第11章 捕食者(プレデター)
四頭の巨竜が空を蹂躙し、その羽ばたきが生む突風が家屋や防壁を紙細工のように吹き飛ばす。
その中で一際巨大な深紅の竜が、領主の城の上空で旋回し、雷鳴のような声を轟かせた。
『聞け! 地を這う蟻どもよ!』
紅竜は、人間を見下す傲慢な口調で宣告した。
『我らが同胞、白竜の死は至高なる「竜帝」の知るところとなった! 我々は交渉に来たのではない、通告に来たのだ! 貴様らに猶予を与える。一日だ。一日以内に白竜を殺した下手人を差し出せ! 個人だろうが集団だろうが構わん、生きていようが死体だろうが構わん! 納得のいく落とし前をつけろ! さもなくば……このハメ領を皮切りに、我らに逆らうソイ帝国全土を更地にしてくれるわ!』
ズドォォォォンッ!!
言い終わるや否や、紅竜は領主の城の天守へと着地した。
巨体の質量に耐えきれず石造りの塔が崩壊し、逃げ遅れた貴族たちが瓦礫の下敷きになって圧死する。
『まずは、貴様らが妙な気を起こさぬよう……少しばかりの「警告」を与えてやろう』
紅竜の号令と共に、待機していた三頭の巨竜が動き出した。
歯茎を剥き出しにし、口から膿と毒液を垂れ流す墨緑色の**毒竜が、市街地に猛毒のブレスを吐き散らす。 青白く輝く翼に無数の氷柱を纏った氷竜が、広範囲に氷の刃を降らせる。 そして、全身が灰色の装甲板に覆われた戦車のような鎧竜**が、地響きを立てて進軍し、通り道のすべてを踏み潰していく。
阿鼻叫喚。
死体の山が築かれ、平和だった街は瞬く間に地獄へと変わった。
「隠れてろ!」
天裂はエリーや近隣の住民を城壁の外へと避難させると、すぐさま踵を返した。
「正気か!?」
門を守っていたレドが天裂の前に立ち塞がり、怒鳴りつけた。
「お前があの白竜を殺したのかは知らん。だが、相手は四頭だぞ!? 一対一ならまだしも、四対一なんて自殺行為だ!」
「まだ中に人がいる!」
天裂も負けじと怒鳴り返す。
「もう手遅れだ!」
レドは悲痛な叫びを上げた。
「俺たちだって救助は尽くした! これ以上は……神の加護を祈るしか……」
「神だ? 神、神、神……クソ食らえだッ!!」
その言葉が、天裂の導火線に火をつけた。
「俺の親父やお袋、妹が殺された時、神はどこにいた? 俺が拷問され、尊厳を踏みにじられた時、テメェらの神は何をしてたんだ!? 神? ふざけるな! 俺たちなんざ、奴らの暇つぶしの玩具でしかないんだよ! 神頼みで何かが解決するなら、テメェら兵士はいらねぇだろうがッ!」
凄まじい剣幕に、レドは言葉を失い、たじろいだ。
天裂はレドたち生き残りの兵士を睨みつけた。
「お前らは領主の兵隊だろうが! 行けよ! 一緒に人を助けに行けよ!」
「お、俺たちは……」
恐怖に震え、動こうとしない兵士たち。
天裂は歯ぎしりした。
「この腰抜け共がッ!」
彼は吐き捨て、混乱の極みにある市街地へと単身飛び込んだ。
時間との戦いだ。一人でも多く救わなければならない。
だが、現実は非情だった。
街の崩壊速度はあまりに速い。頭上には巨竜が旋回し、少しでも動くものがあれば容赦なく踏み潰される。
天裂自身は生き延びられても、彼が背負う一般市民は、その衝撃だけで死んでしまう。
時間は無慈悲に過ぎていく。
助けを求める悲鳴は、次々と断末魔に変わり、やがて沈黙していく。
天裂は瓦礫を退け、必死に手を伸ばしたが――彼が助け出せたのは、すでに事切れた肉塊だけだった。
生きて、泣いてすがりついてくる人間を、一人も救い出すことができなかった。
空を見上げれば、竜たちが嘲笑うかのように破壊を楽しんでいる。
彼らにとって、これは遊びなのだ。
圧倒的な力を持つ者は、何をしても許される。力が正義。力が真理。
かつて天裂が味わった理不尽と同じだ。
ここの住民たちも、あの時の自分と同じように、天にも地にも逃げ場がない。
できることといえば、恐怖に震え、絶望し、理不尽な死を受け入れることだけ。
恐怖か、あるいは長年の隷属によって反抗心を去勢されたのか。
誰も戦おうとしない。
(竜は死ぬべきだ)
いや、すべての強権的な暴力は死に絶えるべきだ。
初めてこの世界に来た時、理由もなく襲ってきた白竜。そして今、虫ケラのように人を殺す四頭の竜。
憎い。
強者が弱者を踏みにじる、その構図そのものが、骨の髄まで憎い。
廃墟の隙間から、子供の泣き声が聞こえる。
だが、すぐに瓦礫が崩れる音にかき消された。
天裂は立ち止まった。
目立たず生きたい? 平穏無事に?
「……クソが」
彼は背中の「血吟」を引き抜いた。
くだらない保身など、すべてドブに捨てた。
「後で化けて出てもいいぞ」
天裂は魔剣を構え、腹の底で煮えたぎる怒りを、純粋な殺意という燃料に変えた。
「だがその前に……強者気取りのテメェらに、骨までしゃぶられる痛みを教えてやるよッ!」
ダンッ!
天裂は瓦礫を足場に跳躍した。
屋根を蹴り、空中で体を捻り、最も近くにいた毒竜の背後へと躍り出る。
主の激怒に呼応し、魔剣「血吟」が禍々しい深紅の輝きを放ち始めた。
「まずは一匹ッ!」
ズドォッ!!
天裂の斬撃が、毒竜の太い尻尾を切断した。
「ギャオオオオッ!?」
不意打ちを食らった毒竜はバランスを崩し、無様に地面に叩きつけられる。
着地した天裂の手には、切断された巨大な尻尾が握られていた。
毒竜が恨めしげにこちらを睨む前で、天裂は大口を開けた。
ガブッ! バリバリバリッ!
彼は硬い龍鱗ごと、毒竜の肉と骨を食いちぎり、咀嚼し、飲み込んだ。
ドクンッ!!
血液が沸騰する。
深淵の力が活性化し、皮膚組織が高速で再構築されていく。
口からは新たな牙が鋭く伸び、白目は黒く、瞳孔は鮮血のような深紅に染まった。
それはもはや人ではない。地獄の釜から這い出た悪鬼そのものだった。
『貴様ァッ!!』
兄弟がちっぽけな人間に捕食される光景に、氷竜と鎧竜が激昂した。
二頭は示し合わせ、同時に天裂へと襲いかかる。
だが、竜血を吸った「血吟」もまた進化していた。
刀身に鋸のようなギザギザが生じ、より凶悪な形状へと変貌する。
ズシン! ズシン!
まずは鎧竜が戦車のように突進してくる。
天裂は剣で受け止めたが、凄まじい質量に弾き飛ばされ、一瞬意識が飛びかけた。
そこへ氷竜が氷柱の暴風雨を降らせる。
「ハッ、温い!」
天裂は「血吟」をバドミントンのラケットのように振るった。
ガキン! ガガガッ!
氷柱は粉々に砕けるどころか、そのままの勢いで氷竜へと跳ね返された。
「グオッ!?」
自分の氷を浴びて怯む氷竜。
二頭の足が止まった。
「お楽しみはこれからだ」
天裂はターゲットを変えた。
まだ息のある、半分食いかけた毒竜だ。
「いただきます」
彼はリミッターを解除し、深淵の暴食本能を解き放った。
目にも止まらぬ速さで毒竜に飛びかかり、残った胴体を文字通り「踊り食い」にした。
「ギャ……ア……」
毒竜は断末魔すら上げきれず、生きたまま咀嚼され、天裂の胃袋へと消えた。
『な……なんだ、こいつは……』
残された氷竜と鎧竜は凍りついた。
兄弟が生きたまま、この小さな怪物に貪り食われたのだ。怒りは瞬く間に恐怖へと塗り替えられた。
逃げる気か?
二頭が後ずさりした瞬間、天裂はすでに動いていた。
彼は自らの腕を「血吟」で傷つけ、飛び立とうとした氷竜に向かって腕を振った。
「逃がすかよッ!」
ピュッ!
放たれた「鬼血」が氷竜の翼に付着する。
ジュワァァァッ!!
沸騰する血液が氷の翼を一瞬で溶かし、発火させる。
氷竜は悲鳴を上げ、墜落した。
その隙に、天裂は鎧竜の背中に飛び乗っていた。
「硬いだけが取り柄か?」
ザシュッ!!
進化した「血吟」の一撃が、鎧竜の翼を根元から切断した。
二頭の巨竜は地に伏し、瀕死の状態で震えていた。
目の前に立つ、未知の捕食者を見上げて。
『ひっ……』
城で高みの見物をしていた紅竜は、事態の異常さを悟った。
あれは勝てる相手ではない。
リーダーである紅竜は、迷うことなく兄弟を見捨て、空へと逃走した。
残されたのは、飛べない二頭の「餌」だけ。
「腹が……減った……」
理性のタガが外れ、本能のみに支配された天裂の口から、単純な単語が漏れる。
だが、その行動は冷徹かつ的確だった。
ズボォッ!
彼は「血吟」を地面に突き刺し、拘束された二頭の元へ歩み寄った。
かつて人の命を草木のように刈り取った畜生どもを、飢餓に満ちた瞳で見下ろす。
「まずは……脳みそから食うか」




