第十六章 夜の訪問者
霜のように白銀の髪が、夜の闇に映える。
妖艶な紫の瞳には、星の炎のような光が宿っていた。
闇を切り裂くような鋭い曲線美。険しい山脈のように起伏に富んだボディライン。
爆発的な身体能力を包み込む漆黒のレザーアーマー。
その歩みは幽霊のように静かで、動きは雷霆のごとく鋭い。
「……で、どなたかな?」
天裂はため息交じりに尋ねた。
街はまだ廃墟同然で、客をもてなす宿もない。仕方なく、彼女を自身のシェルターへと招き入れたのだ。
「シルヴィア・ムーンフォール」
夜燼族の女戦士、いわゆる闇エルフ(ダークエルフ)は、天裂の対面に端然と座った。
彼女は腰から重そうな包みを取り出し、天裂の前に置いた。
「一族を代表して、あなたに助力を請いに来たわ。成功の暁には、この中身はすべてあなたのものよ」
「焦るな」
天裂は包みに手を伸ばさなかった。得体の知れない相手、それも闇エルフといきなり取引をするほど軽率ではない。
「俺はこの領地に根を下ろしたばかりだ。それなのに、わざわざ闇エルフの美人が助けを求めてくるだと? 俺の悪名はそんなに広まってるのか? なぁシルヴィア、お前ならこんな見え透いた罠に飛び込むか?」
天裂が話している間、シルヴィアの視線は彼の額――雄々しく突き出た「龍の角」に釘付けになっていた。その目には、よからぬ品定めのような色が浮かんでいる。
「俺の角を素材扱いするなよ」
天裂は彼女の下心を見抜き、不機嫌そうに釘を刺した。
「切り取って売ろうなんて考えたら、夜燼族の未来はないと思え」
「っ……失礼したわ」
シルヴィアはハッとして謝罪した。
「ただ、好奇心が勝ってしまって。私たちの一族も長年巨竜に悩まされていて、狩ろうとしたけど失敗したの。だから、四頭もの竜を殺したあなたのその角が、竜の死体から加工した戦利品なのかと思って」
「残念ながら自前だ。俺がキレた時の姿なんて、見ない方が身のためだぞ」
天裂は椅子に深々と寄りかかった。
「で? どこから来た?」
「ソイ帝国の西部雪原。ここから百キロ以上離れた場所よ」
「俺の噂が数日でそんな遠くまで届くとは思えねぇな」
天裂の目に警戒の色が強まる。
「集落が襲われた後、私は族長の命を受けて東へ向かったの。私たちを助けてくれる強者を探して」
シルヴィアは包みを解き、中から一つの物体を取り出した。
それは、血にまみれ、腐敗しかけた人間の生首だった。
「道中、すべての領地、村、冒険者ギルドを回って嘆願したわ。でも、誰も相手にしてくれなかった」
「……このツラ、どこかで見覚えがあるな」
天裂は眉をひそめた。
記憶の糸をたぐる。ああ、そうだ。あの時、徴兵所で賄賂を要求してきた小悪党だ。
「数日前、このハメ領に着いたの」
シルヴィアは懐から黒光りする短剣を抜き、ドスッ! と生首をテーブルに串刺しにした。
「巨竜が暴れてたから野営を余儀なくされたわ。そうしたら、この汚らわしい人間が私の縄張りに現れて、私に夜這いをかけようとしたのよ」
「信じてくれ、俺もそいつへの嫌悪感なら負けてない」
天裂は苦笑した。自業自得とはこのことだ。
「つまり、そいつを『尋問』して、俺の情報を吐かせたわけか」
「この小人が命乞いをする様、あなたにも見せたかったわ」
シルヴィアの口元が残忍に歪んだ。
「夜燼族は後腐れを残さない主義なんだけど……残念ながら彼は精神力が弱すぎて、私が遊び飽きる前にショック死しちゃった」
(……こいつも大概だな)
天裂は深く息を吸い込んだ。
喉の奥で龍炎を調整する。温度と圧力を制御し、精密射撃の要領で。
フッ。
彼が軽く息を吹くと、テーブルの上の生首だけが瞬時に灰と化した。
さらに、高熱を持った石のテーブルに対し、以前捕食した氷竜の力を発動させる。
パキパキッ……。
灼熱だったテーブル表面が、一瞬にして零度以下まで凍結した。
「少なくとも、その男に対する評価は一致してるようだな」
天裂は口元の煙を払い、何食わぬ顔で言った。
「話を聞こうか。俺に何をさせたい?」
シルヴィアは凍りついた。テーブルではなく、彼女自身の心がだ。
彼女は当初、自分の実力を示して、新米領主を脅してでも協力させるつもりだった。
だが今、目の前で行われたのは魔法の理を超えた現象だ。無詠唱、属性の矛盾、そして圧倒的な熱量制御。
自分が今、五体満足で座っていられるのは、単にこの悪魔の機嫌が良いからに過ぎない。
「ヴィロセル神よ……あなたは一体……」
「その質問は聞き飽きた」
天裂は面倒くさそうに手を振った。
「説明するのも億劫だ。そのクズ男が死ぬ前に吐いた情報、それを信じればいい。大体合ってる」
シルヴィアは震える手で、テーブルに突き刺さった短剣を回収した。下手に動けば、次は自分が灰になるかもしれない。
「用件を言え。ビビる必要はない、取って食いやしないさ」
天裂は怯える客人を安心させるように言った。時間は金だ。無駄にはできない。
「わ、私の集落には、代々伝わる『狩猟の弓』があるの……」
先程までの強気はどこへやら、シルヴィアは借りてきた猫のように背筋を伸ばし、子供のように素直に話し始めた。
「歴代の族長が守ってきた至宝で、他種族に渡してはならない掟なの。伝承では、私たちが流浪の民となる前、ヴィロセル神が希望の証として授けてくださった神具だと……」
「要点を言え」
天裂が急かした。
「誰が盗んだ? どこへ行った? 殺せばいいのか?」
「……漆黒の巨竜よ」
シルヴィアは答えた。
「私は奴の痕跡を追って東へ来たの。その進路からして、今はソイ帝国の王都にいるはずだわ」
「ほう、黒い竜か」
天裂の口元がニヤリと歪んだ。
「面白そうだ。その依頼、受けよう」
「こ、これが報酬の……」
シルヴィアはおずおずと、懐から掌サイズの革袋を取り出し、中身をテーブルにぶちまけた。
キラキラと輝くダイヤモンドの原石が転がる。
「集落のみんなが必死に集めた財産なの。だから最初は、少し惜しくて……」
シルヴィアがしおらしく認めるのを見て、天裂は悪い気はしなかった。一族のために体を張る姿勢は嫌いではない。
「お前の一族はまだ流浪していると言ったな?」
天裂は提案した。
「このダイヤは一割だけ貰う。さっきの態度の慰謝料だ。残りは持ち帰れ。その代わり……お前の一族全員をここに呼び寄せろ。俺が庇護してやる」
「えっ……い、いいの?」
思いがけない提案に、シルヴィアは目を丸くした。
「俺は人手が欲しい。お前たちは安住の地が欲しい。ウィンウィン(相互利益)だろ? 何か不都合か?」
「で、でも……ここの住民たちが、私たちを受け入れるかどうか……」
闇エルフへの差別は根強い。
「ここの住民の半分は死鬼だぞ? 差別? どの口が言うって話だ」
天裂は笑った。
「ま、すぐに決めろとは言わん。任務が終わるまで俺についてくるか、ここでしばらく暮らしてみろ。馴染めると思ったら決めればいい」
「……わかったわ」
シルヴィアは、初めてこの悪魔に対して好意的な感情を抱いた。
一族を救うため、しばらくはこの男の元で様子を見ることにしよう。
その時。
バンッ!!
シェルターの扉が荒々しく開かれた。
「領主様! そ、外に! 外に変なものが!」
見回りをしていたはずのレドが、血相を変えて飛び込んできた。
「ヤバいものがいます! ちょっと来てください!」




