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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
【一食目】「はくりゅうデリバリー、本日のメニューはラットハウンドのから揚げ弁当です」

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エピソード13 記録を見るシェフ

「ナッツ、待たせたね」


 スパイダーウルフの群れを処理し終えた僕は、三十階層へと足を踏み入れた。

 人工的に作られたなめらかな白い空間と、静かに流れ落ちる真っ赤な滝――『紅蓮の滝』。その泉の傍らに、小さな毛玉のナッツと、倒れている二人の探索者の姿があった。


「遅いぞ、ミナト。カニ祭りは終わったのか」

「うん、バッチリ大漁だったよ。二人の様子は?」

「命に別状はない。だが、二人ともひどく魔素にあてられているし、この娘の双剣は無残に折られている。次元間スリップが起きたとはいえ、ここで一体何があったのか……ん?」

「……これ」


 気絶している朱里さんの足元に、液晶がひび割れたスマートフォンが落ちているのが見えた。

 拾い上げて画面を見ると、真っ赤な警告枠と共に一つの動画ファイルが表示されている。

 協会が探索者に義務付けているアプリ、緊急時異常魔素記録システム『E.M.Rエマージェンシー・マソ・レコーダー』。探索者たちの間では通称【ダンレコ】と呼ばれている機能だ。

 所持者のランク規定値を遥かに超える『致死レベルの魔素』を感知した時のみ、自動で周囲の録画を開始する、いわば探索者のブラックボックス(緊急記録アプリ)である。


「……再生してみるよ」

「あぁ」


 僕が再生ボタンを押すと、酷いノイズと共に映像が流れ始めた。


 ――ザザッ……ジジ…ジィ゙…ジ………ジ……。


『なに!? アレ……?』

 最初は映像がブレていて見えず、切迫した朱里さんの声だけが響く。

『いいか瀬野! ジャイアントラットに気をつけろ!』

 半田さんの怒声。どうやら三階層で交戦中の録画らしい。

『キシャアァッ!』

 魔物の雄叫び。

『え? あ…はいっ! でも……違うんです、半田さん……っ』

『何だっ、何があった!』

 その瞬間、ダンレコの計器表示に『計測不能』を意味する異常な数値の波が映し出される。直後、計り知れない膨大な魔素の干渉によって、映像が一度プツンと途切れた。


 ――ガガ……ジ、ジジ、ガ…ザザ……。


 数秒のブラックアウトを経て、再び映像が映し出される。床に投げ出されたままのスマホのカメラが、よろよろと立ち上がる朱里さんの姿を捉えていた。

『まずいな。立てるか? 瀬野……』

『…………………』

 事態が呑み込めていないのか、朱里さんは蒼白な顔で黙り込んでいる。

『次元間スリップか。こんな時に……』

『は、は、半田さん……!?』

 画面の奥、半田さんの背後に『巨大な影』が映り込んだ。

『ん?』

 振り返りざま、ベテランの半田さんが咄嗟に剣を構える。だが、場数を踏んでいるはずの彼の剣先が、微かに震えているのが映像越しにもわかった。


『ちっ! ネームド(固有種)か!? 逃げろ、瀬野っ!』

『逃げろって、どこに!』

『こいつは今の俺たちじゃ勝てる相手じゃねえ!』

『そ……そんなこと、できないっ』

『バカ野郎! 戦う気か? 死ぬぞ、お前……!』

 朱里さんが震える手で双剣を引き抜く。半田さんを置いて逃げられないという、彼女なりの恐怖に打ち勝つための必死の覚悟だった。


 ――ウォオオオオオオオオオッ!


『な、なに? 今度は……!?』

『バカな……ここは、どこなんだ……ん? 紅蓮の滝だと……?』

 二人の背後、つまり下の階層から、おびただしい数の魔物の足音と地鳴りが迫ってくる音が録音されていた。


 ――ザザ……ギ、ギギ……ジジジ……。


 激しい乱戦のせいで、映像は途切れ途切れに飛ぶ。

 そこには、A級の実力者である半田さんでさえ、全く手も足も出ない絶望的な蹂躙が記録されていた。


『いいか、お前はここで隠れてろ!』

『半田さん、あれは何なんです!?』

『わからない。三十階層の魔物ならわかるが、あのデカブツに関しては情報がねぇ! ……救援だ。協会に救援要請を出せ!』

『でも……!』

『あぁ。それまで俺たちが持つか……だな』

 生存の可能性が極めて低いことを、半田さん自身が一番理解している顔だった。


 ――ゼゼ…ロ、…キギ……ジジ……。


 映像が飛ぶ。

 画面の中央には、二足歩行をする獣――獣人の剣士か、あるいは魔道士のような出で立ちの巨大な魔物が映し出されていた。

『半田さんっ!』

『よせ! お前の敵う相手じゃない!』

 身の丈を優に超えるその異形の獣に向けて、朱里さんが泣き叫びながら双剣を振りかざす。

『くっ…きゃっ!!!!!』

 ――パキンッ! カラン……。

 圧倒的な力の差。手も足も出ず、彼女の双剣が無残にへし折られる乾いた音が響いた。


 ――ゾゾ……ジジ……。


 スマホのレンズが割れたのか、映像はもうひどく歪んでいる。

 倒れ伏した朱里さんの顔が、画面のすぐ近くにあった。酷く疲弊し、涙で顔を濡らしている。彼女は壊れかけたスマホ(ダンレコ)のレンズを見つめ、誰かに伝言を残すように震える唇を動かした。


『湊さん……ごめんなさい。私、もう……お弁当、食べられないと思う……』

(朱里さん……)

『怖い……ここで、私はもう……っ』


 瞬間、太い獣の腕が画面に伸びてきて、朱里さんの細い首を乱暴に掴み上げた。

『きゃっ!?』

 宙に吊り上げられ、朦朧とする意識の中で、朱里さんは血を流して倒れている半田さんを見て絶望の声を漏らす。

『は、は……半田さん……うぐっ……』

『⇔‰†⇒♀ʼn―‡』

 獣の口から、人間には到底理解できない言語の、耳障りなノイズのような音声が発せられた。

『う、うそ……半田さんっ。私、生きたい……死にたくない……っ!』


 朱里さんが涙を流して叫んだ、その直後だった。


 ――ボワンッ!!


 何もない空間から、突如として巨大な『炎』が燃え上がった。

『⇔‰†⇒♀ʼn―‡!? ギギッ!』

 突然出現した炎に驚いたのか、獣は悲鳴のような声を上げて朱里さんの首から手を離した。地面に落ちた朱里さんがそのまま意識を失い――そこで、映像は完全に途切れた。


 静寂が戻った三十階層。

 僕は熱を持ったスマートフォンをそっとポケットにしまい、傍らで険しい顔をしているナッツを見た。


「……とんでもない上位種がいたようだな。それに、最後の炎はなんだ?」

「さあね。でも、理由はどうあれ二人が生きててよかったよ」

「のんきなことを言うな。そのバケモノがまだ近くに潜んでいるかもしれないんだぞ」

「わかってる」


 僕は、傷ついて気絶している二人を静かに見下ろした。

「……『もう食べられない』なんて言われたら、配達員デリバリーとしては困っちゃうな」

 でも、朱里さんはよく頑張ったと思う……

(あんな絶望的な状況でも、うちのお弁当を思い出してくれたんだ。料理人として、意地でも食べさせてあげないと……ね)

 

 幸い二人の怪我はそれほどひどくない……弁当で食べたら回復できるレベルだろう。

「まずは二人を起こさないとね。せっかくのお弁当が冷めちゃうからさ」

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