第13章
ハメ領の市街地復旧作業は、驚くほど順調に進んでいた。
天裂の扇動――もとい、演説に心を動かされた住民たちは、逃げ出した前領主を見限り、満場一致で天裂を新領主に推挙した。さらに、「ソイ帝国からの完全独立」という過激な提案にも合意形成がなされた。
ただし、周辺の村々はそうはいかなかった。旧領主が王都へ逃げ込んだという情報を聞き、帝国の報復を恐れて天裂の傘下に入ることを拒否したのだ。結果、それらの村は隣接する他の領主たちに切り取られることになった。
かくして、廃墟と化したハメ領主城と、白竜に滅ぼされた聖カ村のみが、天裂の完全なる領土となった。
資産は、百人に満たない傷ついた住民、瓦礫の山、そして転がっている巨竜の死骸のみ。
生き残った住民たちは、瓦礫の下から親族の遺体を掘り出し、かつて庭園だった場所に並べていた。五体満足なものは少なく、欠損した遺体が二、三十ほど。
遺体にすがりついて泣き崩れる住民たちを見て、天裂は考えた。
(人手が足りない。死霊術でこいつらを蘇生すれば、戦力増強にもなるし、民心も掴める。一石二鳥だ)
「待って!」
天裂の意図を察したのか、エリーが透明な水晶球を抱えて走ってきた。息を切らしている。
「何をしようとしてるかわかるわ。でも、術を使う前に、あなたの魔力上限を測定させて」
「俺の真の姿を見てもビビらないのは、お前くらいなもんだな」
天裂は感心したようにエリーを見た。
「で、どうすんだ?」
「数日一緒にいれば、あなたの本性くらいわかるわよ。……こんなにお人好しの悪鬼なんて、世界中どこ探したっていないもの」
エリーは少し頬を染めてから、真面目な顔に戻った。
「本題よ。死霊術で人を蘇生するには、膨大な魔力を消費するの。もし上限を超えて魔法を行使すれば、生命力を吸われてミイラになっちゃうわよ。そんなの嫌でしょ?」
エリーは水晶球を差し出した。
「この球に手をかざして、魔力を流し込んでみて」
天裂は言われた通りに手を乗せた。
瞬間。
カッッッ!!!
水晶球から、直視できないほどの強烈な閃光が放たれた。まるで地上に第二の太陽が生まれたかのようだ。
パリーンッ!!
許容量を遥かに超えた魔力に耐えきれず、水晶球は粉々に砕け散った。
エリーの手には、ただのガラス片と粉末だけが残された。
「……私の人生で二度目の奇跡だわ」
エリーは目を見開き、呆然と呟いた。
「あなたの体には、どれだけの秘密が詰まってるの?」
「どうなった?」
自分の規格外さを自覚していない天裂が首を傾げる。
「あなたの魔力量なら、何体のアンデッドを使役できると思う?」
エリーはガラス片を捨て、興奮気味にまくし立てた。
「三十万よ! 三十万の死霊軍団を一人で率いることができるわ! 信じられない……こんな数字、子供の頃に読んだ神話の絵本でしか見たことない!」
「なら、問題ないな。救助が先だ」
天裂は興奮するエリーを放置し、並べられた遺体の方へと歩き出した。
手順は簡単だ。エリーやレドを蘇生した時と同じ要領で、天裂は次々と死者を「死鬼」として蘇らせていく。
周囲の住民たちから、天裂への非難はなかった。
道義的にも法的にもグレーゾーンだが、死んだ家族が戻ってくるなら、悪魔の所業だろうと構わない。それが遺族の本音だ。
蘇った死者と、生きた家族が抱き合い、再会を喜ぶ声があちこちから聞こえてくる。
「……子供がいないな」
作業を終えた天裂は、人混みを避けてエリーの元へ戻った。
「純粋な魂は『光界』へ還り、浄化されてすぐに転生するの」
エリーは天裂の手を取り、人目を避けるように小声で説明した。
「だから、現存するどんな死霊術でも、子供だけは蘇生できないのよ」
「そうか。……なら、こそこそ話す必要はないだろ?」
「羨む人がいるからよ。そして、それは嫉妬に変わる」
エリーは真剣な眼差しで言った。
「すべての願いを叶えることはできない。でも、他人の傷口に塩を塗るような真似はしちゃいけないわ。子供を失った親は、些細なことでも心が壊れてしまう。時間だけが薬なの」
「なるほどな」
天裂は頷いた。だが、世界観についてはまだ理解が追いついていない。
「前から聞きたかったんだが、お前らの言う『光界』だの『陰界』だの『魂の井戸』ってのは、一体どういう仕組みなんだ?」
「ここは話す場所じゃないわ」
エリーは天裂の手を引くと、旧領主が残した地下シェルターへと強引に連れ込んだ。
そして、内側から重い扉をロックした。
「おいおい、そこまでする必要あるか?」
天裂は苦笑いしたが、エリーの様子がおかしいことには気づいていなかった。
「『光界』は原初の神の領域。英雄や聖人が死後に行き着く、極楽浄土みたいなものよ」
エリーの頬が朱に染まり、吐息が熱を帯びていく。
彼女は天裂の気を引こうとしているのだが、当の天裂はシェルター内の書物や作戦地図に夢中で、彼女の方を見ようともしない。
「『陰界』は、原初の神から分離した『悪意』が支配する領域。そこには悪魔のような原住民と、『魂の井戸』に落ちた罪人の魂がいるわ」
エリーはゆっくりと上着のボタンを外し始めた。説明を続けながら、本を読んでいる天裂にじりじりと近づく。
「死霊術は、その『悪意』の口から肉を掠め取るような行為だから、魔神の怒りを買うの。だから死霊術師はどこでも嫌われるのよ」
「本には『無墟域』ってのもあるぞ」
天裂は神話の要約本に釘付けで、背後に迫る捕食者に全く気づいていない。
「最も敬虔な信徒だけが、死後に魔神が支配する無墟域へ行ける……? なるほど、だからあの司祭は死を恐れなかったのか」
「そうね、あそこは信徒専用のVIPルームよ。私たちみたいな信仰心の薄い人間は、死んだら陰界の『井戸』に落ちて、罪を洗い流されてから光界へ還り、転生するの」
「善人は……うおっ!?」
詳細を聞こうと振り返った天裂の目に飛び込んできたのは、眩しすぎる肢体だった。
「服を着ろ! 白昼堂々、全裸で何やってんだ! 風紀が乱れるだろうが!」
「善人? この世で最大の嘘、それは『純真』よ」
すでに情欲に火がついたエリーは止まらない。
彼女は天裂の逞しい腰に抱きつき、耳元で甘く囁いた。
「この世界で生きる人間で、汚れのない者なんていないわ。生きていること自体が幸運で、純潔なんて高望みな贅沢品よ。……でもね、ダーリン。あなたになら、その贅沢をさせてあげてもいいわ」
「頭がおかしくなったか? 一度助けたからって、そこまでする必要はないだろ」
天裂は身を固くした。無理に振りほどけば、彼女の柔肌を傷つけてしまいそうで動けない。
「『愛』よ。わかる?」
「いや、それは吊り橋効果によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の一種だ」
「それで? こんな可憐な美女を放置するつもり?」
陽光を浴びた滝のような金髪、澄んだ湖のような碧眼。
しなやかな腰つきに、花が咲くような艶やかな微笑み。
こんな美女に迫られて、天裂の理性も限界に近づいていた。
「お、俺は……いや、しかし……」
天裂の言葉がしどろもどろになる。
「覚悟を決めなさい、私の英雄さん」
エリーは悪戯っぽく微笑み、その唇を寄せた。
「領土の開拓の前に……まずは私を開拓して?」




