エピソード21 猫好き剣士と呆れるシェフ
……よりにもよって、すすきののど真ん中にダンジョン出現か。
市電のレールと地下鉄の駅が交差する大通りの中心に、空間がねじ曲がったような巨大な入り口がゆらめいている。
あの有名な『ヒゲのおじさんがウイスキーグラスを持つ看板』のすぐ目の前だと言えば、札幌の人間なら誰でも一発で場所を思い浮かべるだろう。
普段から人でごった返す場所だ。この異常事態にもかかわらず、遠巻きにスマホを向ける野次馬たちの数も尋常ではない。
「到着したよ」
僕は通話をつなぎ、カエデに報告を入れた。
『状況はどう?』
「……現場に居合わせた探索者たちと、魔物が交戦中だね」
周囲では警備隊が懸命に一般人の避難誘導に当たっている。そのおかげか、街の人たちに甚大な被害は出ていないようだ。
前線で戦っているのは、即席の寄せ集めにしては随分と連携が取れている探索者たち。相手は数体の『ウルフファング』と、その後方で不気味に宙に浮く、巨大な目玉のような法術士系の魔物が一体。
「じゃあ、僕も行ってくるよ」
『ええ、任せたわ』
「あ、カエデさん。……それと、さっき送っておいた『お肉』の成分解析、早めにお願いね」
『肉? ……ああ、あの異界の魔物(巨大な黒い鳥)のこと?』
「うん。肉は鮮度が命だからね。初めて見る食材だから、美味しく食べられるかどうか心配で……」
『いや、いま心配するところは他にいくらでもあんでしょ』
「あ」
『わかってくれてよかったわ』
「ちなみに明日のお弁当、カエデさんは何が食べたい?」
『はぁ……今は食の安全よりも、人の安全を最優先してもらえると助かるんだけど……』
電話の向こうから、カエデの深く呆れ果てたようなため息が聞こえてきた。
キィィィンッ!
鋭い金属音が、すすきの交差点に響き渡った。
遠目から目を凝らすと、数人で前衛を張る探索者グループの中に、剣を振るう若者がいた。
ウルフファングの鋭い爪撃を懸命に受け流し、次の一撃に備える無駄のない動き。実戦には慣れているようだが……いかんせん、探索者としてのランクがそれほど高くないのだろう。
決定打となる一撃(火力)に欠ける上、人間側の体力がすでに魔物の無尽蔵なスタミナに追いつかなくなり始めている。
(それに……厄介なのは前衛じゃないな)
『……あの目玉。前衛の狼どもに付与術を使っているな』
僕の視線の先を追い、ナッツが後方に浮かぶ巨大な目玉の魔物を鋭く睨みつけた。
「魔物のくせに、ずいぶんと知性的なサポートをしてくれるね」
『フン……問題ないだろう? お前がその付与ごと、丸ごと斬り捨てればいいだけの話だ』
「ナッツさんって、たまにすごく怖いこと言うよね」
『……実際にそれをやるのは、お前だろうが』
呆れたようにジト目を向けてくるナッツと、そんな軽口を叩き合っていると――不意に、戦線の均衡が崩れた。
「くっ……ぁぁあっ!」
前衛で粘っていた剣の探索者が、ウルフファングの異常な膂力に押され、大きく体勢を崩したのだ。
かろうじて凶暴な爪の斬撃を剣の腹で受け止めたものの、完全に力負けしている。目玉の魔物による『強化』が乗った狼の力に、人間の腕力が軋み、アスファルトの上へ無情にもひざまずかされていく。
……このままだと、防御ごと押し潰される。
「ナッツ」
『ああ』
僕とナッツが同時に地を蹴り、助けに入るべく一歩を踏み出そうとした――まさにその瞬間だった。
ヒュンッ……。
背後から、足音を立てずに『気配』だけが僕たちの横を通り過ぎた。
前方のウルフファングの一体目、二体目を流れるような太刀筋で牽制し、そのままの勢いで三体目の急所を正確に貫き、絶命させる。
突然現れた気配の主は、崩れかけていた探索者たちの前に躍り出て無双の剣技を披露したあと、無表情のまま、手に持った長剣を鋭く一振りして空に血を払った。
ほんの一瞬の出来事だった。
何が起きたのか全く理解できていない様子で、尻餅をついた前衛の探索者たちが、長身の若い剣士を呆然と見上げる。
「た、助かった……! 礼を言う!」
「…………」
しかし、剣士は表情一つ変えなかった。
無口で、何を考えているのか全く読めない底知れなさ。その横顔は、彼らの感謝の声など最初から耳に入っていないかのように冷たく、ただ前方だけを見据えている。
剣士は返事をする間もなく、後方に浮かぶ目玉の魔物を静かに睨み据えると、濃密な闘気を纏わせた刀身で一直線に斬りかかった。
(……朔!?)
その一切の無駄を省いた太刀筋と、特徴的な無表情……見間違えるはずもない。
目の前にいる見知った背中は、間違いなくあの『無自覚に気まずい空気を作る天才剣士』こと、風待朔だ。
だが、僕が声をかけるより早く――。
ガァァァンッ!!
目玉の魔物を両断するはずだった朔の鋭い剣撃は、突如として虚空に展開された光る術式の盾に激突し、甲高い音と共に無情にも弾き返されてしまった。
勢いを殺して着地した朔の視線が、僕の足元でピタリと止まる。
「…………あ、猫さん」
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