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捨てられた気象官は、今日も海を読む  作者:


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第七話 証拠を出す日

 「ハルト工務」はレイヴンの北の外れにある小さな工房だった。


 看板は古く、扉の塗装が剥げている。中から金属を叩く音がした。


 セイラが扉を開けると、四十代の男が振り返った。


「ハルトさんですか」


「そうだが」


「灯台の修理について聞きたいことがあります」


 男は手を止めた。


「灯台? うちは三年以上、灯台の仕事はしていないが」


「五年前と七年前も?」


「……何が聞きたい」


「修理記録に御社の名前があります。でも実際に修理をしたかどうか確認したくて」


 ハルトはしばらくセイラを見てから、「中に入れ」と言った。


 工房の奥に古い台帳があった。ハルトはそれを開き、五年前と七年前のページを探した。


「五年前の八月。ヴィンダール商会からの依頼。灯台修理。うちの記録では……依頼は受けたが、実際の作業はしていない。前払い金だけ受け取って、翌日にキャンセルされた」


「キャンセルの理由は」


「先方が自分で直したと言ってきた」


「七年前も同じですか」


 ハルトは七年前のページを開いた。


「同じだ。依頼、前払い、キャンセル」


「その記録、写させてもらえますか」


 ハルトはセイラを見た。


「あんた、これを何に使う」


「公聴会に持っていきます」


「公聴会?」


「難破事故の調査です。ヴィンダール子爵が関わっているかもしれない」


 ハルトは少し間を置いてから、台帳をセイラの前に押し出した。


「全部写していいぞ。あの男には、俺も言いたいことがある」


「何かあったんですか」


「うちの客を何社か、あの男に取られた。正当な競争じゃない方法でな」


 セイラは台帳を写し始めた。


 その夜、セイラは証拠を一覧にまとめた。


 カールの証言。灯台の修理記録。ハルト工務の台帳。難破事故の年表。気象データ。


 全部で六種類の証拠が、一つの方向を指している。


 翌朝、提督を訪ねた。軍艦はまだ港に停泊していた。


 提督の執務室に通され、セイラは一覧を机の上に並べた。提督は一つ一つを黙って読んだ。


 十分ほどかかった。


「完璧だ」と提督は言った。


「完璧ではありません。カールの証言だけでは覆される可能性があります。もう一人、証言者がほしい」


「誰を考えている」


「オットーです。気象台の記録が事故の年だけ欠けている。偶然ではないはずです。彼も何かを知っている」


 提督は少し考えてから立ち上がり、セイラに続いた。


 気象台に二人で向かった。


 オットーは二人が揃って来たのを見て、少し青ざめた。


「分かっている」とオットーは言った。セイラが何も言う前に。「何を聞きに来たか、分かっている」


「話してください」とセイラは言った。


 オットーは椅子に座り、両手を膝の上に置いた。


「わしにも借金があった。十二年前。ヴィンダール子爵が肩代わりした。その代わりに、指定された夜は記録を取るなと言われた。外に出るな、何も見るな、何も書くなと」


「記録が欠けているのはそのためですか」


「そうだ。わしは嵐を見ていた。灯台の光が消えるのも見た。でも記録しなかった。わしが記録しなければ、証拠が残らないから」


「三人が死んだ夜も」


 オットーの目が赤くなった。


「……見ていた。助けられなかった」


 沈黙があった。


「今からでも証言できるか」と提督が言った。


「できる。もうここには居られんと思っていた」


 提督はセイラを見た。セイラはうなずいた。


 証拠が揃った。


 公聴会は五日後に設定された。


 セイラは前日の夜、証拠の一覧を最後に見直した。数字は変わらない。事実は変わらない。


 でも一つだけ、気になることがあった。


 ヴィンダール子爵は、なぜ今も同じことを続けていたのか。十年以上、同じ手口で。捕まるリスクを取ってまで。


 答えはおそらく、捕まると思っていなかったからだ。


 魔力もない令嬢が記録を読んで気づくとは、誰も思わなかった。


 セイラはノートを閉じた。


 明日、数字を公の場に出す。


 感情は関係ない。数字に感情はない。


 ただ事実を、正しい場所に置くだけだ。

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