少女が最期に願ったこと
幼い頃に出会ったあの日から、ずっと一緒にいた女の子。
家が近所だったから、幼馴染と呼んでも良いのかもしれない。
私よりも年がふたつも下のはずなのに、彼女はいつだって偉そうだった。
おまけに才色兼備で、家は旧家でお金持ちというのだから、それこそ絵に描いたようなお嬢様で。
待ち合わせの時間を1分でも過ぎれば機嫌を損ねて私を罵り、私がテストで悪い点を取れば厳しい表情で何時間も説教をし、
何もない道で転べば精神的に人を殺せるのではないかと思うほど冷ややかな眼で見てくる。
普通ならば嫌われているのではと思ってしまう彼女の言動の数々に不安になったので、我慢できず聞いてみたら、無表情で『そんなことはない』と言ってくれた。
私は彼女と過ごす時間が楽しかったから、嫌われていないとわかって凄く嬉しかった。
彼女が本当のところ私の事をどう思っていたのか、今になってもよく解らないけど。
一番じゃなくても。何番でもよくて。特別じゃなくて、全然、よくて…
彼女が私の事を友達だと思ってくれているのなら、それでよかったんだ。
(あはは……)
私の作ったクッキーを食べて美味しいと呟いた彼女の無表情な顔が頭に浮かぶ。
本当に美味しいの?と聞けば二度も同じ事を言わせないでと怒られたっけ。
滅多に笑わず本心をなかなか口にしない、そんな女の子だった。
だから、幼馴染というのに彼女の詳しいことは何も知らない。
言いたくないのなら聞かないでいるほうが、彼女の為だろうと思ってずっと何も聞かなかった。
(私ってほんと馬鹿だったなぁ)
テストで悪い点を取るたびに彼女に怒られていたから、おかげで成績はよくなったけど
根本的な頭の部分はどうやら馬鹿のままだったらしい。
もう少し、自分が利口だったのなら、こんな結果にはならなかったのだろう。
これは、自業自得なのだ。
(しかたがない)
それでも自分なりにやれることはやったのだから、いい方なのかもしれない。
何もやらずに後悔するよりは、ずっといいに決まっている。
(でも、すっごく怒るだろうなぁ)
もう目も見えないし耳も聞こえないから、彼女の不機嫌そうな顔も見れないし、凛としたあの声も聞く事が出来ない。
そう思うと寂しくて辛かったけど、叱られるのは苦手だから前向きにラッキーと思っておく。
(あ、もう痛くないや)
視力も痛覚も無くなり、終には体を動かす力も無くなったので確認する事が出来ないけれど、私の身体からはきっと大量の血が零れていて瀕死の状態なんだろう。
きっともう、私は助からない。
(死んじゃうんだ)
そういえば死ぬときは笑いながら死にたいってふざけて言ったことがあったっけ。
それを聞いていたあの子は不機嫌そうな顔で何かを言いたそうにしていたけど。
(でも結局最後は笑ってる余裕なんてなかったから)
せめて一言、お父さんやお母さん、そして妹に何か言えたらよかった。
せめて一目、もう一度、みんなの顔を見たかった。
思い返せば色々な心残りが湧いてくるけど、こうなってはもう仕方がないから。
(私は、守れたのかな。彼女を)
もう自分は何も出来ないのが悔しいけれど、どうか、幸せになって欲しい。
たくさん、たくさん、幸せになって、笑って欲しい。
(…もう、そろそろか…なぁ)
意識が掠れて、何も考えられなくなってくる。
段々とこの世界から自分が消えていく。
最後に見た彼女の悲しみに染まっていた顔が頭の中でぼんやり再生される。
笑顔じゃなくてもいい。
どうせなら、もっと彼女らしい顔が良かった。
(……ごめんね…)
伝えられなかった言葉と共に、私はゆっくりと息をひきとった。