表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

地下室に6年幽閉された呪われ令嬢の復讐。私を虐げた婚約者を、狂愛侯爵と共に地獄へ突き落す


「おい。この間の触媒、品質が悪かったぞ」


 そう言ってアリアーナに触媒を投げつけてきたのは、エドモンドだ。

 彼はグレイヴス伯爵家の一人息子で、アリアーナの婚約者でもある。


 アリアーナは暗い地下室に投げ込まれた触媒を見た後、上から見下ろしているエドモンドに視線を返した。


「……なんだ、その目は? 呪いによって喋れず、顔に醜いアザまで持ってるお前との結婚を約束した俺に、逆らおうって言うのか?」


 アリアーナはふるふると顔を横に振り、そっと頭を下げた。


「そうだ、それでいい。ただでさえ、呪いのせいで人と触れ合うことも出来ないのに、そんな醜いアザまで持ってちゃ、社交ではなんの役にも立ちやしないんだからな。そんなお前と結婚してやるんだから、感謝しろよ」


 聞き飽きた台詞を毎度のように口にして、エドモンドは去っていった。扉が閉められ、暗闇が降りる。


「…………」


 アリアーナは無言のまま、手元にある魔法ランプに明かりを灯す。

 そして、エドモンドに投げつけられた触媒を、誰にも見つからぬよう置物の奥に隠した。




 アリアーナ・フェルステッドは、六年前に枯渇の呪いを身に宿した。

 触れた者の魔力を不規則に削り取る、忌まわしい呪い。さらにはその副作用として、顔の半分を覆うほどの黒いアザが浮かび、声が出なくなった。


 フェルステッド男爵家は商家として成功し、莫大な資産を築き上げて新興貴族となったのが、今から六年前の話。

 当時、アリアーナが十歳の時だった。


 しかし、男爵としての位を貰った数か月後、アリアーナが枯渇の呪いと呼ばれるものに掛かってしまった。


 家族はアリアーナの身を案じてくれる、良い人たちだ。

 しかし、アリアーナ自身はせっかく貴族となってこれからが踏ん張りどころだという時に呪われた、自分を責めずにはいられなかった。


 このままでは自分のせいで、すぐに没落してしまう。


 そんな不安で圧し潰されそうになっていた彼女に手を差し伸べてくれたのが、エドモンド・グレイヴスだった。


 新興貴族でまだ後ろ盾もないフェルステッド男爵に、グレイヴス伯爵家次期当主となるエドモンドは、是非ともアリアーナを婚約者として迎えたいと、求愛してくれた。


 もちろん、打算があったことはアリアーナも分かっている。

 それでも、アリアーナが社交界で役に立たないという不利益を理解したうえで、婚約者として立候補してくれた時の彼は、格好よかった。


 無事に婚約が成立した後、エドモンドはアリアーナの呪いを正しく知りたいので、彼女をうちに迎え入れたいと言ってきた。


 最初は両親も同居はまだ早いのではと渋ったが、エドモンドの誠実に見える顔にすっかり騙され、頷いてしまった。

 アリアーナもこの時は舞い上がっていたので、両親を責める気はさらさらない。


 こうしてエドモンドの家に連れてこられたアリアーナは、すぐに暗い地下室に押し込められた。


「その醜い顔で、伯爵家の中を歩くな!」


 エドモンドの豹変具合にアリアーナは理解が追いつかず、最初の数日は泣いてばかりいた。

 ただ、自分は利用されただけだという現実から、目を背け続けることは出来なかった。


 エドモンドは、自分に用があったのではなく、自分の両親の持つお金に用があったのだ。

 その答えに行きつくまで、そう時間はかからなかった。


 ――絶対にこのままでは終わらない。

 アリアーナは秘かに決意を固め、劣悪な環境に置かれながらも六年という長い月日を耐え忍んだ。




 そして、デビュタントの日がやってきた。

 エドモンドの婚約者になって以来着ることのなかったドレスが、アリアーナの身を包んでいる。


 触れると魔力を奪われるため、誰も手伝ってくれなかったので、アリアーナは自力でドレスを着た。そのため、どうしても簡素なものしか身に着けることは出来なかった。


「いいか。今日はお前の献身を皆に見せる日だ。黙って笑っていればいい。声も出ないんだから、簡単だろう?」


 馬車の中、アリアーナは震える指先で膝の上の布を握りしめる。弱弱しく見えるように、小さく頷いた。


 アリアーナは、この日を今か今かと待ちわびていた。

 十六歳となり、自分が主役だと振舞っても許される、唯一の日を。


 今日という日が終わってしまえば、アリアーナはそのままエドモンドの妻として迎えられてしまう。

 それだけは、絶対に嫌だった。


 たとえ、両親に多大な迷惑をかけることになったとしても。

 六年も耐え忍んだことで、アリアーナの限界はもうすぐそこまで来ていた。


 馬車に揺られながら、アリアーナは逸る気持ちを必死に抑え、会場に着くのを待った。




 王宮で開かれた、今年十六歳を迎える令嬢令息のための晩餐会。

 煌びやかな光の中で、アリアーナは誰からも距離を置かれていた。呪いを恐れ、誰も近づいてはこない。


 その中で、エドモンドだけが偽善的な笑みを浮かべている。

 でも彼は、絶対にエスコートはしてくれなかった。触れたくないというのが、アリアーナには丸わかりだ。


「僕の婚約者は体調が悪くてね。だが、私の支えがあれば大丈夫だ」


 相変わらず、外観を取り繕うのだけは上手いなとアリアーナは思いながら、仕掛けるなら今だと背筋を伸ばした、その瞬間だった。


「大丈夫じゃないよ。少なくとも、私の目には大丈夫に見えない」


 低く澄んだ声が、アリアーナの耳を震わせる。

 振り向いた先にいたのは、美丈夫の男性だった。


「こ……これはこれは、バレンシュタイン侯爵令息ではありませんか! 本日はお会いできて、光栄です」


 ヴォルド・バレンシュタインは侯爵家の長男で、今年二十歳になったと聞く。

 しかし、彼は六年前から一切のパーティに顔を見せなくなったことでも有名な人物だ。


 珍しい人物に声を掛けられたことで、アリアーナよりもさらに驚いていたのはエドモンドだった。


 あんなに優秀な人が、どうして表舞台に顔を見せなくなったのか?

 幽閉同然のアリアーナの耳にさえ届くほど有名な話を、エドモンドが知らないはずがない。


 そんな彼が、どういうわけか沈黙を破り、今年のデビュタントの主役たちを見に来ている。

 これの指し示す意味と言えば婚約者探ししかないと、会場にいる誰もがそう考えた。


 皆がヴォルドに目を向け、彼の行動を見守っている。

 全ての注目をさらっているヴォルドが、アリアーナの前に来て膝をついた瞬間、息をのむ音がたくさん聞こえてきた。


「辛かっただろう。もう、大丈夫だから」

「っ……」


 そっと、壊れものを扱うようにヴォルドがアリアーナの左手を掬い上げる。許可を得ずに手に触れることを申し訳なく思っているのが、痛いほど伝わってきた。


 ――私を、大事にしようとしてくれている。

 彼の仕草は、アリアーナにそう思わせるに十分だった。


 アリアーナは自分が大勢の人に注目されていることも、自分が先ほどまで何をしようとしていたのかも忘れ、じっとヴォルドを見つめ続けた。


 きゅっと、ヴォルドがアリアーナの手に力を入れる。

 次の瞬間、アリアーナの胸の奥で、何かが弾けたのが分かった。


「どう? 痛みは――」


 何かを言いかけたヴォルドの瞳が揺れたのが分かった。

 そして、アリアーナは自分の身にかかっている呪いのことを思い出し、慌てて彼の中にある手を引いた。


「も、申し訳ございません! 私にはどうか、触れないでください……」


 彼の魔力を奪ってしまったのだと、アリアーナは何度も頭を下げた。

 それから、大慌てで自分の喉を触る。声が出たことが、アリアーナは信じられなかった。


「ああ、勘違いしないで。もうそんな心配、しなくていいんだ」


 ヴォルドが懐から取り出したのは、手鏡だった。それがアリアーナに向けられた。

 鏡の中にいる自分を見て、アリアーナは目を見開いた。


「だ、誰……?」

「ふふっ、面白いことを言うね。これが君の本来の姿なんだよ、アリアーナ」


 ヴォルドはすぐに微笑み、アリアーナの手を再び掴んだ。

 アリアーナはそれに勇気を貰えたような気がして、エドモンドの方を見た。


 声を取り戻した今なら、確実に彼の悪事を暴ける。そう思い、アリアーナが口を開くより先に、エドモンドは吠えた。


「呪いが解けただと? ふざけるな! それじゃあ、触媒はどうなるんだ!」


 エドモンドはデビュタントの場であることも忘れ、アリアーナに詰め寄る。その間に、すぐさまヴォルドは割り込んでくれた。


「ヴォルド殿。いくら貴方が私より上の立場であっても、これはあまりに横暴です。彼女は私の婚約者なんですよ?」

「私は、自分の婚約者の呪いが誰かに解いてもらえたなら、誰よりも頭を下げ、感謝を口にするよ。相手が平民であったとしても、だ」


 平民にさえ頭を下げると言い切るヴォルドが、如何に本気なのかが会場全体に伝わったのだろう。誰もが目の前で起きている出来事に、決着がつくのを待っていた。


「そこまで仰るなら、是非とも誠意を見せてもらいたい! 私の婚約者を傷物にしたんだ。貴方は慰謝料を払い、この女を引き取る気概を見せてくれ」


 傷物どころか、むしろ治した側のヴォルドを責めるエドモンドの言動に、アリアーナは倒れそうだった。

 一体どういう思考回路をしていればそのような発想になるのか、まるで分からない。


「……いいのか?」


 一方のヴォルドは、これでもかと言わんばかりに目を見開いた後、すぐに魔法紙を取り出した。そこに何かを迷いなく書き込み、エドモンドに渡す。


「ヴォルド・バレンシュタインはアリアーナ・フェルステッドと婚約を結ぶ。そのために、エドモンド・グレイヴスとの婚約を解消するための慰謝料として……はは、ははは!」


 金額を見たエドモンドは大笑いしていた。いくらと書いたのかは見えなかったが、彼が高笑いするほどの額なのだろう。


「お、お待ちください。ヴォルド様がそこまでなさることは……」

「良いんだ。これは私が望んでいることだから。それよりも、私は貴方に謝らなくては」

「謝ることなんて、何も……。それより、私は貴方に呪いを解いていただいたというのに、感謝が遅くなってしまいました」


 本当にありがとうございましたと、精一杯の礼を持って頭を下げた。


「私は物じゃないと、私の意志を無視して勝手に婚約のやり取りをするなと、怒っていい場面だというのに、貴女という人は……」


 困ったようにヴォルドは眉を下げた後、エドモンドに視線を戻す。


「契約書にサインをしてもらえるかい?」

「ああ、これなら文句はない!」


 エドモンドは自分のペンを取り出し、嬉々として契約書にサインをする。一枚は自分用に、印刷されたもう一枚をヴォルドに渡していた。


「……確かに。それでは皆さん、ただいまよりアリアーナ・フェルテッド男爵令嬢は私、ヴォルド・バレンシュタインの婚約者となりました! どうぞ、盛大な拍手を持って歓迎していただきたい!」


 ヴォルドの呼びかけに応じ、一人、また一人と拍手を始めた。そして会場は、大きな拍手で埋め尽くされた。


「アリアーナ、少し相談が」


 拍手によって音が聞こえづらくなっている環境で、ヴォルドがそっと耳打ちしてきた。

 物理的な距離の縮まりに、アリアーナは胸を高鳴らせてしまい、恥ずかしさを覚える。


「アリアーナ、ごめん。君の呪いを解呪した時、それまでに受けた時の記憶がなだれ込んできて……。もし嫌でなければ、この場で彼の罪を清算させることも出来るけど、君はそこまで望む?」


 ヴォルドに自分が受けてきた仕打ちを知られているという事実に、アリアーナは息を詰まらせた。


 ――こんな素敵な人に、私の過去が……。

 アリアーナは悩んだが、ヴォルドの提案を受け入れた。


 元々、玉砕覚悟で今日はエドモンドのやってきたことを暴露するつもりだったのだ。ここでおじけづくわけにはいかなかった。


 しっかりと頷けば、ヴォルドはそっと肩を抱いてくれた。


「皆様、ありがとうございます。次は、罪の清算をお見せいたします」


 ヴォルドが指を鳴らすと、会場の空中に大きな魔法の鏡が浮かび上がる。拍手がやみ、再びみんなの視線はそこへ向けられた。


 ここに映し出されたのは、アリアーナの記憶だった。

 地下室の景色から始まり、エドモンドの暴言に続き、呪いによって作り上げられた触媒の売買を仄めかす発言の数々に、あちこちで悲鳴が上がった。


「な、なんだこれは……! こんなのは、でたらめだ!」

「嘘なんかじゃありません!」


 エドモンドがしらを切ろうとすることぐらい、アリアーナはお見通しだ。絶対に逃がしてなるものかと、アリアーナは懐から数枚の用紙と、いくつかの触媒を取り出した。


 今度はこれらが鏡の中に映し出される。

 そこに書かれているのは、アリアーナが枯渇の呪いによって作り出してしまった触媒を売買していた証明書だ。


「枯渇の呪いによって生み出された触媒は、国の規定として正しい処理をすることが義務付けられています」


 ヴォルドは冷徹に告げる。


「これを売買していたというのは、重罪だ。私は今から、君を監禁罪と違法売買の罪で告発する」

「な、なに……!?」

「私が払った解決金も、君の資産もすべて、彼女への慰謝料として差し押さえる」


 ヴォルドの言葉を聞き、衛兵たちが駆けてくる。そして、エドモンドはその場で拘束され、連行されていく。


「エドモンド様。貴方が私を婚約者にしてくださったおかげで、私は六年間、アザの顔を社交界で晒すことなく過ごせました。そして、貴方が私に契約書の整理を任せてくださったお陰で、汚職の証拠も気兼ねなく集めることが出来ました」


 周囲からは、アリアーナを無能と見誤り、自らの手で告発者を育てていたエドモンドの愚かさを嘲笑う声が漏れた。


「ア、アリアーナ! お前、最初から……!」


 絶叫するエドモンドの声は、衛兵によって強引に遮られ、彼は惨めに引きずられていった。


「君は本当に、私の想像以上に強くて賢いね」


 ヴォルドに優しく微笑まれ、アリアーナは少しだけ視線を下げた。

 それから、自分の肩を抱いてくれている彼の手に、意を決して触れてみた。


「……辛くは、ないですか?」

「問題ないよ」


 彼の身体から魔力を奪ってしまう感覚がなかったことで、アリアーナは今度こそ、ヴォルドの手をしっかりと握った。


「……問題はないけど、こんな大胆だなんて、知らなかったなあ」


 今度は意地悪な声色で囁かれ、アリアーナが肩を揺らすのだった。


 * * *


 翌日。

 アリアーナはヴォルドと共に、朝日を浴びていた。


「なんだか、不思議な気持ちです」

「昨日は本当にごめんね。一刻も早く帰宅させたかったけど、手続きが多すぎて……」


 エドモンドの悪事を暴いたまでは良かったのだが、デビュタントの場を去った後も、婚約移行の処理などすることが山ほどあったため、ヴォルドが用意してくれていた離宮で、二人して書類の処理に追われていた。


「本当に助かったよ。アリアーナが優秀だから、一日で終われたんだ」

「そんな……。ヴォルド様が必要なものを全部、用意してくださっていたおかげです」


 そっと身を寄せると、ヴォルドに力強く抱きしめられた。彼の情熱的な行動に、アリアーナは頬を赤らめる。


「この六年、本当に長かった」


 ヴォルドは資料整理をしながら、アリアーナを助けた経緯を教えてくれた。

 アリアーナは記憶になかったのだが、ヴォルドが言うには昔、アリアーナがまだ商家の娘でしかなかった頃、彼を救ったことがあるらしい。


 それから、アリアーナが男爵の位を得たことでヴォルドは一人舞い上がっていたところ、彼女が呪われたと知り、絶対に解呪するという思いを胸に、ずっとその方法を探してくれていたという。


「アリアーナ。君を縛っていた呪いはもう存在しない。……けれど、これで終わりじゃないんだ」


 ヴォルドは優しく、アザが消えたばかりの白い肌を愛おしそうになぞる。


「私は、君がどうして呪われてしまったのか……。そのことも調べていこうと思ってる。でも今だけは、俺にいっぱい愛させて?」


 ――この人なら、大丈夫。

 耳元で囁かれ、アリアーナはヴォルドに身体を預けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ