エピソード3 主従関係を嫌うシェフ
朱里が店を出ていき、引き戸がカラカラと鳴って静かに閉まる。
それを見届けてから、僕は壁の掛け時計に目をやった。
針は十四時を少し回ったところを指している。戦争のような昼のピークはとうに過ぎ去り、この時間帯になれば、もうお客さんはポツポツとしかやって来ない。西宮の沢の穏やかな午後の空気が、店内にゆっくりと流れ込んできていた。
ふと、カウンターの下から白い影がふわりと跳躍し、僕の目の前――誰もいなくなったレジ横のスペースに、音もなくちょこんと降り立った。
「行ったのか?」
ナッツが、今度は念話ではなく、店に誰もいないことをしっかりと確認した上で直接口を開いた。
よく見ると、その口元の白い毛に、見覚えのある焦げ茶色のデミグラスソースが僅かにこびりついている。
「行ったよ。て、ナッツさん、勝手にお弁当のつまみ食いするの辞めてもらえるかな」
僕が布巾でカウンターを拭きながらジト目で睨むと、ナッツは悪びれる様子も一切なく、前足でぺろりと器用に口元を拭った。
「我は猫だぞ、猫は主の弁当をつまみ食いするものではないのか」
「誰が主だよ、ナッツさんと僕がいつ主従関係になったわけ?」
呆れてため息をつく僕を、ナッツはサファイアのような青い瞳でじっと見上げてくる。
「違うのか」
きょとんとした顔を作っているが、中身がただの猫ではないことは僕が一番よく知っている。
「ナッツとはパートナーだよ」
僕がはっきりとそう言い切ると、ナッツは喉の奥でクルルと小さな音を鳴らし、長いしっぽをパタンと揺らした。
「そういうことにしておこう」
ナッツは満足げにヒゲを揺らし、カウンターの上で気持ちよさそうに丸くなった。
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