るなと言っているのに、どうして来るのか尋ねた事がある。


「え、だって陽織と遊びたいから」


当然のことのように即答する彼女。


「他に友達いないの?」

「いるけど、陽織といっぱい遊びたいもん」

「………………」


私が俯いて何も言わないと、彼女は心配そうにこっちを覗き込んだ。


「あ、でも迷惑は掛けたくないんだ…って凄く迷惑してるよね、見つかったら大変なんだし勉強もあるのに」


「そんなのどうでもいい」


「ええっ!?」


「気分転換になるから、来たければ来ればいいわ」


「……っ!うん!」


嬉しそうに笑う椿の顔を見て、胸が熱くなる。

遊べて本当に嬉しいのは私の方なのだと言ってやりたいが、意地っ張りな自分は言葉に出さない。

来て欲しくなかったはずなのに、今は来て欲しいを願っている。

この腐った屋敷に彼女を入れたくはなかったけれど、でも、一緒に遊びたかった。

何もなかった私に、彼女は沢山のものを与えてくれた。

彼女が居てくれたからこの家にいても幸せを感じることが出来た。

珍しく自由に行動できる日は彼女の家に遊びにいったり、一緒に買い物に出かけることもした。

そして中学は一緒の学校に入ることが出来た。

……学年が違うからたったの一年しか一緒に通えなかったけれど、彼女と同じ学校に通えただけでも嬉しかった。




椿と出会えてから、毎日が楽しかった。




相変わらず両親は不仲で、喧嘩の声が聞こえると吐き気がするほど嫌だったが。

それ以上に私は、椿と一緒に居られる時間が幸せだった。





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