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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
【二食目】「はくりゅうデリバリー、本日のメニューはオーク肉のエスカロップ弁当です」

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エピソード16 置いてけぼりのシェフ

 ……風待(かぜまち) (さく)


 今、僕の目の前にいる探索者の名前だ。


 年の頃は20歳前後、まだ若い。スラリとした体格に長い足、ほどよく筋肉のついた体つき。それにこの整った顔立ちとなれば、申し分ないくらい人気のアイドルだと言っても通用するだろう。


 しかし、何を言われても無反応で、虚ろな目をしている彼を前にしては、イケメンだなんて言ったことを後悔してしまうほど空気が重い。


「お前なぁ、前から言ってるだろ? 自分の体は自分で守れってよ」

「どういうこと?」

 思わず、僕は口を挟んだ。別に深い意図はない。早いところキッチンカーに戻りたいというのが本音ではあるが……この気まずい沈黙に耐えられなくなったのをごまかしたかっただけだ。僕の問いに、半田さんが呆れたような表情で答えた。


「突っ走るんだよ。魔物を見りゃあ、考えもせずに群れの中に飛び込む……。ま、剣士としての腕は良いから、肝心の魔物を退治することはできるんだがな……」

 みなまで言わず、半田さんは相変わらず無反応な朔に深く嘆息した。


 ……人に興味はないのか? それとも、戦うことしか見えていないのか……。


(なるほど、それでか……)

 探索者といっても、ダンジョンに関わる役割は六つに分類されている。

 言わずと知れた冒険者(ハンター)は、半田のようにダンジョン内部を深く探索して調査する者たち。神城が率いる討伐隊は、ダンジョン内で活性化した魔物たちが外に溢れ出すのを阻止し、制圧する役目だ。そこに、索敵者、採集部隊、発掘調査隊、救護班が加わり、六つの連携で組織が構成されている。


 半田の話によると、彼は無口な上、向こう見ずに魔物の群れへ突っ走る性格をしているらしい。そんな危なっかしいヤツを探索に連れていけば、間違いなく統制が乱れる。


 こと、冒険者(ハンター)の目的はダンジョンの深層部へと進むことであり、途中で大ケガをしたら先に進めなくなる。連携の取れない猪突猛進する剣士など、深い階層ではただのお荷物にしかならないのだ。


 その点、討伐隊は『魔物を討伐すること』そのものが目的だ。多少無理をして傷ついても、討伐さえ完了すれば戻ってこられる。だから配属先を変えられた、というわけか……。



「なぁ……あんた、弁当屋か……?」

 ポツリ。

 突然、無口なイケメン――朔からの声が響き、僕は動揺した。


(あ。しゃべれるんだ……この人)


「…………」

「あぁ、はくりゅうデリバリーだよ」

「……………」

「広場のキッチンカーで弁当を売ってるから、気になったら食べに来てね」

 それだけ言い残して、僕は配達を理由にそそくさとその場を後にした。


……………………………はずだったが。


 手稲金山ダンジョン前の広場は、それ自体がひとつの小さな街として機能している。

 郊外にある大きな公園ほどの敷地があり、探索者を支援するための巨大なコミュニティが形成されている。

 討伐隊や救護班の詰所はもちろんのこと、日用品や食料品を扱う店、武具屋、さらにはダンジョンで得た素材の換金査定所まで立ち並んでいるのだ。端から端まで歩くだけでも一苦労で、あちこちの施設へ弁当を運ぶ配達業務には、どうしても時間がかかってしまう。


配達の途中、歩きながら一息ついていると、不意に脳内に声が響いた。


『ミナト……聞こえるか?』

店番をしているナッツからの念話だ。いつもより不安と焦りが入り混じった声をしている。

「どうしたの? お客さんには、今戻るからって伝えて……」

『そうではない』

僕が言い終わる前に、ナッツが食い気味に遮った。

「戻ったら、ナッツさんの好きなまぐろステーキ作るからさ」

『それは楽しみだが……! いや、それよりも、私は今、自分がどういう状況に置かれているのかわからんでいるのだ!』

「どういうって……?」


急いで配達を終え、キッチンカーに戻ると……簡易テーブルの前のパイプ椅子に、見知った男が一人座っていた。

「あ、朔。来てたんだね」

「…………………」

 ちらり……と、僕はテーブルの方を見やり、見なかったことにしてそのまま通り過ぎようとした。


『おいっ! これはどういうことなのだっ!』

 脳内にナッツの悲鳴が響く。無理もない。

(仕事……なんじゃないのかな? 看板猫としての)

『気がついたら、私はこの得体の知れない男の膝に乗せられ、頭を撫でられ、モフモフされている状況なのだ! 全く意味がわからん!』


 困惑しきったナッツをよそに、朔がゆっくりと口を開いた。

「あ……」

「食べたいお弁当は決まった?」

 僕が尋ねると、朔は感情の読めない暗い瞳を少しだけ動かし、ポツリとこぼした。

「……猫、いいな」

『まさか、こやつは私を食べるつもりじゃあるまいなっ!?』

大慌てになるナッツ。

(そんなわけないでしょうが……)


『うーむ………』

朔の撫でる手が思いのほか心地よいのか、逃げ出すわけでもなく怪訝な顔で丸まっているナッツ。

「ナッツさん、ていうんだ。僕の相棒だよ。朔は……猫は好きかい?」

「…………………」

またしても沈黙。

(うわっ……僕、またまずいこと聞いちゃったかな)

ハラハラしながら待っていると、しばらくして朔が静かに口を開く。


「……朔。名前で呼ぶ人……少ないから」

「そ、そう……? もしも、馴れ馴れしく名前で呼ばれるのが嫌なら……」

「問題ない」

……はやっ!(食い気味に否定された!?)

表情は一切変わらないが、どうやら「朔」と呼ばれること自体は嫌ではないらしい。


そのあとは、どのお弁当にするか聞いても朔からのはっきりとした反応はなく、結局僕が選んだ「今日のおすすめ弁当」を二つ買っていくことになった。

椅子から立ち上がった朔は、膝の上の白猫をそっと抱き上げたまま言った。


「また、来てもいいか?」

「いいよ。いつでもお弁当を買いに……」

僕が言い終えるより早く、気のせいか、朔の口元がわずかに緩んで笑ったように見えた。

「ナッツさん……」


……あ、そっち(猫)目当てか。


朔は名残惜しそうに白猫をカウンターへ乗せ、そのまま弁当の袋を提げて帰っていった。午後からの討伐隊の仕事に向かうのだろうか……。


(好かれたね)

『……ほっとけ…………』

キッチンカーのカウンターの上で、ナッツはふてくされたように丸くなり、寝たふりを決め込んだ。

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