表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神と竜と俺 〜魔神の代行者・天裂の異世界無双〜  作者: WOODHOOD


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/14

第1章 暴力の中にのみ、真実は宿る

 ガシャアアアンッッ!!

 高級なガラス窓が爆散し、無数の破片が水晶の豪雨となって降り注ぐ。

 鮮血に濡れた**天裂テンレツ**は、地獄の底から這い上がってきた悪鬼デーモンのごとく、その開口部から飛び込んだ。

 そこは、選ばれし者だけの天国と、薄汚い下界とを隔てる最後の結界だった。

 手にした薪割り用のナタには、すでに粘り気のある血糊がこびりついている。刃はボロボロに欠けていたが、その切れ味はいささかも衰えていない。

 今まさに、慈善家を気取る男の、その脂ぎった首筋へと深く突き立てられていた。

「ぐっ……うぅぅ……ッ」

 慈善家のふっくらとした顔が、瞬く間に赤黒く鬱血していく。

 金縁の眼鏡は歪み、高級シルクのパジャマは、噴き出す鮮血によってどす黒く染め上げられていた。

 雪のように純白なテーブルクロスが敷かれた長机の上。慈善家は、屠殺とさつを待つ豚のように、天裂の圧倒的な腕力によって押さえつけられていた。

 ガシャンッ、ガララ……!

 値の張る銀食器が床に落ち、耳障りな音を立てて砕け散る。

「旦那様っ!!」

「確保しろ! 撃てっ!!」

 驚愕の叫び、怒号、そして重苦しい金属音が交錯する。

 一瞬にして、黒服のボディガードたちが銃口を一斉に向けた。その数、十数人。無数の殺意が、侵入者一点に集中する。

 だが、天裂は彼らを見向きもしなかった。

 充血したその双眸そうぼうは、ただ一点。

 恐怖と窒息で醜く歪んだ、慈善家の顔だけに釘付けになっていた。

 骨の髄まで刻み込んだ憎悪の対象。例え灰になろうとも見間違えるはずのない、その顔だ。

「……クソ野郎が」

 天裂の声は、喉の奥から絞り出すような、しわがれた唸り声だった。

「テメェの汚ぇ高利貸しで、死に追いやった男のことを覚えてるか?」

 グジュッ。

 天裂は手首を無慈悲に捻る。

 鉈の刃が、肉と骨の狭間で嫌な音を立ててうごめいた。

「ゴボッ……!」

 慈善家の喉から、空気が漏れるような異音が漏れる。

 両目は飛び出し、肥え太った体が激しく痙攣した。

「俺の親父だッ!!」

 シャンデリアが震えるほどの咆哮。

「親父はな、あと数日待ってくれって、土下座して頼んだんだよ! それをテメェは何て言った! あぁ!?」

 天裂はさらに身を乗り出し、慈善家の耳元で低く唸った。その声は、死に絶えた広間に冷たく響き渡る。

「『貧乏人の膝なんざ一文の価値もねぇ! 借金のカタに娘をよこしな!』……そう言いやがったなァ!!」

 ボディガードたちの指は引き金にかかっていたが、誰も撃つことができない。

 慈善家が、完璧な肉の盾となっていたからだ。

「俺の妹はなぁッ!!」

 天裂の声が、悲痛な叫びへと変わる。

「まだ16だったんだぞ! テメェの手下どもが、あのふざけた『会員制クラブ』に三日三晩監禁しやがって! ……戻ってきた妹はな、そのまま川に身を投げたんだよ!!」

 脳裏に焼き付いて離れない光景。

 水ぶくれした青白い顔。色褪せた白いセーラー服。

「それに、母さんもだッ!!」

 ギリリッ、と奥歯が砕けそうなほど噛みしめる。

「警察に駆け込もうとした母さんは、帰り道で『偶然』無免許の車にねられた! その遺体は……原形すら留めてなかったんだぞッ!!」

 泥にまみれ、砕けた骨が突き出した足。

 わらのむしろから覗いていた、あの足だけが鮮明に思い出される。

「三人の命だ! この外道が! 生きて、息をしていた人間が三人だぞッ!!」

 激情が血液すらも焼き尽くし、残ったのは氷のように冷徹な殺意だけだった。

 天裂は、鉈を引き抜くために腕に力を込めた。

「三年間だ……ドブネズミみてぇに下水道で隠れ住んで、今日この日のためだけに耐え抜いてきたんだよッ!!」

 ズリュッ!!

 勢いよく引き抜かれた刃先から、熱い血飛沫ちしぶきが弧を描く。

 天裂の頭から顔へと、赤い雨が降り注ぐ。

 慈善家は喉を押さえ、陸に上げられた魚のようにペルシャ絨毯の上でのたうち回った。

「地獄へ落ちろォオオオオオッ!!」

 天裂は絶叫し、渾身の力で鉈を振り下ろした。

「これは親父の分だッ!!」

 ドスッ!

 刃が、肥満した肩の肉に深々と食い込む。

「これは妹の分ッ!!」

 ザシュッ!

 胸板を切り裂き、皮膚と脂肪がめくれ上がる。

「そしてこれは……母さんの分だァッ!!」

 風を切り裂く音と共に、頭を守ろうと掲げた腕に鉈が直撃する。

 ゴシャッ、という生々しい骨の破砕音が響いた。

 その瞬間。

 ボディガードたちが、ついに射線を通した。

「撃てッ! 殺せ!!」

 薄暗い部屋の隅で、マズルフラッシュが明滅する。

 無慈悲な鉛の弾丸が空気を引き裂いた。

 ドシュッ! バシュッ!

 天裂の体が大きく跳ねる。

 左肩、脇腹、太腿……次々と赤い花が咲き乱れる。

 激痛が走り、一瞬だけ動きが止まる。

 だが、天裂はよろめいただけだった。

 その紅蓮に燃える瞳は、床でもがき苦しむ仇敵から決して逸らされない。

「まだだ……まだ足りねぇッ!!」

 野生の獣のように咆え猛り、感覚のなくなった足を引きずって、再び躍りかかる。

「バラバラに切り刻んでやるッ!!」

 死兵スーサイドの如き覚悟で、鉈を高く振り上げる。

 さらに多くの銃弾が彼に襲いかかった。

 ドッドッドッ!!

 まるで壊れた人形のように、天裂の体が衝撃で揺さぶられる。

 全身に穿たれた十数箇所の穴から、どろりとした血が溢れ出し、磨かれた床へと広がっていく。

 力が、抜けていく。

 視界が霞み、端から黒く塗りつぶされていく。

 痛みと恐怖で歪んだ慈善家の醜い顔が、視界の中で揺らめいた。

「ごふっ……」

 口から血の泡を吐き出し、天裂の体が前のめりに崩れ落ちる。

 手から滑り落ちた鉈が、血の海にカランと音を立てた。

 冷たいタイルの感触が、燃えるような頬に伝わる。

「ひゅ……ひゅー……」

 慈善家はまだ死んでいなかった。

 壊れたふいごのような呼吸音をさせながら、至近距離に倒れた天裂を、憎悪に満ちた目で見下ろしている。

 天裂は残された僅かな力を振り絞り、唇を歪めて笑った。

 血まみれの手を伸ばし、慈善家の髪を力任せに掴む。

「……畜生、め」

 それは掠れた囁きだったが、その言葉は呪いのように鮮明だった。

「地獄で……待ってるぞ……」

 ガクリ。

 慈善家の首が力なく傾ぐ。

 最期の命の灯火が、フッと消え失せた。

 闇が、すべてを飲み込んでいく。

 浮遊感。

 そして、骨まで凍りつくような冷気が彼を包み込んだ。

 魂が、ボロボロになった肉体から剥がされていく感覚。

 落ちていく。

 終わりのない、恐怖の落下。

 見えない圧力が手足を縛り、身動きすら取れない。肺が鉛で満たされたように重く、もがけばもがくほど窒息していく。

 怒り、絶望、そして底なしの憎悪が、冷たい闇の中で激しく燃え上がる。だが、死にゆく器から抜け出すことはできない。

 これが死か? 絶対的な虚無の海か?

 俺の未練も、未完の復讐も、ここで終わるのか?

(いやだ!)

(俺は認めない!)

(三年間、ウジ虫のように地べたを這いずり回って……あいつはまだ息をしているんだぞッ!)

『来い……我は、汝を求む……』

 その囁きは、どこからともなく響いてきた。

 それは十億もの苦悶の呻きが融合したような、消えゆく意識に直接突き刺さる声だった。

 背中に感じる感触は、もはや水ではない。

 ぬるりとした、粘着質の、吐き気を催すほど冷たい何か。

 何かが、俺に巻き付いている。

 最後の気力を振り絞り、天裂は片目を見開いた。

 光?

 いや、違う。それはもっと薄暗く、冒涜ぼうとく的な燐光りんこうだった。

 眼前に広がる光景に、麻痺していたはずの神経が悲鳴を上げる。

 闇の底から伸びる無数の切断された手足。それらはまるで生きている腐敗の森のように絡み合い、蠢き、貪欲に彼へと手を伸ばしていた!

 あのぬめりとした感触は、飛び出したはらわたに巻き付いた、氷のように冷たく、棘の生えた「腕」だったのだ!

 引っ張られている! 喰われている!

 だが、痛みと死への恐怖は、より原始的で凶暴な本能によって粉砕された。

(死んでたまるか! 化け物どもがッ!)

 魂の奥底から、野獣の如き獰猛さが爆発する。

 天裂は顎が外れるほど口を開けると、残された唯一の武器である「牙」を、腸に絡みつく触手に突き立てた。

 噛み砕く。引き裂く。飲み込む。

 名状しがたき、汚らわしい粘液が口の中で弾ける。

 構うものか。天裂は狂ったように咀嚼し、そのおぞましい肉塊を喉の奥へと押し込んだ。

 ゴクリ。

 飲み込むたびに、微かだが確かな熱流が胃から四肢へと駆け巡る。

 千切れかけた肉体の激痛が一瞬和らぎ、傷口の筋肉がピクリと脈動する。

(喰らえ! 喰えば生きられる! 力が湧いてくる!)

 その発見が、天裂の瞳に最後の希望の火を灯した。

(殺す! 喰い尽くす!)

 もはや人間ではない。

 彼は深淵に放たれた、飢えた捕食者へと変貌していた。

 近くで蠢く手足に飛びかかり、歯で食いちぎり、爪で抉り、掴めるだけの黒い肉を口に詰め込み、丸呑みにしていく。

 腐った血、吐き気を催す肉片、砕けた骨……。

 すべてが腹の中で灼熱の燃料となる。

 彼の体は破壊と再生の戦場だった。

 新たな傷が生まれるそばから、古い傷が目に見える速度で癒え、赤黒くねじれた傷跡を残していく。

 混沌とした、しかし確かな力が、暴力的な勢いで膨れ上がっていく。

 どれほどの時間が過ぎたのか。一瞬か、あるいは永遠か。

 天裂は、砕けた手足と血の海でできた「大地」の上に立っていた。

 全身血まみれで傷だらけだが、その背筋は伸び、瞳には消えることのない憎悪の炎が燃えている。

 足元には、彼自身の歯によって原形を留めぬほど引き裂かれた、数千もの「名状しがたきモノ」の残骸が転がっていた。

 周囲の闇の肉塊はまだ蠢いているが、彼から放たれる暴力的なオーラ――自身の生命力と深淵の精髄が混じり合った気配――に怯え、遠巻きに震えていた。

 その時、深淵全体が震えた。

 血の海が沸騰し、手足の波が引いていく。まるで平伏するかのように。

 想像を絶する重圧が頭上から降り注いだ。世界そのものの重量が天裂の背骨を軋ませ、膝を屈させようとする。

 だが彼は歯を食いしばり、充血した目を剥いてその圧力に抗い、不敵に頭をもたげた。

 深淵の中心で、粘つく闇がゆっくりと裂けていく。

 それは光の裂け目ではない。闇よりもさらに深く、絶対的な「虚無」だった。

 その虚無から、ある「存在」が降臨した。

 定まった形はない。

 それは十億もの蠢く眼球の集合体だった。それぞれの目が開閉し、膿や溶岩を垂れ流している。一つ一つの瞳が、異なる地獄の光景を映し出していた。

 眼球の間では、ぬらぬらと濡れた触手がのたうち回り、その先端は無数の口となって割れ、針のような牙を覗かせている。

 それら全てが、十億もの重なり合った囁き、呪詛、そして冒涜的な賛美を奏でていた。

 その「体」は、引き伸ばされ、ねじり合わされた無数の亡者の魂で構成された抽象的なトーテムのようだ。

 恒星すらも消し去るほどの悪意と、太古の力がそこにあった。

(こいつが、深淵の主か? 俺をここに引きずり込んだ邪神か?)

『定命の者よ……汝の憎悪……その「食欲」……実に愉快だ……』

 十億の囁きが、耳ではなく魂に直接響く。

 その一音節ごとに、精神を汚染するような力が込められていた。

 天裂はただ睨みつけた。その視線は、眼球の塊の核へと突き刺さる。

 喉の奥から獣のような唸り声が漏れる。全身の筋肉が収縮し、今にもその冒涜的な恐怖へ飛びかからんとしていた。

 復讐!

 その二文字だけが脳裏を焼き尽くしている。

 何だこれは? 邪神だと?

 あの慈善家はまだ死んでいない!

 俺の復讐は終わっていないんだ!

 俺の邪魔をするなら、神だろうが何だろうが餌にしてやる!

『復讐を望むか……だが、汝の世界には……もはや汝の居場所はない……』

 邪神は囁く。その声には、天裂から放たれる殺意を完全に無視した、愉悦の色が混じっていた。

『我に仕えよ……行くがいい……我らが構築せし盤上へ……

 我らが遊戯ゲームに参加し……我が「刃」となれ……』

 十億の眼球がゆっくりと瞬く。

『我を楽しませるならば……その復讐の炎、我が手ずから薪をくべてやろう……』

 取引だと?

 盤上?

「奴ら」のゲーム?

 その言葉は、天裂の燃え盛る意識の上を塵のように滑り落ちた。

 彼の目には、ただ眼前の巨大で忌まわしい肉塊しか映っていない。

 慈善家の顔が、まだ生きているあの憎き顔が、邪神の無数の瞳に重なって見えた。

 憎悪が、沸点を超えた。

「ガァアアアアアアッ!!」

 もはや人間のものではない咆哮が、深淵の静寂を引き裂いた。

 天裂は燃える隕石と化した。

 深淵の肉から奪い取ったばかりの、荒削りで混沌とした力を爆発させ、弾丸のように飛び出した。

 その身を顧みず、名状しがたき存在へと特攻する。

 引き裂いてやる!

 食らい尽くしてやる!

 他の有象無象うぞうむぞうと同じようにッ!

『真の恐怖を知らぬか……だが……それこそが我が望み……』

 邪神は囁いた。その声には、微かだが確かな称賛の響きがあった。

 天裂が、蠢く眼球と触手の塊に激突しようとしたその瞬間。

 見えざる力が作用した。

 彼から溢れ出した血――深淵の肉と混じり合い、さらには邪神自身の原初的な暗黒の体液イコルが極微量混入した血――が宙に浮き上がる。

 それは収束し、捻じれ合い、あり得ないほど複雑で冒涜的なルーン文字を形成したかと思うと、一瞬だけ激しく明滅し、消滅した。

 血の契約が、成立したのだ。

(なにっ!?)

 邪神の巨体から、ぬらりとした一本の小さな触手が、まるで埃を払うかのように無造作に弾き出された。

 存在の法則そのもので編まれた、抗いようのない絶対的な力が天裂を襲う。

「ガハッ――!!」

 燃え盛る山脈に激突されたような衝撃。

 全身の骨が一瞬で砕け散り、喰らって得たばかりの力が無惨にも粉砕される。

 痛みを認識する間もなく、彼の意識はその力によって鷲掴みにされ、囁きと粘液と血に満ちた深淵から、大砲のように射出された。

 深淵のねっとりとした空気は、刺すような冷気へと変わった。

 目も眩むような光が視界を奪う。

 ドッパァアアンッ!!

 重い水音。

 唐突で衝撃的な冷たさが全身を包み込み、毛穴という毛穴が悲鳴を上げる。

 彼は反射的に、折れた腕を必死に動かして水面を目指した。

 プハッ!

 氷点下の空気が肺に雪崩れ込む。

 呼吸をするたびに、凍った剃刀を飲み込んでいるようだ。

 彼は激しく咳き込み、深淵の胆汁と冷たい水の混じったものを吐き出した。

 天裂は、氷の上に全裸で転がっていた。

 下には硬く、残酷なほど冷たい凍結した湖。

 周囲には、どこまでも続く分厚い雪の毛布。

 蒼白な太陽が雪原を照らし、目を焼くような反射光を放っている。

 彼は生まれたばかりの獣のように弱々しく体を丸めた。

 赤黒い乾いた血のかさぶた――彼自身の血と深淵の汚物が混ざったもの――がパラパラと剥がれ落ち、その下から、ねじれた暗赤色の傷跡に覆われた新しい皮膚が露わになる。

 その下では、人間離れした再生能力を証明するように、筋肉がピクリと脈動していた。

 冷たさと痛みが、あまりにもリアルだった。

 俺は……生きているのか?

 天裂は震える腕で上半身を起こした。

 吹き付ける寒風に、裸の肌がたちまち粟立つ。

 彼は困惑して周囲を見回した。

 静寂。

 そこには、雪原を吹き抜ける風の悲しげな音だけがあった。

 銀色に覆われたこの世界は、恐ろしいほどに異質だった。

「どこだ……」

 その声は、乾いて荒れた音だった。

「ここは……どこだ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ