扉の先.02
光が揺らめく。
ノアが足を踏み入れた瞬間、床の下から広がっていた淡い光が強まり、まるで何かが目を覚ましたかのように脈動を始めた。
「……開いた?」
ノアはゆっくりと息を整えながら、目の前の異変を観察する。
扉。
そう呼ぶにはあまりにも曖昧な存在だった。
木や鉄で作られた”物”ではない。そこには、空間そのものが切り取られたような穴が開いていた。奥は暗く、まるで底のない深淵のようだ。だが、不思議と怖さはない。むしろ、向こう側に何かが”繋がっている”という感覚が強くあった。
「ノアさん……すごい、本当に……」
『A』の声が震えていた。期待と不安が入り混じったような響きだ。
ノアは軽く肩をすくめ、扉の縁に手を伸ばした。何か固い感触を期待したが、指先が触れたのは空気のような、あるいは水面のような奇妙な抵抗だった。
「なるほどな……“ツナガリ”ってのは、こういう形にもなるのか。」
ノアはすでに確信していた。
この扉が”開いた”のは、ノア自身がツナギ屋としての本質を持っていたからだ。
ツナギ屋の力が、この扉を鍵として機能させた。
「行ってみるか?」
ノアは振り返り、『A』の表情を確かめた。彼女は少しの間ためらったが、やがて大きく頷いた。
「……お願いします。」
ノアは一歩、扉の中へ踏み出した。
次の瞬間、全身が引っ張られるような感覚に襲われ、視界が一瞬で白に染まった。
――ツナガリの先へ。
◆
目を開けたとき、そこには――世界が広がっていた。
目の前に広がるのは、静寂に包まれた荒野。
空は薄曇り、くすんだ光が大地を照らしている。草木はまばらで、どこか乾いた空気が漂っていた。
「ここが……異世界?」
ノアは深呼吸をして、土の感触を確かめる。確かに、ここは彼の知る世界とは違う何かがある。空気の質、光の色、肌に触れる風の感覚――すべてが微妙に異なっていた。
「すごい……本当に来れた……」
『A』が驚きと興奮を隠せない様子で周囲を見回している。その姿を見て、ノアは少し口元を緩めた。
「で?俺たちはどこに来たんだ?」
『A』は少し戸惑いながらも、遠くの地平線を指差した。
「……あの村です。私が探していた場所。」
ノアは視線を向けた。
そこには、沈黙に包まれた村があった。