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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
【一食目】「はくりゅうデリバリー、本日のメニューはラットハウンドのから揚げ弁当です」

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エピソード11 感覚を共有するシェフ

『ミナト、聞こえるか』


 脳内に直接響くナッツの声。精神感応(テレパシー)による念話だ。物理的な距離はもちろん、次元の揺らぎすらある程度は無視して特定の相手に声を届けることができる。

「その様子だと、無事に三十階層に着いたみたいだね」

『あぁ……だが』

 ナッツの声には、微かな警戒の色が混じっていた。

『……何かが、いたようだな』

(何か?)

「スパイダーウルフ……じゃないよね?」

『あぁ。……酷く嫌な気配がプンプンする』

「ちょっと待って、ナッツ」


 僕は立ち止まり、意識を集中させた。


「――『感覚共有』」


 特殊スキルを発動させた瞬間、僕の脳髄にもう一つの『世界』が流れ込んでくる。

 ナッツの視界、聴覚、嗅覚。それらが、今僕自身が感じている洞窟の冷たい空気や足元の岩の感触と、完全に並列処理されていく。自分の五感を保ったまま、同時にナッツの五感をも受け取り、二つの空間を同時に認識する。


 ナッツの視界を通して見える景色には、ダンジョン特有の微かなノイズが混じっていたが、すぐにピントが合って鮮明になった。

 そこは、自然の洞窟ではなかった。

 人工的に作られた、なめらかな白い壁と床。簡素だが、異質なほど丁寧に作り込まれた空間が広がっている。そして正面には、血のように真っ赤に染まった水が流れ落ちる滝と、その水を湛えた泉。三十階層が『紅蓮の滝』と呼ばれる所以だ。


『……ヤツの気配はないな』

「ヤツって?」

『さぁな……残り香しか感じないが、間違いなく上位種だろう』

 ナッツが息を呑み、周囲を見渡す。

 僕の耳には眼前の階層から迫り来る地鳴りが響いているが、ナッツの耳(つまりもう一つの僕の耳)には、滝の流れる水音だけが静かに届いていた。


「あ、半田さんだ!」

 ナッツの視界の端に、武装したまま倒れている中年の男が映った。ナッツが素早く駆け寄る。

『大丈夫だ、息はある』


「――『解析』」


 離れた場所から、ナッツの目をレンズ代わりにしてスキルを飛ばす。

(状態異常は強い衝撃による気絶……。身体的な外傷は足首の捻挫と、軽い打撲程度。魔素による被害報告はなし、か)

「そっか。魔素中毒にもなっていないみたいだね……良かった」


『朱里っ! 大丈夫か!』

 ナッツが叫び、パタパタと走り出す。

「わっ……」

(猫の視界って、走ると結構揺れるんだよね……)

 少し離れた場所、なめらかな白い壁にもたれかかるようにして倒れているレザーアーマー姿の女の子が、ナッツの視界の中央に捉えられた。朱里だ。


「……双剣が、折れてる?」

 気絶している彼女の足元には、無残に半ばから折れた二本の剣が転がっていた。

『どうやら、何かとやりあったみたいだな』

「――『解析』!」

(大丈夫……軽い脳震盪だ。でも、軽度の魔素中毒になりかけている。新人探索者はダンジョンの濃い魔素に慣れていないから無理もないか……けど)

『気になるな……』

 次元間スリップの影響か、それとも謎の『上位種』との戦闘によるものか。意識を失っている二人をよそに、ナッツは小さな身体でぺろぺろと毛づくろいをしながら器用に念話を送ってくる。


「考えるのは後にしよう」

『どうする、ミナト。今の私には、この二人を背負って歩くことはできんぞ』

「そうだね」


 少しだけ考え込んでから――僕は、五感の半分(自分自身の側)で捉えていた『迫り来る気配』に向けて、手にした調理用ナイフをゆっくりと構え直した。


「ナッツ、カニは好き?」

『……何だ? 急に』

「二人をお願いできるかな」

『どうした……そっちにも、何かが近づいているようだが』

「御名答。ちょっとだけ待っててもらえるかな」

 暗闇の奥、地鳴りの主がその巨大な姿を現し始める。

「これから、カニ祭りが始まるんでね」

『……カニ祭りか。……さっさと終わらせて早く来いよ』

 呆れたようなナッツの嘆息が、脳内に直接響いた。

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