エピソード5 仕込みするシェフ
手稲の街に清々しい朝の光が差し込む頃。
僕はすでに厨房に立ち、昨日の夜(というよりほぼ朝方)に狩ってきた魔物の肉の仕込みに取り掛かっていた。
まな板の上に鎮座する凶悪な肉塊たちも、僕の手にかかればただの魅力的な食材だ。
まずはブラッティオーガスの肉。こいつは筋繊維が太く、入念に灰汁抜きをしてからでなければ特有のえぐみが出て使い物にならない。大きな鍋でじっくりと下茹でし、丁寧に灰汁を掬い取っていく。
続いてラットハウンド。小ぶりな狼のような姿をした魔物だ。肉質がしっかりしているので、骨付きのまま丸ごとローストして、ロティサリーチキンならぬ『ロティサリーラットハウンド』にしてもいいかもしれない。想像しただけで皮の焼ける香ばしい匂いが頭に浮かぶ。とりあえず、たっぷりのハーブと岩塩を揉み込んで、冷蔵庫で静かに寝かせておくことにした。
最後に、人食いピラニア。こいつはとにかく生臭いのが難点なので、たっぷりの生姜と一緒に甘辛い煮魚にするのが一番相性がいい。ただ、火を通すと肉質がやや硬めで淡白になりがちだから、タレに少しコクを足してやる工夫が必要だ。
うん、今日のお弁当も美味しくなりそうで楽しみだ。
仕込みの第一段階を終えて手を洗い、朝の冷たい水で顔を引き締める。
ガレージに回り、キッチンカー『白竜』に本日の食材と機材を積み込んで、ダンジョン前へ向かう営業の準備を進めていると――。
「おはよう。湊さん」
背後から、少し緊張の混じった明るい声がした。
振り返ると、実地試験用の探索者装備に身を包み、腰に双剣を提げた朱里が立っていた。
「おはよう。朝ごはんはできてるよ」
僕は用意しておいた特製の『魔素抜きサンドイッチ』と、温かいスープの入った紙袋を手渡した。
「本当にありがとう! 湊さんのご飯を食べると何だか力が湧いてくるのよ」
朱里は紙袋を大事そうに両手で受け取り、花が咲いたように笑った。
彼女はまだ気づいていない。僕の作るご飯が、文字通り彼女の魔力を補い、ダンジョンの毒素から精神を安定させる『ポーション』以上の役割を果たしていることに。
「それは良かった」
僕は微笑んで返した。
「じゃあ、行ってくるね」
「気をつけて。決して無理しちゃダメだからね」
心配性の兄のような僕の言葉に、彼女はくるりと背を向けて、ひらひらと手を振った。
「はーい、わかってまーす」
朝日に照らされながら坂道を下っていく朱里さんの背中を、僕はキッチンカーの傍らで静かに見送った。どうか今日一日、あのちぐはぐな双剣を抜くような危険な事態が起きませんようにと、心の中で祈りながら。
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