幼き日の魔王
両手にパンを抱え住宅を走る幼子が居た。
それは幼き日の魔王。彼がまだ魔王と呼ばれる前の記憶である。その日の魔界はまだ統一されていなかった。様々な王がそれぞれで統治を行っている。
魔族である彼らに戦争以外の選択肢は無く、魔界は戦火が絶えること無く降り注いでいた。そんな中魔王として君臨したものがこの人物。だがそれはまだ先の話で今はまだ1人の幼気な男の子だ。
魔王は追われていた。二人の魔族に。彼らは魔王から食料であるパンを奪われたのだ。追っているのは店の魔族だ。
「今日という今日は許さねぇぞ」
魔王は泣きそうになりながらも追っ手から逃げる。
魔族から魔王に向けて魔法が放たれた。業火である。
ソフィアのいる現代でも現役で使われているその魔法は、多少古い構造をしているも、おおよそ今と何ら変わりない術式をしている。
魔王は後ろを振り向くと、炎が飛んで来ていることに気付き、左に飛んだ。
「うっ」
業火が魔王の右足をかすった。それだけでも魔王の右足にその火は燃え移りメラメラと徐々に体へと広がっていく。魔王は何とか自分の体にその火を消化させようとするが、業火は既に魔王を包み込んだ。
「ま、及第点と言ったところね」
その少女は空を飛んでいた。逃げていた魔王を見て彼に対してそう呟いたのだ。その少女の声が魔王が居たはずのその通路へと響く。次の瞬間には業火は何事も無かったかのように消えていた。彼女が指を鳴らすと魔王はその路地から消えてどこかへと転移していくのだった。
魔王が目を開くとそこは秘密基地だった。魔王達が住んでいる場所だ。
「何回見付かってんのよ。あんたが見つかることで私達が行動しにくくなるのよ」
そこにはゴスロリ姿の少女が居た。所々の装飾品、煌びやかなドレスにその少女の性格が現れているようだった。彼女の名前はレナだ。この親が居ない孤児グループのリーダーでありこの中で一番年上でもある。そんな彼女は他のみんなの姉として慕われている。
「ごめんよ……」
魔王は落ち込んだ顔をして落ち込みながら言った。
「まぁいいわ。次からは気を付けなさいよね」
レナはそう言ってその部屋から出ていくのだった。
「まあ、姉さんも本気で言ってるわけじゃねぇと思うぜ?そんな落ち込むなって」
そうしてその部屋から出てきたのは魔王と同じぐらいの男の子。力だけが取り柄の魔族だ。彼の名前はガロム。
「そうよ。落ち込まないで、実際お姉ちゃんはあなたの事をずっと気にかけてるわ」
そのガロムの発言に続ける様に入ってきたのは天使のような可愛らしい顔をしている少女だ。その見た目は完全に普通の人間の少女のものなのだが、所々に見える黒と赤の模様が人間では無い事を示している。名前はメリアと言う。
ガロム達がそんなことを話しているとレナが急に部屋に戻ってきた。
「ちょっとあんたたち何勝手なこと言ってるのよ。そんなこと言ってこいつが調子に乗ったらどうするのよ」
レナはそう言って叱っているも、若干その頬は赤く染まっている。
「別にいいじゃない。私達が勝手に言ってるだけなんだから」
「そうだぜ姉さん。こいつが調子に乗るなんてことはねぇよ」
「そうよ、お姉ちゃんが心配性なだけ」
そんな3人のやり取りを見て魔王は思わず笑い出す。
「まぁいいわ。ご飯食べましょ」
そう言って魔王たちは街から盗んできたパンを貪り食い、腹を膨らませる。
魔王達は全員が同じ量を食べている。しかしレナだけは物足りなさそうだ。彼女はもうすぐ十二歳になる。食べ盛りでこの程度ならば足りぬのだろう。
魔王が店主に見つかるのもそれが原因である。食べ盛りの姉の為に限界まで取ろうとするから。
「お姉ちゃん。これあげる」
メリアはそう言うと自分のパンをレナへと渡した。
「い、いいの?」
「うん。私もうお腹一杯だから」
「ありがとう」
レナはメリアからパンを受け取るとそれをゆっくり食べ始めた。メリアのそれが嘘なのか本当なのかは分からない。だがそのどちらだとしても魔王の決意は硬い。食料は自分に任せてと言った以上そこで不満を持たせる訳には行かない。
「ねぇお姉ちゃん。次見つからなかったら褒めてくれる?」
「うん。いっぱい褒めたあげる」
そんな魔王の願いにレナは二つ返事で了承する。
「じゃあ、私もう寝るわ」
そう言って彼女はその部屋を出ていった。魔王がその後を追おうとするとガロムに止められたので仕方なく魔王も部屋に戻り眠りにつくのだった。
***
今日も魔王は食料を調達しに街へ出ていた。最近は近くだと警戒が強い。だから魔王は少し遠くの店に行くことにした。
魔王は街を走る。彼は店を探すことに必死で横から来る魔族に気付かずに衝突してしまった。魔王はその衝撃で少し吹き飛んでしまう。
「ご、ごめんなさい」
魔王はぶつかった女性に謝る。魔王がぶつかった女性は魔法使いのような格好をしており、その外見はお姉さん。その一言に尽きる。この世の全ての人のお姉さん像を一つに集めたかのような美しさを秘めていた。
「あら、大丈夫よ」
その女性は魔王の頭を撫でながらそう言った。
「それよりボク、一人でこんな所までどうしたの?」
その女性の質問に魔王は答えようとするも言葉が出てこない。
「えーっと、ちょっとお使いに」
「あら、そうなの。頑張ってね」
彼女は手のひらをヒラヒラと振ってこの場から立ち去るのだった。
魔王は気を取り直すと、再び店を探す。魔王の目に入ったのはほかの店とは明らかに違う大きい建物だ。大きな箱型の建物でその建物の上部にはこれでもかというぐらい大きいロゴが付けられている。
その店は魔王のいる国の中でも一番大きな店であり、様々な種類のものが置いてある。魔王はそこならば食料もあるだろうと店の中へと入っていく。
魔王が店に近寄ると外観からこの世界では見慣れないものだったのである。そうその建物には数えきれないほどのガラスが張られていたのだ。貴重なガラスをこんなに使うことができるお店に孤児の魔族が入れてもらえるわけがないそんなことは理性ではわかっているのだが魔王は招かれる様にその店に入って行ってしまった。
店の中に入ると、そこには様々な物が置かれていた。服、武器、食料などだ。しかしどれもこれもが高そうである。しかしそんなことよりもこの店の内装は異常だった。建物の中だというのに太陽の真下であるかのような光に包まれているのだ。それを可能にしているのは天井に付けられた光を放つ筒。それはどれだけ目を凝らしてみても魔力を持っているようには思えない。考えてもわからないことを悟った魔王はそれについて考えることをやめた。
この建物は広い。だから店員も全ての場所を見れる訳では無いだろう。魔王はそんな安直な考えで店の中を歩き始める。
魔王が歩いていると食料が売っているエリアまでにやって来ていた。そこには魔王がこれまで生きてきた中で見たことがないような豪華な食材たちが並んでいた。それもそのはずこの店はこの戦乱のさなかであろうとも一定以上の富を有する魔族たちに向けた店なのだ。
魔王はついその見たこともない食材に目移りしてしまう。魔王はブンブンとその顔を振るとその頭に湧いた欲望を振り払う。魔王は知っていたここで欲張れば最終的に何も得られないことを。そんなものはこの世界では飽きるほど見る光景だ。
魔王が探しているとそこには所謂生鮮コーナーと呼ばれる場所にやって来ていた。そこには生の肉が売ってある。魔王はあたりを警戒しながら見回す。そして人がいないことを確認すると、その商品たちを魔法陣の中に収納した。
そして魔王は誰かに気付かれる前に店から出ようと駆けるのだった。
「ねぇボク、何してるのかな?」
そう言って彼女は魔法陣から先程収納した商品をその場に出した。それはどう見てもこの店の物だ。それよりも人の魔法陣から無理矢理物を取るなんて尋常な技術では無い。
「お使いに来たんじゃなかったの?」
そんな女性の問いかけに魔王は何も言うことができない。
「ねぇ、ちょっと着いて来なさい」
彼女は魔王の手を掴み店の裏側へと連れ込むのだった。
「で、なんであんなことしたのかな?」
その女性は魔王にそう聞く。しかし魔王には答えられない。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい。じゃなくてなんでか聞いてるのよ」
そう言って彼女は魔王の前にしゃがむ。
「ねぇ、食べ物を買うお金が無いの?」
その言葉に魔王はビクリと震える。それを見て彼女はより強く詰め寄る。
「ちょっと来なさい」
魔王はその女性に半ば引きづられる様にして更に店の奥にまで連れて行かれる。そこには数十個の本棚が置いてあり、その中には魔導書が並べられていた。彼女はその中の一つの魔導書を手に取ると、そのなかのあるページを破いて魔王に手渡した。
「ねえ、身近な人に魔法を使える人はいる?もしいるのならその人にこれを見せて頂戴。これがあなたたちの役に立つから」
魔王は店員の女性にお礼を伝えると、そそくさと住処まで帰るのだった。
魔王は秘密基地につくと、すぐにその魔法陣の描かれた紙をレナに見せた。
「一体どこの誰にそんなのもらってきたのよ」
魔王は今日の出来事をすべて隠さずに話した。
「そんな怪しい店の店員の言葉なんか信用して大丈夫なのかしら」
レナがそう疑問を持つも、その疑問を払拭するようにメリアが会話に入り込んできた。
「私聞いたことがある。突如として現れた謎の店。それは一晩のうちに建ち摩訶不思議な術を使う店主が営んでいると。なんでもその店主は異世界から来たといううわさが」
「眉唾ものよ。そんなのあるわけないじゃない」
「じゃあ私がその魔法を使う。何かあったら助けてね。お姉ちゃん」
「ちょっと待ちなさい。そんな安全かどうかわからないもの許すわけ……」
レナが止めに入るも聞く耳を持たずメリアはその魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。
するとその魔法陣が魔力によって光り輝く、その瞬間レナはメリアと魔王、そして自分に魔法壁を纏わせた。
前が見えぬほどの光が収まり目を開けるとその紙の上、正しくはその魔法陣の上に大量の食材が生み出されていたのだった。