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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
【一食目】「はくりゅうデリバリー、本日のメニューはラットハウンドのから揚げ弁当です」

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エピソード12 カニをさばくシェフ

 ――ドゴォォオオーッ!


 巨大な地鳴りと共に、おびただしい数の足音がすぐそこまで迫ってきていた。


『カニ』たちの襲来だ。


 もちろん、そいつらには『スパイダーウルフ』という正式な厄介な名前がある。見た目はヤシガニなどの甲殻類にそっくりだが、その体長は中型の冷蔵庫ほどもある。蜘蛛のように強靭な糸を吐き、狼のように群れを成して狩りをする習性からその名が付けられた魔物だ。


 要するに、冷蔵庫サイズの巨大なカニが大挙して押し寄せてきている、といった地獄のような光景である。


「さてと」


 僕は迫り来る甲殻類の大群を前に、手にしたいつもの市販品(愛用ナイフ)をちらりと見やった。

 いくらなんでも、このただの調理用ナイフで、鋼のように分厚い甲殻を持つ魔物の群れに正面から太刀打ちするのは無謀だ。すぐに刃こぼれして使い物にならなくなる。


付与能力(エンチャント)――『硬化付与(ハードン)』」


 指先に魔力を込め、ナイフの刀身にスーッと注ぎ込む。

 付与能力(エンチャント)とは、対象に特定の性質を上乗せする魔法の一種だ。


 通常、探索者たちはこの魔法を自身の『肉体』にかけて身体能力を底上げするのだが、僕は違う。

 魔法を肉体ではなく『対物質(道具)』に直接付与することで、その精度と効果を極限まで高める。


「『耐久強化(デュラビリティ)』。さらに、『鋭利化(シャープネス)』」


 分厚い甲羅に弾かれないための絶対的な硬度。何十匹さばいても刃がこぼれない異常な耐久性。そして、触れたものを細胞レベルで切断する究極の切れ味。

 三つの魔法を重ね掛けされた市販のナイフが、微かに青白い魔力の光を帯びる。


「さあ、カニ祭りの開始だ」


 先陣を切って飛び出してきた一匹目のスパイダーウルフが、巨大なハサミのような爪を振り下ろしてくる。

 僕はそれを最小限の動きで躱すと、すれ違いざまにナイフを振るい、ヤツの太い脚の関節をピンポイントで薙ぎ払った。

「ギチィッ!?」

 硬い甲殻など存在しないかのように、脚が音もなく切断される。

 バランスを崩した一匹目を踏み台にして、僕は二匹目の硬い背中へと軽やかに飛び乗った。そのまま空中で素早く身体を捻り、襲い掛かってくる無数の斬撃をナイフで弾き落としながら、装甲の隙間へ的確に刃を滑り込ませていく。


 ――スパッ、シュパッ。


 付与能力によって限界突破したナイフの軌道は、巨大な魔物をまるでまな板の上の魚をさばくように、いとも容易く三枚におろしていく。

 無駄な殺気すらない、ただ純粋な『調理』の動き。魔物たちは自分が斬られたことすら理解できないまま、次々とその場に崩れ落ちていった。


「……おっと!」


 乱戦の最中、数匹のスパイダーウルフが僕の横をすり抜け、上の階層――つまり地上へ向かう通路へと駆け出そうとするのに気づいた。

 この群れを、絶対にダンジョンの外へ出すわけにはいかない。


「『流砂(サンドピット)』」


 僕は振り返ることなく、すかさず別の能力(スキル)を発動させた。

 逃げようとしたスパイダーウルフたちの足元の岩盤が、一瞬にして底なしの細かい砂へと変わる。

 ズブズブと砂の沼に脚を取られ、魔物たちは完全に身動きが取れなくなった。

 直接斬り刻む魔法を使わなかったのは、手加減したわけじゃない。

(ふぅ……間に合った。これなら、食材に傷をつけずに捕獲できるからね)


 砂に溺れてもがく魔物たちを一瞥し、僕は小さく首を傾げた。

(まだまだ数はいるね……でも、おかしいな)

 魔物たちは糸を吐こうとしない。群でいるがゆえにそうしているのだろうが……

 スパイダーウルフは群れで動く魔物だが、それにしても、今回の動きは妙に統制が取れすぎている。仲間を思いやるほど理性的な奴らでもない。

 おそらく、この群れに指示を出している『上位の魔物(リーダー)』が存在する可能性が高い。

(だとしても……うーん、パッと見はどれも同じ姿にしか見えないな。ま、一網打尽にすれば何の問題もないか)


 ひたすらに続く、巨大な甲殻類の解体作業。

無心でナイフを振るい続け、足元に積まれたカニの山が小高い丘になりかけていた頃ーー


 僕が五十匹ほどを綺麗にさばき終えたところで、残りのスパイダーウルフたちは何かの命令を受信したかのようにピタリと動きを止め、階層の奥深くへと撤退していった。


「食材ももう十分手に入ったし……彼らが地上に出ないなら、無理に追う必要はないね」

 蜘蛛の子を散らすように――いや、カニの子を散らすように逃げていく魔物たちを見送り、僕が小さくため息を吐いた時だった。


『片付いたか?』

 脳内に、待ちくたびれたようなナッツの念話が響いた。

「終わったよ。でも、ちょっと待って。冷凍しておかないと」

『……冷凍って、なんだ?』

「『極低温冷却(ディープ・フリーズ)』」


 僕は山のように積み上がった五十匹の巨大ガニの残骸に向けて、冷却の魔法を放った。一瞬にして空気が凍りつき、極上の食材たちがカチカチの霜に覆われていく。


「食材は鮮度が命だからね」

『……そうか。なら、早く来いよ』

 ナッツの呆れ返ったようなため息が聞こえた。


 大量発生の原因は、結局わからずじまいだ。繁殖期による暴走なのか、カエデが言っていた純魔素(クリア・ストーム)の影響なのか。

 まあいい。とりあえず、これでこの階層の問題は解決だ。僕は凍りついたカニの山を亜空間収納(ストレージ)へ放り込み、朱里たちの待つ三十階層へと急いだ。

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