第9章 破壊活動(デモリション)
霧が晴れ、陽光が差し込む。
純白の雪原に、黒衣の法衣が一際鮮やかに浮かび上がっていた。
天裂は装備を整え、聖カ村の廃墟を後にした。地図の印を頼りに、獣道を進んでいく。
やがて視界の先に、スローンの祭壇が姿を現した。
巨大な石像が鎮座している。
牛の角、怒れる瞳、切断された腕、そして巨大な戦斧……。
「力」を象徴するあらゆる要素が、その醜悪な彫像に凝縮されていた。
純白の世界に近づく一点の黒い影。
見張りの信徒は、とっくにこの目立つ侵入者を捕捉していた。
木造の物見櫓の上から、血の色をした法衣を纏った信徒が弓を引き絞る。
ヒュンッ!
矢が一直線に飛来する。天裂は本能的に身を捻り、それを紙一重でかわした。
「せっかく手に入れた一張羅だぞ。穴が開いたら継ぎ接ぎもできねぇんだ」
天裂は文句を言いながら、腰の長剣を引き抜いた。
木々の陰に身を隠し、ジグザグに走りながら祭壇へと肉薄する。
敵襲を察知した信徒たちが武装し、天裂の進行ルート上に立ち塞がる。
遠くから適当に矢を射かけてくる臆病者は無視だ。だが、狂ったように突っ込んでくる連中には容赦しない。
ザシュッ! ドスッ!
黒衣の魔術師が、鮮血の中で舞い踊る。
剣閃が走るたびに、真紅の薔薇が咲き乱れ、聖なる雪原に儚い死の彩りを添えていく。
天裂が進む後には、死体で舗装された「歓迎の道」が出来上がっていった。
やがて彼は、祭壇の麓にある野営地へと到達した。
残存勢力に畏怖の色はない。彼らは神からの啓示を叫びながら、重たい鎧を脱ぎ捨て、手にした武器だけで自爆特攻を仕掛けてきた。
「邪神サマってのは、つくづく人迷惑な野郎だ」
天裂はためらうことなく、哀れで愚かな狂信者たちを彼らの神の元へと送り出した。
一通りの殺戮が終わると、そこには死体の山が築かれていた。
天裂自身も髪と服が血で濡れていたが、怪我らしい怪我はない。
『見事だ、我が勇士よ!』
再び、あの不愉快な声が脳内に響いた。
『来い、祭壇の奥へ! とっておきの土産を用意してあるぞ!』
声の主は興奮していた。
天裂は察した。これは邪神の余興なのだと。
魔法が存在する異世界だ、神が暇つぶしに人間に干渉してきても不思議はない。
ただ一つ解せないのは、なぜこいつは自分を「勇士」と呼ぶのか、ということだ。
天裂は顔の血を拭い、周囲を見渡した。
死屍累々。散乱する手足。
スローンという神が司るものを考えれば、合点がいく。
彼は祭壇へと足を踏み入れた。
内部の空気は、あのエリーが捕まっていた洞窟と同じだ。重苦しく、血生臭い。
血塗られた頭蓋骨で装飾された扉を押し開け、最深部の部屋へと入る。
部屋の中央には血の池があり、その中心にスローンの司祭が正座していた。
司祭は、禍々しい深紅の光を放つ黒い大剣を両手で掲げ、ゆっくりと立ち上がった。
「待ちわびたぞ」
血色の高い三角帽を被り、目だけを露出させた司祭が、大剣を構えて歩み寄ってくる。
「俺に借金でもあったか?」
天裂は神経を尖らせ、剣を構えて後退った。ただならぬ気配だ。
「すべてはスローン様の御心のままに!」
司祭は大剣の切っ先を天裂に向けた。
「偉大なる神を称えよ! このすべてに感謝するのだ!」
理解不能な説法が終わるや否や、司祭は跳躍し、大剣を脳天目掛けて振り下ろしてきた。
豪速!
天裂はバックステップで回避し、カウンター気味に剣を振るう。
ガキンッ!!
だが、卵が岩にぶつかったようなものだった。
凄まじい衝撃に吹き飛ばされ、部屋の隅まで転がる。手にした鋼鉄の剣は粉々に砕け散っていた。
「これも恩寵だ! 運命を甘んじて受け入れよ!」
司祭は追撃の手を緩めない。再び大剣を振りかぶる。
「運命なんぞクソ食らえだッ!」
天裂は折れた剣を捨て、自らの両掌を切り裂いた。
煮えたぎる血を溢れさせ、突っ込んでくる司祭へと真正面から挑む。
ドォォォン!!
重厚な大剣が振り下ろされる。
天裂はそれを「白刃取り(はくじんとり)」の要領で挟み込んだ!
沸騰する血液が刃に触れ、ジュウウウッという音と共に大剣の温度を急上昇させていく。
「な、馬鹿な!?」
攻撃を受け止められた司祭が狼狽する。
剣を通して伝わる異常な熱と、得体の知れない恐怖が彼を支配した。
「数千年の間、これを防いだ者など……」
「御託はいいんだよッ!」
天裂は反応する隙を与えず、体を捻って力を受け流した。
ズドォォン!!
勢い余った大剣が、血の池の床に深々と突き刺さる。
好機!
天裂は素早く回復ポーションと体力ポーションを飲み干し、フルパワーを取り戻すと、司祭の背後に回り込んだ。
そして、溶岩のように熱く、血の滴る掌底を、司祭の膝裏へと叩き込んだ!
「ギャアッ!」
膝を焼かれた司祭が体勢を崩し、その場に崩れ落ちる。
天裂はさらに魔力ポーションを煽り、脳内でイメージを構築した。
あの時、白竜が吐いた炎の感覚を。
彼は司祭の正面に立ち、その顔面に向かって口を開いた。
「消えろ」
ゴオオオオオッ!!
口から数千度の火炎放射が噴出する。
断末魔の叫びと共に、司祭の肉体が焼かれ、炭化していく。
炎が止んだ時、そこには黒焦げになりながらも大剣を離さず、神への祈りを呟き続ける哀れな塊があった。
「自業自得だ」
天裂は司祭の両腕を踏み折ると、地面に突き刺さった大剣を引き抜いた。
それを高く掲げ、冷たく言い放つ。
「言い残すことはあるか?」
死に際の司祭は、なぜか神秘的な笑みを浮かべた。
「……願わくば、汝の征く道が、血塗られた王道であらんことを」
「地獄で祈ってな」
ズシャッ!!
大剣が一閃し、司祭を両断した。
『見事! 実に素晴らしい!』
司祭の死体が血の池に溶け、代わりに中央からスローンの像がせり上がってきた。
『流石は我が選んだ勇士よ!』
像が禍々しい幽光を放つ。
『今より、その魔剣「血吟」は貴様のものだ! 我が地上の代行者として、その剣を振るい、我のために更なる血と殺戮を捧げるのだ!』
全身血まみれの天裂は無言だった。
だが、その内側では怒りの業火が燃え盛っていた。
大剣を握る腕に青筋が浮かぶ。彼はゆっくりと、喋る石像へと歩み寄った。
『貴様が「誰」で、その体が「誰」の作品かは知っている』
石像は得意げに語り続けた。
『あいつに出来て、我に出来ぬはずがない! 我も一枚噛ませてもらうぞ! 貴様が誰の勇士だろうと関係ない、その「血吟」を手にした時点で、我にも権利があるのだからな!』
天裂は大剣を振りかぶった。
狙うは、そのふざけた石像の脳天。
「黙れ」
ドォォォォン!!
一撃のもとに、スローンの像は粉々に砕け散った。
『ハハハハハ! やはり最高の逸材だ! もう一つ祝福をやろう!』
破壊された残骸から、なおも愉快そうな声が響く。
『期待しているぞ、我が勇士よ! これからも最高にエキサイティングなショーを見せてくれ!』
脳内の声が遠ざかっていく。
怒髪天を衝く勢いだが、ぶつける相手がいない。
天裂は手にした魔剣「血吟」を見つめ、周囲の惨状を見渡し、ある狂気じみたアイデアを思いついた。
「俺をおもちゃ扱いしやがって……」
体力が戻りつつある天裂は、残りの体力ポーションを三本まとめて一気飲みした。
そして、「血吟」を肩に担ぎ、祭壇のさらに奥へと歩き出す。
「上等だ……こんなクソみてぇな場所、根こそぎ破壊してやるッ!!」




