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神と竜と俺 〜魔神の代行者・天裂の異世界無双〜  作者: WOODHOOD


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第12章 扇動者(アジテーター)

 廃墟と化した街に、重苦しい静寂が漂う。

 城外に避難していた生存者たちは、兵士に先導され、恐る恐る瓦礫の中へと戻ってきた。まだ息のある者がいないか、祈るような気持ちで。

 その時、赤子の泣き声が天を裂いた。

 生存者たちの視線の先に、一人の男――いや、もはや「男」と呼ぶことすら躊躇ためらわれる異形が立っていた。

 天裂テンレツだ。彼はもう、その魔性の姿を隠そうともしなかった。

 天を衝く墨色の角。かつての瞳を塗り潰した、深淵の如き真紅の目。そして、蛇のように縦に割れた瞳孔。

 背中には、名状しがたき一対の翼が生えている。その中央には、竜血を啜って進化した魔剣「血吟」が融合するように収まっていた。翼からは、蠢く触手のような肉芽が伸び縮みし、見る者に生理的な嫌悪と恐怖を植え付ける。

 そんな禍々しい怪物が、泣き叫ぶ赤子を優しく抱きかかえ、兵士たちの方へ歩み寄ってくる。

 その背後には、帝国一つを滅ぼせるほどの力を持っていた三頭の巨竜が、食い散らかされた残骸となって転がっていた。恐怖で失禁した排泄物の強烈な悪臭だけが、かつての威厳の残滓ざんしだ。

「お前……一体、何者なんだ?」

 レドは震える手で、天裂から赤子を受け取った。敵意がないことはわかっているが、本能的な恐怖は抑えきれない。

「少なくとも、死霊術師じゃねぇよ」

 殺戮衝動から醒めた天裂は、冗談めかして言った。

「せっかくの一張羅だったんだがな……翼が生えて破けちまった。気に入ってたんだが」

 ヒュンッ! ヒュンッ!

 突如、矢の雨が天裂を襲った。

 領主の城の地下。魔法と厚い石壁で守られたシェルターから、ようやく顔を出した領主とその親衛隊が、状況もわからぬまま攻撃を仕掛けてきたのだ。

 だが、矢は天裂の鋼鉄の皮膚に弾かれ、傷一つつけることなく地面に落ちた。

「撃ち方やめぇッ!!」

 レドが盾を掲げて前に出た。

「味方だ! 撃つな!」

 レドの怒号を聞き、領主は半信半疑で射撃中止を命じた。そして、おっかなびっくり天裂の方へと近づいてくる。

「き、貴様……それは一体……」

 領主は天裂の異様な姿に腰を抜かしそうになりながら、十メートル手前で足を止めた。それ以上近づく勇気がないのだ。

「俺が何者かなんてどうでもいい」

 天裂は穏やかに言った。

「重要なのは、お前がこれからどうするかだ」

「つまり……あの白竜も、こいつらも……」

「ああ、全部俺の傑作ワークだ」

 天裂は先回りして答えた。

「白竜の死体が比較的綺麗に残ってたのは、お前の兵隊が俺の『食事』を邪魔したからだよ」

「……何が目的だ?」

「生きることだ」

 天裂は短く答えた。

「我々だってそうだ!」

 領主の声が裏返り、非難の色を帯びる。

「だが貴様、竜を殺すことが何を意味するかわかっているのか!? 我々は今まで竜族と平和に共存してきたんだ! 貴様のせいで、帝国全土が滅びの危機に晒されたんだぞ! 自分が何をしでかしたか理解しているのか!」

「フン、『共存』だと?」

 天裂は鼻で笑った。

「どんな共存をすれば、こんな地獄絵図になるんだ? 剣の切っ先を突きつけられて保たれる平和なんざ、平和とは言わねぇ。服従と言うんだよ。お前らはただの竜の犬だ」

「竜は神の最高傑作だ! 我々は……」

「またそれか」

 天裂は呆れて溜息をついた。

「だからお前らは、哀れな蟻のように這いつくばって、竜のご機嫌を伺うのか? 笑わせるな」

「千年間、我々はそうして生き延びてきた!」

 領主は逆上し、天裂に詰め寄った。

「我々は奉仕し、生贄を捧げ、祈り、恩恵を受けてきた! それが祖先の教えだ! 今日まで我々が生き残ってこられた絶対の掟だ! それを貴様ごときが……どこの馬の骨とも知れぬ悪魔風情が、我らの掟に土足で踏み入り、竜族全体に喧嘩を売りおって! 災厄は招かれた! 民はこれから永遠に恐怖に怯えて暮らすことになる! すべて貴様のせいだッ!」

「少なくとも俺は、災厄が来た時に自分の領民を見捨ててシェルターに引き籠もったりはしねぇよ」

 天裂は冷酷に言い放った。

「命がけで民を守った恩人に、後ろから矢を射かけるような真似もしねぇ」

「き、貴様……!」

 図星を突かれた領主が胸を押さえて絶句する。

「悔しいか? ハッ、無能だからだよ」

 天裂は容赦なく追い打ちをかける。

「お前ら太った豚どもは、強者に土下座していれば一生安泰だろうさ。だが、俺の後ろにいる民草はどうだ? お前の領地に住み、お前の命令に従い、税を納め、尽くしてきた彼らは? お前は竜に尻尾を振るばかりで、彼らの生死になど興味もない。あの時、お前が廃墟から這い出して、少しでも民の避難を指揮していたなら、俺だって男として敬意を払ったさ」

「ぐぬぬ……」

「何が『祖先の教え』だ! 一城の主でありながら、自分の民一人守れず、敵前逃亡を決め込んだ腰抜けに、祖先を語る資格があるかッ! 祖先の教えに『民を見捨てて逃げろ』とでも書いてあったのか!?」

 天裂の声は次第に熱を帯び、演説のようになっていった。

 生き残った住民たちが、吸い寄せられるように集まってくる。

「この土地を見ろ! 子供たちの痩せこけた頬を見ろ!」

 天裂は両手を広げ、周囲の人々に訴えかけた。

「誰が川の恵みを吸い尽くした? 誰が豊かな大地を茨の荒野に変えた? あの象牙の塔に住むウジ虫どもだ! 奴らは俺たちを『田舎者』と呼び、命をゴミのように扱っている!」

「いつまでひざまずいているつもりだ? ウジ虫どもが、お前らの祖父の頭蓋骨をさかずきにし、娘の貞操を通貨代わりに使っている間、お前らはただひれ伏し、虚妄の平和を乞い続けるのか!?」

 兵士たちの目に、住民たちの目に、光が宿り始めた。

 それは恐怖ではなく、怒りの光だった。領主の親衛隊でさえ、剣を下ろし、天裂の言葉に耳を傾けている。

「今日、俺たちはここに立っている! 祖先の血と尊厳が染み込んだ、この大地の上に!」

「俺の目の前にいるのは一つの民族だ! 屈辱の中で呻き苦しんできた民族だ! 竜に屈服した哀れで憎むべき日和見主義者たちが、俺たちの首に鎖をかけ、尊厳を踏みにじり、魂と肉体を拷問にかけてきた! 教えてくれ! お前らは俺と共に自由な闘士として生きるか? それとも奴隷のまま死ぬか!?」

 群衆の中から、嗚咽と、握りしめた拳の音が聞こえ始めた。

「お前らは言うかもしれない。『家族を養う仕事があればいい』『腹一杯食べて、平穏に暮らせればいい』と。ああ、その通りだ。命は重い。生きることは尊い。だが言わせてくれ! この世には命よりも重いものがある! それは『自由』だ! それは『尊厳』だ!」

「竜の影がこの空にある限り、俺たちの尊厳はない! 竜に媚びへつらう豚どもが我が物顔で歩く限り、俺たちの尊厳はない!」

「俺たちに必要なのは、ただの生存じゃない! 生存圏だ! 一つの民族としての生存圏だ! それは乞い願い、おべっかを使って手に入れるものではない! 『鉄』と『血』によってのみ、勝ち取れるものだ!」

「竜が俺たちを辱め、下劣な役人が俺たちを踏みにじる時、俺たちはただ『祖先の法は変えられない』と泣き寝入りしてきた。そんな人間に骨はない! そんな人間は卑しい! 俺たちは鉄血の手段で、剣で、火砲の轟音で、敵を震え上がらせねばならない! 奴らの尊厳と命を粉砕し、思い知らせてやるんだ! 我々は服従と死を甘受する臆病者ではないと!」

「忘れるな! 屈服しか知らぬ国に骨はない! 屈服しか知らぬ政府に骨はない! 尊厳、領土、生存圏が侵された時、そんな政府は必要ない! 奴らは最後にはお前たちを見捨てるだけだ!」

「俺たちは奴隷のために戦うんじゃない! 自由のために戦うんだ! 俺たちは機械じゃない、家畜じゃない、人間だ! 一度たりとも屈服したことのない人間だ!」

「自由の名の下に団結せよ! 新しく、公正な世界のために! 全ての人のために! 俺たちを奴隷にする者どもを、この地から叩き出すために戦え! 屈服を拒絶するために! 尊厳のために! 祖先のために! 祖先の栄光のために! そして子孫たちが『我々は鋼鉄の意志を継ぐ者だ』と、胸を張って誇れる未来のために戦うんだ!」

「戦えェェェェェッ!!!」

 天裂の魂の叫びが、廃墟となった街に轟いた。

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