第10章 常識外れ
「今日の稼ぎだ」
早朝。天裂は戦利品が詰まった麻袋を担ぎ、悠々と錬金工房『ガジュマルの洞穴』の敷居を跨いだ。
「昨日、ここから一番近いスローンの祭壇が壊滅したそうよ。残ったのは瓦礫の山だけだって」
エリーは麻袋を受け取り、中身を検品しながら世間話を振ってきた。
「まさかとは思うけど、あなたの仕業じゃないわよね?」
「さあな。ご想像にお任せするよ」
天裂は正面からの回答を避け、店内の座り心地の良さそうな椅子に深々と腰掛けた。
昨日のことだ。
邪神にコケにされた怒りが収まらなかった天裂は、スローンから押し付けられた魔剣を使い、祭壇の建造物を片っ端からひっくり返した。
それでも腹の虫が治まらず、夕暮れ時にはスローン像のてっぺんによじ登り、あのアホ面を脳天から叩き割ってやったのだ。
崩落した巨石は信徒の死体ごとすべてを埋め尽くし、祭壇は修復不可能な廃墟と化した。
その後、廃墟から使えそうな装備を拾い集め、聖カ村の仮宿に戻ったのが昨晩のこと。
今朝は雪で顔の汚れを適当に落とし、こうして換金にやってきたわけだ。
「……血の臭いが酷いわね」
天裂自身も悪臭は自覚していたため、わざとエリーから離れた席を選んだのだが、無駄だったようだ。エリーは鼻をつまんで顔をしかめた。
「魔剣を背負って邪神のキャンプを一つ壊滅させる魔術師なんて、聞いたことがないわ」
エリーは作業を中断し、棚から一冊の魔導書を取り出して天裂に投げ渡した。
「『洗浄』の魔導書よ。タダであげるから、帰ってしっかり勉強して。これでいつでも身体を綺麗にできるわ」
「俺は一度だって自分が魔術師だと言った覚えはないぞ。お前と兄貴が勝手に信じ込んでるだけだ」
天裂は本を受け取り、パラパラとページをめくった。
構造は単純だ。数秒で要領を掴んだ。
「まあ、ありがたく使わせてもらう」
天裂は本を閉じ、短い呪文を口にした。
「『洗浄』」
シュゥゥゥ……。
エリーが目を丸くする前で、天裂の身体から血の汚れと悪臭が一瞬にして消え失せた。
「……冗談でしょ?」
エリーは歩み寄り、天裂の綺麗になったローブの裾を恐る恐る触った。
「これでも魔術師じゃないって言い張る気? オリ教区の最高位魔術師だって、新しい魔法を習得するのに丸一日はかかるのよ? それをあなたは、ほんの数分で、しかも副作用なしで……」
「見よう見まねだ」
天裂は平然と答えた。
「はいはい、わかったわよ。言えない過去があるんでしょ」
エリーは呆れたように肩をすくめた。
彼女の中では、「天裂=正体を隠した超一流の魔術師」という設定が確定事項になりつつあるようだ。これ以上何を言っても無駄だろう。
「勝手にしろ」
弁解すればするほど墓穴を掘りそうだ。天裂は話題を打ち切ることにした。
「どうせ次はこう言うんでしょ? 『たまたま出来ただけだ』とか『死霊術も十分で覚えた』とか」
エリーはカウンターに戻り、作業を再開した。
「人には秘密があるものよ。詮索はしないけど、私のことを馬鹿だとは思わないでね」
「悪かったな」
エリーの勘は鋭い。あながち間違っていないのが痛いところだ。だが、事実を話したところで、誰が信じるというのか。
「スローン信徒は狂戦士ばかりだから、防具の状態は最悪ね。服はボロ布同然」
エリーは麻袋の中身を分類し終え、カウンターの下から革袋を取り出した。
「でも、鉄の武器はそこそこの値になるわ。はい、これ」
「助かる」
天裂が立ち上がり、金を受け取ろうと手を伸ばしたその時だ。
ガシッ!
エリーが天裂の腕を掴み、力強く引き止めた。
「……お嬢さん、何をする気だ?」
天裂は警戒したが、エリーの視線は彼ではなく、その背中に背負われた大剣に釘付けになっていた。
「それ……スローンの神具?」
エリーは瞬きを繰り返し、信じられないものを見る目で呟いた。掴む手に力が籠もる。
「あなた、一体何者なの……?」
天裂は溜息をつき、腕を解かせると、背中の「血吟」を下ろし、そっとカウンターの上に置いた。
メキメキッ……バキッ!
年季の入った木製カウンターが悲鳴を上げ、天板に亀裂が走る。
「残虐で血に飢えた近接狂しか、スローンの寵愛は受けられないはずよ」
エリーはカウンターの惨状など気にも留めず、拡大鏡を取り出して大剣を観察し始めた。
「文献によれば、スローンは貧弱な魔術師を最も嫌悪しているの。過去には、初心者の魔術師が間違って祭壇に入っただけで、信徒全員に『魔術師狩り』を命じたこともあるくらいよ」
「だから、何でそんなに興奮してるんだ?」
天裂は今にも崩れそうなカウンターを両手で支えながら言った。
「本当に魔術師じゃないの?」
エリーは拡大鏡を天裂の顔に突きつけた。
「だったらどうして魔法が使えるの? おかしいわ。まさか、口先三寸で邪神を騙したとか? それとも……本物の天裂はもう死んでいて、あなたはスローンが送り込んだスパイだとか!?」
「いい加減にしろ」
天裂が大剣を持ち上げると、ついにカウンターが限界を迎えて崩落した。
ガラガラガラッ!
「俺は最初から言ってるぞ。魔術師でもなければ、死霊術師でもない。信じないのはそっちだろ」
「こんなデタラメ、信じられるわけないでしょ!」
エリーは拡大鏡をしまい、両手を振って修復魔法をかけた。
淡い光と共に、崩れたカウンターが元通りに組み上がっていく。
「この簡単な魔法を習得するのに、私がどれだけかかったと思う? 三年よ! 三年! 魔法剣士だっているけど、あなたみたいなのは見たことがないわ! あなた、本当に何なの!?」
ヒステリー気味のエリーを見て、天裂はこれ以上ここにいるのは得策ではないと判断した。
正直に「俺は異世界転生の悪鬼です」と言って、怖がられるのも面倒だ。
「……知らない方が幸せなこともある」
天裂は意味深な言葉を残し、店を出ようと背を向けた。
この地での平穏な生活のためには、正体がバレるのはマズい。ほとぼりが冷めるまで身を隠すべきか――
「ちょっと、待ちなさ――」
エリーが呼び止めようとした瞬間。
ズドォォォォォォンッ!!!!!
外で轟音が響き渡り、大地が激しく揺れた。
続いて聞こえてきたのは、人々の悲鳴と、逃げ惑う足音。
「り、竜だッ! 竜が来たぞォォォッ!!」
誰かの絶叫が、店の中まで響いてきた。




