第4章 新参者(ニューカマー)
軍隊は戦利品を掲げ、意気揚々と凱旋する。
その後ろを、両手を縄で縛られた天裂がトボトボとついていく。兵士から恵んでもらった数枚のボロ布だけが、彼の全財産だった。
気配を断ち、変異を隠蔽した今の天裂は、兵士たちの目に「運の悪い幸運児」として映っていた。
痩せこけ、貧弱で、吹けば飛ぶような男。
なぜ彼が龍の腹から五体満足で出てこられたのか、兵士たちも興味津々で話しかけてきたが、互いに言葉が通じない。耳が痛くなるほどの怒鳴り合いの末、得られたものは徒労感だけだった。
老馬の知恵か、あるいは慣れか。軍隊に連れられ、天裂はほどなくして一箇所の領地へと辿り着いた。
土と石で舗装された道。軒先に吊るされた油灯。
左右に整然と並ぶ木造建築からは、中世特有の腐った木材の匂いが漂ってくる。
往来は激しく、子供たちが戯れている。
天裂は周囲を見渡した。
道行く人々が足を止め、その視線は巨大な白竜の死骸に釘付けになっている。驚愕、畏怖、安堵。様々な感情が表情に浮かんでいた。
その死骸の後ろを歩く哀れな男に気づく者は少ない。気づいたとしても、「自分じゃなくてよかった」という安堵と、微かな嘲笑を向けるだけだ。
数キロのパレードの後、軍隊は領主の城の前で停止した。
一部の兵が戦利品の搬入を担当し、残りはその場で解散となる。
だが、天裂は「重要参考人」だ。それに、半裸の浮浪者を放っておけば治安に関わる。隊長格の男は、彼をそのまま城へと連行することにした。
内装は質素だが、品格を失っていない。木材と重厚な石材が調和し、実用性と伝統を兼ね備えた造りだ。
隊長は戦利品と共に天裂を領主の御前へと連れ出した。
領主と隊長が高らかに言葉を交わす。時折激昂し、時折深刻な顔をするが、天裂にとってはただのさえずり(鳥語)だ。
チンプンカンプンな会話を聞かされ、天裂の瞼には睡魔がぶら下がり始めていた。
ふと、二人の視線が天裂に突き刺さる。
ヒソヒソと耳打ちし、顔色を曇らせる様子に、天裂はギクリとして眠気を吹き飛ばした。
領主が手を振って合図をすると、控えていた黒ローブの男――学者風の人物――が前に進み出た。何やらゴニョゴニョと指示を受けている。
命令を受けた学者は、黄ばんだ古書を開きながら、訳も分からず突っ立っている天裂の方へと歩み寄ってきた。
(なんだ? 鳥語のスピードラーニングか?)
天裂は警戒しつつ、学者の挙動を注視する。
学者は天裂の目の前まで来ると、本のページをめくり、ブツブツと呪文を唱え始めた。その手が、淡く発光し始める。
(魔法か? こんな場所でも……)
「ふざけんなテメェッ!?」
バチィンッ!!
思考がまとまるより早く、学者の平手打ちが天裂の頬に炸裂した。
走る激痛に、天裂は反射的に罵声を浴びせる。
「これで、我らの言葉が理解できるはずだ」
天裂の罵倒を無視し、学者はニコニコと笑いながら言った。
天裂は目を見開いた。確かに、言葉がわかる。
便利な魔法だとは思う。だが、この学者の人を食ったような笑顔と、頬に残るジンジンとした痛みは、天裂の心にある決意を固めさせた。
いつか必ず、このビンタは返してやる、と。
「旅人よ、名を名乗れ」
学者を下がらせ、玉座に座る領主が尊大に問いかけた。
「天裂だ」
郷に入っては郷に従えで、現地の風習に合わせた名前を偽ることも考えたが、生憎と知識がない。天裂は正直に答えることにした。
「異邦人が、なぜこのような場所へ?」
「生きるためだ」
「故郷は?」
「なくなった」
「竜に焼かれたのか?」
「いいや。強盗と……腐敗した役人のせいだ」
短い問答。領主が投げかけ、天裂が返す。社交辞令以上の意味はない。
傍らに立つ隊長が身を乗り出し、本題に入るよう領主に促した。
「あの白竜が聖カ村を襲撃した際、お前はその場にいたのか?」
「ああ、いたよ」
面倒事を避けるため、天裂はサラリと嘘をついた。
「他に村から逃げ延びた生存者は?」
「怖すぎて覚えてねぇ。気づいたら、俺は白竜に食われてたんだ」
「……興味深いな。お前は一体何をして、あの竜の腹から無傷で生還したのだ?」
「お、俺にもわからねぇ」
一つの嘘を隠すには、より大きな嘘が必要になる。天裂は必死に作り話を紡いだ。
「ただ……そうだ、思い出した。竜の腹の中にいた時、外から誰かの声が聞こえたんだ。たぶん、その『誰か』が俺を助けてくれたんじゃねぇかな」
「何だと? たった一人で、あのような巨竜を屠った者がいると言うのか?」
領主は信じられないといった顔で、天裂を凝視した。
にわかには受け入れがたい話だ。
「もしそれが真実なら、早急にソイ国王陛下へ報告せねばなりません」
隊長が深刻な顔で進言する。
「千年の長きにわたり我々を苦しめてきた脅威、それを根絶できる可能性があります。竜族の脅威さえなくなれば、我々はこの大陸で確固たる地位を築けるのです」
「わかっておる。だが……その英雄をどうやって探す?」
領主は困惑気味に答えた。
眼下では、天裂が内心冷や汗をかいていた。
(やべぇ……話が大きくなりすぎてやがる。ボロが出る前に切り上げねぇと)
「本当にかの者の姿を見ていないのか?」
領主は食い下がる。何か手がかりはないかと、天裂を問い詰める。
「へい、お代官様。俺が正気に戻って這い出した時には、もう旦那様の軍隊しかいませんでした。それで、流れでここまで連れてこられたってわけです」
「竜族の内輪揉め……という可能性は?」
領主が隊長に問う。
「いえ、竜族の結束は強固です。それはあり得ません」
隊長は断言した。
「白竜は死にました。これは揺るぎない事実です。千年の歴史の中で一度としてなかった奇跡です。やったのが人であれ鬼であれ、今は些細な問題でしょう。重要なのは、竜族がこの事態を黙って見過ごすはずがないということです。万一に備え、国王陛下への報告と、防衛体制の強化が急務です」
「うむ、その通りだ」
領主は頷いた。
「人は探せばいい。だが時間は待ってくれん。急ぎ王都へ使者を出せ。そして、その『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』については……領地の掲示板、冒険者ギルドに手配書を回せ。現場の情報を公開し、腕に覚えのある者たちに捜索任務を依頼するのだ。賞金は弾め。爵位も用意しろ。この件に関して、金に糸目はつけるな」
「ハッ! 直ちに!」
隊長が風のように退出していく。
城の使用人たちも、領主の指示に従い、竜の骨や鱗の処理に追われ始めた。
「あー、お代官様? 俺はどうすれば?」
完全に蚊帳の外に置かれた天裂が、恐る恐る尋ねた。
「お前か?」
領主は改めて天裂を見下ろし、鷹揚に言った。
「お前にはソイ帝国の平民権を与えよう。……それにしても、竜の腹から生還するとは、なかなかの悪運と身のこなしだ。もしその気があるなら、徴兵所へ行け。そこそこの階級で雇ってもらえるかもしれんぞ」
領主は顔をしかめて付け加えた。
「だがその前に――女神エルに誓って頼むから、誰かこいつにまともな服を恵んでやってくれ!」




