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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
【一食目】「はくりゅうデリバリー、本日のメニューはラットハウンドのから揚げ弁当です」

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エピソード9 痕跡をたどるシェフ

 ゲートを抜けた先は、無機質な岩肌が剥き出しになった天井の高い空間だった。洞窟というよりは、巨大な洞穴と呼ぶべき威圧感がある。

 周辺に人の気配はない。魔物の気配も、だ。

 ただ、足元には低級な魔物たちの残骸が点々と横たわっていた。


「辺りに魔物の気配はなし……か」

「しかし、訓練とは言え、もう少しスマートな戦い方ができんのか……?」


 足元の惨状を見下ろし、ナッツが呆れ顔で鼻を鳴らす。

 不格好に切り裂かれた魔物の死骸からは、特有の毒素――『魔素』が薄闇の中へチロチロと溢れ出していた。


「低級といっても、ジャイアントラットも普通の人間には十分に脅威だからね」


 周囲の痕跡を観察する。壁に残った傷や、争った形跡。

 転がっているのはジャイアントラットに、キラービー。どれもここ、金山かなやまダンジョンの浅い階層ではよく見かける奴らだ。


「……ダンジョンに潜ってから、それほど時間は経っていないね」

「あぁ。……その割に、おかしくないか? ミナト」

「ナッツさんも気がついたんだね」


 僕の言葉に、ナッツは短く頷いた。

 ダンジョン内の魔物は『魔素』を核として生きている。深層部から湧き上がる魔素が充満しているこの空間は、彼らにとって完璧な棲家だ。地上に近づくにつれて魔素は薄くなるため、浅い階層ほど魔物には強弱の差が生まれる。

 そして、魔素を核とする彼らは、絶命して肉体の稼働を止めると、自らの魔素に飲み込まれて溶けていく。やがてダンジョンの地中へと浸透し、深層部へと還っていくのだ。

 完全に魔素化して消えるまで、小さな個体で約六時間、中規模の魔物で半日ほど。

 つまり、三階層付近のここに、まだ魔素化していない死骸が残っているということは――つい先ほど、半田さんと朱里さんがここで魔物を倒したという動かぬ証拠だった。


「倒れている魔物は三階層のここまで続いているのに、まだ魔素化していない……」

「それってどういうことだ? おかしいじゃないか。朱里がSOSを出した現在地は、三十階層なんだろ?」


 ナッツの青い瞳が鋭く細められる。

 いくらベテランのA級探索者がついているとはいえ、実戦経験のない訓練生を一人守りながら、こんな短時間で三十階層まで潜りきれるはずがない。

 通常、協会が推奨する『教授探索』の範囲は、せいぜい三階層から九階層までだ。訓練生を連れて三十階層という深部に赴く目的自体が存在しない。


「……次元間スリップ、か」

「低層で発生した記録はないけど……その可能性もあるね」


 次元間スリップ。

 現実世界とダンジョンは、次元の歪みによって無理やり結びついている。その空間のねじれは常に不安定に揺らいでおり、時折、空間同士がくっついたり離れたりするバグを起こす。

 二つの世界が離れた瞬間のホールに落ちてしまう現象。日本で古くから『神隠し』と呼ばれるそれに似ている。

 ダンジョンの外で巻き込まれればどこの異空間に飛ばされるか分かったものではないが、ダンジョン内部で起きたスリップなら、同じダンジョン内のどこかへランダムに飛ばされる程度で済むことが多い。


「まだ確信はないけどね。もし半田さんが意図的に三十階層へ行ったのだとしたら、転送ポータルを使った痕跡があるはずなんだ……」

「それはないだろ」

「うん。僕もそう思う」


 万年最下級のA級探索者である半田さんが、単独で三十階層の深部に到達できるとも考えにくい。何らかのアクシデント――次元間スリップによる強制転移に巻き込まれたと考えるのが自然だ。


「ナッツさん」

「どうした?」

「確認したいことがある。先に朱里さんのところに向かってもらってもいい?」


 僕が走るよりも、ナッツの方が圧倒的に速い。

 それに、僕にはその前にどうしても確かめておきたい「違和感」があった。


「わかった。なるべく早く来いよ」


 そう言うと、ナッツは音もなく跳躍し、ダンジョンの深い闇の中へと文字通り『スッと』溶けて消えた。

 一人残された僕は、静寂に包まれた洞穴で、深く息を吐き出した。

「ここまで『一食目』をお読みいただきありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価(星)で応援していただけると、毎日の仕込みの励みになります。

続いてのエピソードもお楽しみに」

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