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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
【一食目】「はくりゅうデリバリー、本日のメニューはラットハウンドのから揚げ弁当です」

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エピソード14 命を繋ぐシェフ(一食目・完)

 ……結果的に、朱里さんと半田さんは助かった。



 何があったのか……




 それは二人にしか分からない。ダンレコに残されたノイズまみれの映像が全てであり、他に手がかりはない。


(まったく、運が良いのか……悪いのか……)


「おぉ、湊か…それに」

 言いかけてから、外で待機していた団長が慌てて駆け寄ってくる。

「半田ハンター、それに新人っ」

 三十階層から、気を失った二人を両肩に担ぎ上げてダンジョンを戻ってきた僕を見て、団長は血相を変えた。無理もない。下層で何が起きたかを知らない彼らからすれば、死地からの生還劇に見えるだろう。


「あ、大丈夫。今は眠っているだけだから」

 解析スキルで診てみても、二人の容体は安定している。念のため、救護班の手当てをお願いしたほうが良い。駆けつけた救護班たちに二人を預けていると、深刻な顔の団長が、蒼白している団員たちと共に口を開いた。


「……スパイダーウルフどもか」

「うーん……ま、そんなところかな」

 僕が曖昧に返した時だった。

「スパイダーウルフに向けて討伐隊! 参上した」

「うむ」

 団長は僕をちらりと見やりながら、重装備で到着したばかりの討伐隊へと視線を向ける。

「今回は大事に至らなかった」

「え? 大事に……? という、と」

 到着したばかりの討伐隊に団長は、僕のほうに首をくいと向けて告げる。

「あ、いやー……あの、お久しぶり。神城さん」

 第五討伐隊の隊長、神城星斗。真面目で優秀な騎士団の風格がある男だ。


「湊。お前の仕業か……」

 神城は、呆れと諦めが混ざったような顔で深々とため息をつく。

「お前のことだ、スパイダーウルフの討伐は終了したんだな」

「もちろん、食材ならきちんと確保してきたからカニ祭りも十分に行えるよ」

 僕の冗談にも付き合いきれないとばかりに、真面目な神城さんはそのままさらりと受け流して、

「わかった」

 とだけ答えた。

 ダンジョンから出ると、外は非常事態のサイレンが鳴り響き、大騒動になっていた。今しがた討伐隊が到着したばかりのところに「もう全部さばき終わった……もとい、狩り終わった」と告げるのは少々忍びないが、神城が出てきた以上は素直に言わないわけにもいかない。


「何があったのか聞かせてくれないか」

 そして、団長からの事情聴取が始まった。

 ちなみに、三十階層で起きた異常事態の全部をダンジョン関係者には話さないつもりだ。ダンレコに保存されたスマートフォンも、すでにこちらで回収済み。これも、始原のダンジョンから帰還した者の役割だろう。と、思う。


(後で、半田さんと朱里さんにはそれとなく理由をつけて返さないとね)


 ダンジョンの外に設置された救護舎。もとは、手稲が金山で栄えていた頃に使われていた鉱山施設を改築した場所だ。

 念のため、半田と朱里は救護班の手当てを受けて、清潔なシーツの上で寝ている。朱里のかたわらに、いつの間にか姿を消していたナッツも彼女に寄り添い、一緒に寝ているように見える。


(時期に目を覚ますだろうけど……)


 僕は二人が目を覚ますまでの間、持ち込んだ簡易コンロに小さめな寸胴を火にかけて、温かなスープを作っていた。

 コトコトと小気味よい音を立てて、温かな湯気がふわりと立ちのぼる。 食材をじっくりと煮込んだ、奥深い旨味が溶け出す出汁だしの優しい香りが、静かな救護舎いっぱいに広がったころに……。


「お待たせ、ハクリュウ弁当です」

「湊さん……?」

 最初に目を覚ましたのは朱里だった。スープの鍋を木べらで一回しした後で、僕は静かに声をかける。



「目は覚めた? もう大丈夫だから」

「ここは? 私……ダンジョンにいて……」


 混乱する朱里の目から溢れ出す涙は、死の恐怖と、生きている不安と、僕の顔を見た安堵が混ざったような表情をしている。

「はい。お弁当」

「え?」

 絶望から目覚めた直後に、拍子抜けするほどあっさりと渡されたホカホカの弁当箱。朱里は戸惑う。


「キミがダンジョンにいるとき、お弁当のデリバリーしたでしょ?」


「私……最後に、湊さんのお弁当が食べたいと思って……それで」

「探索者が最後なんていっちゃだめだよ」

「え……?」

「生きる。それが探索者でなければならない」

 死ぬ覚悟でダンジョンにいく探索者はいるけど、僕は違うと思っている。

「生きて、たくさん美味しいものを食べて、幸せになって、平和に過ごすこと、それが探索者の役割だと思うよ」


「は、はい!」

 朱里はこぼれる涙を手の甲でしっかりと拭い、力強く返事をした。

 もしも……あのまま、朱里さんと半田さんが次元間スリップに巻き込まれていなかったとしたら、スパイダーウルフの大群から身を守る術はなかっただろう。

 運よくか……運悪くか……三十階層に飛ばされたことで身を守れた。

 だから……探索者として、生きる素質を朱里さんには確実にあるだろう。


 ――ぐうぅ〜。

 ふいに、朱里のお腹から、緊張が解けたのか、素直で可愛らしい音が鳴った。



「今日はラットハウンドのから揚げ弁当だよ」  朱里さんがパカッと蓋を開けた瞬間。 醤油と生姜の香りが、ふわりと弾けた。

 暴力的なまでの食欲を刺激するその匂いに、彼女の表情へパッと笑顔が戻る。それを見た僕は(ふぅ……)と安堵する。この笑顔のために僕は弁当を作っていると実感する。


「うわっ」

 唐揚げを一口かじった瞬間、朱里さんの顔に驚きが生まれる。サクッ、と小気味いい音が救護舎に響いた。

「カリカリでふわふわ」

(うんうん。そうだろう……この唐揚げは、たっぷりと二時間ほど特製ダレに漬け込んだ北海道風唐揚げ、ハクリュウ特製ザンギだからね)

 二回に分けて油に通すことで、外はカリカリで、中は肉汁が弾けるほどジューシーな唐揚げができる。

「味も絶妙で美味しい」

(隠し味は衣に卵を混ぜてるところ……こうすることで、肉の旨味を完全に閉じ込めて衣と一体化させることができるんだ)

 でも、そんな細かいレシピはどうだっていい。食べる人と作る人、どちらも満足していれば良い。僕は、朱里さんが夢中で美味しく食べてくれるのを見ているだけで、最高に幸せな気持ちになれる。

「ポテトサラダも、うまっ! 何これ」

「なにって……自家製ベーコンを燻製にした普通のポテトサラダだよ」


と。


「俺はここの弁当のきんぴらが好きなんだよ」

 ……不意に横から響いたこの声は、気がついたら目を覚ましていた半田さんだった。

「半田さん、身体の方は大丈夫?」

「あぁ、問題ない。誰かさんが、ここまでかついできてくれたおかげよ」

「はぁ……起きていたなら、自分で歩いてよ」

「無茶言うなって、俺だって、あの……何だ? 何かわからないが、戦ってズタボロだったんだよ」

「お疲れさま」

「それよりも、俺の弁当はないか?」

「え? 半田さんからのデリバリーは頼まれていないよ」

「そんなこというなよ……」

「冗談だよ」

「そうだ。二人とも、カニは好き?」

『カニ?』

 突拍子もない僕の質問に、二人はぽかんとして顔を見合わせる。


「今日は特別にスパイダーウルフが手に入ったから、蟹鍋も用意しておいたよ」

「うわっ、美味しそう……ん? でも、スパイダーウルフって、実際に見たことないけど、巨大な蜘蛛なんだよね」

 一瞬、朱里の表情がくもる。

「ま、食べてみてよ、美味しいからさ」

「うん! 見た目は巨大なカニの足だが、美味いな、コイツ」

 A級探索者ですら恐れる魔物の足を頬張り、半田さんも大満足のようだ。

「たくさん食べても大丈夫だからね」

 と、僕は亜空間収納ストレージを展開し、極低温で冷凍された大量のスパイダーウルフの山をガラガラと無造作に取り出して見せた。

「湊。何か、すまん。俺が引き受けるはずだったスパイダーウルフ討伐をさせてしまって……」

「良いよ。僕は美味しい食材をダンジョンに探しに行っているだけだから」


 そして……しばらく、絶品のダシが香るカニ祭りが続いた。

 あのあと、二人が目を覚ましたと報告したところ、安堵した団長と団員たちがどやどやとやってきて、夜遅くまで救護舎でのカニ祭りは続いたのだった。


――ピンッ……。


 外から賑やかな声が聞こえる中、エプロンのポケットでスマートフォンが短く震えた。

 取り出して暗い画面をタップすると、冷たい光がふわりと顔を照らす。液晶画面にポン、ポンッと、カエデさんからのメッセージの吹き出しが連続で浮かび上がった。


『今いいか? ミナト』

『ミナトが狩ってきたカニに純魔素(クリア・ストーム)が微量だが検出されたよ、今からきてもらえるかな? それと悪いんだけど、ダンレコの映像は解析中だ』


【次回予告:新章『二食目』スタート!】


ここまで「一食目」をお読みいただきありがとうございます!

次回より、いよいよ新章へ突入します。

カエデからの不穏な知らせと、三十階層の異常事態。

そんな中、次なる『ハクリュウ弁当』のお客さんは……討伐隊!?


 新たに登場するのは、無口で何を考えているかわからない、だけど実は「猫好き」なイケメン剣士。

 しかし彼の瞳は、なぜか「生きることを諦めた」ような冷たい色をしていて――。

  絶望を抱えた剣士の心を、湊の作るお弁当はどう解きほぐしていくのか。

 美味しいご飯が生きる希望を繋ぐ、注目の「二食目」が開幕します!

 もし本作を読んで「ちょっとお腹が空いたな」「湊の料理を食べてみたいな」と思っていただけましたら、

 画面下の【★★★】を押して応援していただけると、作者のモチベーションという名のスパイスになります!


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