いじめっ子バスターズ
「いじめっ子バスターズって知ってる?」
「何それ」
みんなが真由美を見る。
「その人たちに頼むと、いじめっ子たちを退治してくれるんだよ」
「マジ?」
「マジ、今ネットで話題になってるんだ」
「へぇ~、あたし頼んでみようかな」
瞳が言った。
「なんでよ。あんたいじめる側じゃん」
麻美がそんな瞳にツッコミを入れる。
「ひど~い」
瞳がおどけるようにしてむくれると、みんな笑った。
「・・・」
そんなたわいない話に盛り上がる同級生たちの話を、久子は自分の机に一人座り、黙って聞いていた。
「いじめっ子バスターズ・・」
久子の中に何か感じるものがあった。
その日、学校が終わると、久子は家に帰ってすぐにネットで調べてみた。
「あった」
ネットの中を様々探すと、とある掲示板にその話は出ていた。いじめっ子バスターズは、ネットの中のその界隈ではかなり有名な存在らしかった。
「XYZ・・」
ネットの掲示板には、その記号を書いた紙を最寄りの駅の掲示板に貼るといじめっ子バスターズがやって来てくれると書いてあった。
すぐに久子は、最寄りの駅に走った。この時代に掲示板なんてあるのかと訝しみながら探すと、掲示板はあまり人の通らない駅の地下道の片隅にあった。もうだいぶ古びていて、もはや誰も使っていない感じが見てすぐに分かるほどにそれはさびれていた。貼られているチラシなどもかなり古く、紙も黄ばみ、ところどころ破れている。それでも、直す人もいなくそのまま放置状態になっていた。もう何年もろくろく使われていないのがそれだけで分かった。
「XYZ・・」
久子は、そんな掲示板の片隅にネットに書いていた通り、ドキドキしながら家でXYZと書いた小さなメモ帳の一片を貼った。
「・・・」
そして、誰にも見られなかったかと、辺りをきょろきょろと見回してから、足早にその場を去った。
その帰り道、久子は心臓の鼓動がとまらなかった。
「おすわり」
「・・・」
「おすわりっ」
「・・・」
久子は黙ってその場に硬直したように立ち尽くしていた。
「ほらっ、おすわりっ」
かなりきつい口調で、苛立たし気に麻美がそんな久子に言う。
「昨日教えただろ。なんで出来ねぇんだよ。もう一度行くぞ。おすわりっ」
麻美が、眉間に皺を寄せて睨むように上から久子を見る。麻美は背が高く、久子は小柄だった。
「・・・」
久子は、ゆっくりとトイレの床に膝をつく。
「おお、いい子いい子」
その姿を見て麻美がうれしそうな顔をする。
「やればできんじゃん」
麻美がトイレの床に膝まづいた久子の頭をなでる。
「次何教える?」
麻美の隣りの律子がにやにやと笑いながら麻美の肩越しに言う。
「チンチンとか」
瞳が言った。
「いやぁ~、卑猥~」
真由美がおどけると、そこでみんな爆笑した。
「あっ、そろそろ授業始まるよ」
笑いが収まると、早苗が言った。
「次、社会の野田だぜ」
瞳が言った。
「それはやばいっ」
麻美が言った。
「急ごうぜ」
真由美が言うと、みんなが出口に向かって歩き出す。
「じゃあ、明日までに覚えとけよ。チンチン」
最後に、瞳が振り返り久子にそう言って、麻美たちは去って行った。 残された久子は悔しさで拳を固く握る。その目には涙が滲んでいた。
「・・・」
久子はしばらく動くこともできずその場に立ち尽くしていた。悲しみと屈辱が久子の胸いっぱいに広がる。
「・・・」
悔しくて悔しくて、もうどうにかなってしまいそうだった。
「いじめっ子バスターズなんて全然来てくれないじゃん」
涙を落としながら久子は悔しそうに呟いた。久子が駅の掲示板にメモ帳を貼ってから、もう一か月が経とうとしていた。
「紙が小さかったのかな・・」
久子はぼそりと言った。しかし、まだ、どこかで期待している自分もいた。いじめっ子バスターズは、今の久子にとって唯一と言っていい希望だった。
「やっぱり、ただのネットの都市伝説だったのかな・・」
薄々そうと気づきながら、気づかないようにしていた。それに気づいてしまえば、久子は絶望するしかなかった。
「バカだな・・、私・・」
久子は一人呟いた。ネットの情報なんて、ほとんどが嘘かデマだ。そんなこと、小学生でもみんな知っている。
「はあ・・」
ため息が漏れる。もう死んでしまおうか。そんなことを久子は考えた。それは今回が初めてのことではなかった。自分が自殺すれば、彼女たちのいじめが発覚して、彼女たちは糾弾される。そんな夢想を、久子は、繰り返し繰り返しするのだった。
「あの子たち?」
「えっ」
その時、ふいに久子の背後の個室から声がした。久子は慌てて振り返る。
「・・・」
そして、その声のした個室の扉を見つめる。その扉は閉まっていた。
「いつの間に・・」
確か、麻美たちと自分以外誰もいなかったはず・・。久子は思った。
「あの子たち?あなたが退治して欲しいいじめっ子って」
また個室の中から声がした。しかし、声だけだった。扉は閉まり、その姿は、そこからは出てこなかった。
「は、はい、そうです」
久子は、驚き慌てて答える。
「全員?」
「えっ?」
その声は女の子の声だった。多分、久子とそれほど変わらない年・・。
「全員やるの?」
「え、あ、はい、お願いします」
「了解、依頼は完了した」
「えっ、あの・・」
久子は突然のことに、未だに何が何やら分からない。
「あの・・」
久子は、何か色々聞きたいと思うが、何を言っていいのか頭が混乱して言葉が全然出てこない。
「・・・」
個室の声は沈黙している。
「あなたは、いじめっ子バスターズですか」
久子は恐る恐る個室の中の声に訊ねた。混乱した久子は、単刀直入なそんな言葉しか出てこなかった。
「・・・」
しかし、答えはなかった。そして、その姿も、やはり、個室からは出てこなかった。変なことを訊いてしまったのかと、久子は不安になる。
「依頼がいっぱいあるの」
「えっ」
突然また声がした。
「いじめが全国あちこち、後を絶たなくて・・」
「は、はあ・・」
「だから、遅れちゃった」
「は、はい・・」
久子の頭は混乱するばかりだった。
キ~ン、コ~ン、カ~ン・・
その時、始業のチャイムが鳴った。
「あっ」
久子は慌てる。授業には戻らなければならない。次の授業は、怖い社会の野田だった。
「あ、あの、私教室に戻らないと」
個室の扉に向かって久子が言う。
「・・・」
返事はなかった。
「あの・・」
時間がなかった。
「す、すみません」
久子は、個室の子が気になったが、どうしようもなく、慌ててトイレを後にし、教室に戻った。
次の休み時間、久子はまたトイレに行って、声のした個室の中を覗いてみた。
「・・・」
そこには誰もいなかった。そこはいつもの何の変哲もない個室のトイレだった・・。