沈黙の村.03
ノアと『A』は村の奥へと足を進めた。
井戸の水が澄んでいること、屋台の食材が腐敗していないこと――村の時間が止まったかのような違和感。それを確かめるために、さらに調査を進める必要があった。
「何か、おかしなものがないか探そう。」
ノアの言葉に、『A』は頷くと、静かに周囲を見回し始めた。
◆
二人は、村の外れにある大きな建物の前に立っていた。
「……ここは?」
「集会所です。村の人たちが話し合いをするときに使っていました。」
ノアは扉に手をかけた。ぎぃ、と軋む音を立てながら、重い扉が開く。
中は広い空間が広がっていた。木造の長机が並び、中央には大きな炉がある。だが、やはりここにも人の気配はない。ただ、埃の積もり方が微妙に不自然だった。
(ここだけ……時間が動いていたみたいだな。)
ノアは奥へと進みながら、室内を見渡した。そして、ふと、壁際に積まれた書類の山が目に留まる。
「これは……」
彼は一枚を手に取り、軽く埃を払いながら目を通した。
そこに書かれていたのは、村の状況を記した記録だった。
『〇月×日 住民の数名が体調不良を訴える。症状は倦怠感、微熱、めまい』
『〇月×日 同じ症状を訴える者が増加。現在、村の三分の一が影響を受けている』
『〇月×日 感染症の疑いあり。外部との接触を制限する』
『〇月×日 発症者全員が昏睡状態に陥る。原因不明』
ノアは眉をひそめた。
「やっぱり、急に眠りに落ちたわけじゃなかったんだな……。」
村の人々は、まず体調を崩し、それから昏睡状態に陥った。つまり、何かしらの”段階的な影響”があったということだ。
『A』も隣で書類を覗き込みながら、唇を噛んだ。
「……私は、この段階ではまだ村にいました。でも、私の知る限り、誰も原因を突き止められなかったんです。」
ノアは手元の紙束をさらにめくる。すると、後半の記録には妙な文章があった。
『〇月×日 “風”が重い』
『〇月×日 “囁き”が聞こえる』
『〇月×日 記録を続けるべきか分からない』
最後の数枚は、書きかけのまま途切れていた。
「……どういうことだ?」
ノアは思わず呟く。
風が重い?囁きが聞こえる?
まるで、目に見えない何かが村に影響を与えていたかのような記録だ。
(……これは、精霊の仕業か?)
まだ確証はない。ただ、ノアの中に生まれた違和感は、確実に何かを示していた。
彼は静かに書類を戻し、『A』と目を合わせた。
「この村で何が起こったのか、もう少し深く調べる必要がありそうだな。」
『A』は不安げに頷いた。
「……はい。でも、何か分かったんですか?」
ノアはまだ確信には至らない。だが、一つだけ言えることがある。
「この村の眠りは……ただの病気や呪いじゃない。“何か”が、意図的に繋がれている。」
ツナガリが揺らいでいる。
それが何を意味するのか、ノアはまだ分からなかった。
だが、この違和感の先に、答えがある。
「もう少し、この村を見て回ろう。」
そう言って、ノアは再び歩き出した。