エピソード19 深夜の緊急SOS「お弁当を届けて」。A級ダンジョンの発生を、極上の食材チャンスだと喜んで出動する【深夜に仕入れをするシェフ】
……クラッシュ・ボアのロース肉が三十キロと、コカトリスの卵が数十個ほど。それに、マイコニドのスライスが十キロ……あとは……。
僕はぼんやりと亜空間収納の中にある食材を眺めながら、明日の弁当の仕込みについて考えていた。
在庫の食材はそれほど多くはない。先日狩ったスパイダーウルフの肉が百キロほど残っているが、その他には……。
「ナッツさん、マグロのステーキはどう?」
魚のヒレ肉に夢中でかぶりつく白い猫を見ながら、僕は笑いかけた。
『美味いぞ……このマグロというヤツは絶品だ。もっとくれ』
「あ、ごめん。実はそれマグロじゃなくて、この間ダンジョンで獲ってきたクリスタル・サーモンの肉なんだ」
『どっちだっていい。美味いものに変わりはない』
「あはは、いつも美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるよ」
夕食をすませた後、僕はこうして食材の在庫を調べていた。
亜空間収納は、時間が停止する巨大な長期保存用冷蔵庫のようなものだ。ただ、便利な半面、中に入っているアイテムの在庫残量までは自動で教えてくれない。だからこうして、定期的に食材の点検をするのも僕の毎日の日課になっていた。
「そろそろダンジョンへ仕入れに行ってこない……とね」
『行くのか』
「今日は行かないよ。もう遅いしね」
僕が夕飯の後片付けをしていると、ナッツがてこてこと足元へやってくる。
『ミナト……始原のダンジョンのこと、気にならないか?』
念話ではなく、魔力を声に変換させた音のある言葉で、ナッツが静かに問いかけてきた。
「さぁ、ね。……僕は今、この生活が好きだよ」
……気にならないわけではない。
(でも……)
『私も、今のこの生活が気に入っているぞ』
僕の心を見透かしたように、ナッツも同じ気持ちを伝えてくれる。
「だったら、それだけで十分だよ。今はね」
シャー、とスポンジを滑らせ、カチッ、とお皿を重ね、キュッ、と蛇口をひねる。
静かな日常の、ごくありふれた音の響きが心地良い。のんきに食器を片付けて、明日に不安を抱くことのない穏やかな時間……。
カエデが言っていたように、僕たちの目の届かない世界では、色々な組織や思惑が複雑に絡み合いながら動いているのだろう。
カエデが求めている魔素の探求や世界の真実も、彼女にしか見えていない領域の戦いなのかもしれない。だから僕は、彼女の背中を素直に応援したいと思っている。
たとえそれが、触れることの許されない『開かれざる箱』だったとしても……。
――ビビビッ、ビビビッ……。
静寂なキッチンに、無機質な電子音が低く響き渡った。
振り返ると、後ろのダイニングテーブルに置かれたスマートフォンが震え、画面を白く発光させている。
こんな夜更けに連絡をしてくる相手は、一人しかいない。
「……はい、ミナトです」
電話を取ると、カエデの切迫した声が飛び込んできた。
『夜遅くにすまないわね』
「どうかしたの?」
『ミナト。急で悪いんだけど……明日、研究所まで【お弁当】を届けてもらえないかしら?』
……何かがあった。
即応探索者である僕に対する、カエデからの『弁当の注文』。それはすなわち、ダンジョンの調査と『食材(魔物)の調達依頼』を意味する。
「……弁当?」
『ええ。先ほど、すすきの付近にランダムダンジョンが突発的に出現したわ。内部の規模は未知数だけど……入口の大きさから推測される危険度は、A級相当よ』
通話を終えると、僕は急いで出動の準備を始めた。
カエデからの電話は事実上、ダンジョンの早期閉鎖と、内部にうごめく魔物の討伐依頼だ。
「ナッツさん! すぐに出発するよ」
『わかった』
ちょうど、そろそろ新鮮な食材がほしいと考えていたところだった。
出現したのがランダムダンジョンというのは想定外の誤算だが、未踏破のA級領域なら、極上の良い食材に出会えることは間違いないだろう。
ただ一つ気がかりなのは、今現在、現地にARCANAの討伐隊が十分に到着していないことだ。
週末の夜のすすきの。多くの人でごった返す札幌最大の繁華街で、もしA級相当の魔物たちが地上に解き放たれでもしたら、目も当てられない大惨事になる。
「行くよ」
僕は上着を羽織ると、ナッツと共に愛車のキッチンカー『ハクリュウ』に乗り込み、深夜の雨の街――すすきののダンジョンへ向けてアクセルを踏み込んだ。
もし本作を読んで「ちょっとお腹が空いたな」「湊の料理を食べてみたいな」と思っていただけましたら、
画面下の【★★★】を押して応援していただけると、作者のモチベーションという名のスパイスになります!
ブックマーク登録も、ぜひよろしくお願いいたします!




