エピソード10 命を粗末にしないシェフ
「キシャアァッ……!」
耳障りな叫び声と共に、岩の影からジャイアントラットが襲いかかってきた。だが、さほど素早い魔物ではない。
――スパッ。
僕が手にしたナイフを閃かせると、魔物は力なくその場に倒れ伏した。
(魔物の死骸は、数匹程度……か)
周囲を見渡すが、三階層まで点在していた不自然な死骸は、この五階層には見当たらない。
(おおかた、協会の索敵者が偵察途中で魔物と遭遇し、交戦したと見たほうがいいな)
だとすれば……。
(この道を、朱里さんと半田さんは通っていないことになる)
その証拠に、この階層にはまだ魔物たちが平然と生息している。A級探索者が通り抜けて殲滅していった様子は微塵もない。
(やっぱり、ナッツの予想通り、二人は次元間スリップに巻き込まれたと考えたほうが良さそうだ……)
時折襲いかかってくるジャイアントラットやキラービーを軽く無力化しながら、僕は二人の安否に思考を巡らせる。
(食べ物は粗末にしたくないけど……ジャイアントラットのお肉は、あんまり美味しくないんだよね)
そんなことをぼやきつつも、手にしたナイフの軌道に迷いはない。魔物の中心にある魔核に触れることなく、急所だけを正確に断ち切り、一撃で獲物を「食材」へと変えていく。
(ジャイアントラットは筋が多いからね……牛すじの煮込み、もとい、ジャイアントラットの煮込みでもしようかな)
低層階の魔物は、正直に言ってあまり美味しい部類ではない。けれど、食べ物を粗末にはできない。狩った分は食材としてありがたくいただくのが、僕なりの流儀だ。僕にとって魔物は「討伐する敵」ではなく、あくまでも「命ある食材」なのだから。
(次はキラービーか……こいつは食べるところがほとんどないんだよな)
だが、キラービーは上質な甘い蜜を持っている。スイーツの材料としては最適だ。
(とりあえず、狩っておくか)
お弁当屋でスイーツを出す機会はあまりないけれど、ナッツのおやつにはちょうどいいかもしれない。
(おっ、大学芋なんかいいかもね。あの蜜の甘さと絶対合うし)
そんな平和な献立を頭の片隅で考えながら、僕はさらに歩みを進める。
(それはそうとして……)
協会の索敵者が警告していた『スパイダーウルフの大量発生』の痕跡も、この辺りにはまだ見られない。もし五階層付近まで迫っているなら、もう地上に溢れ出してしまう危険性がある。協会も、もっと深い階層で食い止めるための偵察をしているはずだ。
(だとすれば……彼らは、もっと下に――)
――トト……ッ。
――ドドド……。
――ドドドドドドォオッ!
不意に、思考を遮るような重低音が響いた。
下の階層からせり上がってくる、不気味な地鳴り。
間違いなく、何かの『群れ』がこちらに向かって猛スピードで近づいてきている。
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