魔王の真価
ソフィアは森を駆けていた。大勢の猿を引き連れながら。
「私が呼んでおいてなんだけど、ちょっと居すぎじゃない?」
ソフィアは飛びかかってくる猿達を軽々と吹き飛ばしている。突進してきた猿をひょいと躱しその首に手刀を叩き込む。その間に後ろに回っていた猿がソフィアにパンチを繰り出す。
「見えてるわよ」
首を捻ってそれを避けるとその腕を掴みグルグルと回転して投げ飛ばした。
更に左右から同時に突撃してくる。それを飛び上がり回避するとその二体を両手で一体づつ掴み、クルリと宙で縦に一回転してその勢いのまま地面に投げつける。
「めんどくさいわね」
ソフィアは軽く火の魔法を発動すると、それを周りに何発か撃ち込んだ。その魔法は最低位ではあるもののソフィアの魔力量とその特殊な性質が合わさって威力はそこそこのものとなった。
ソフィアの火の魔法に触れた猿たちは手足を振りながらじたばたとしてその火を消そうと頑張っている。
「ねぇ隠れてないで出てきたらどうなの?」
ソフィアは誰も居ない空間へと言葉を発した。一瞬の沈黙の後、木の影から怪しげな仮面を被った男が現れた。
「この大量の猿あんたの仕業なんでしょ?」
仮面の男へとソフィアが言葉を投げかける。ソフィアは何を知っているのか、そんな質問を問いかけた。
「大人しく白状するなら痛い目には遭わなくて済むわよ」
そう言いながら目の前の男に向けて業火を放つソフィア。
「白状?する訳が無い。我々はかの御方の加護を受けし選ばれた人間なのだ。私が頭を下げるのはかの御方に対してのみ」
その男はソフィアが放つ業火を片手だけで跳ね除けた。その飛ばされた炎は周りにいた猿に向かって行った。
「せっかく呼んだのに可哀想なことするのね」
一瞬の内に男に肉薄するとその腹に拳を叩き込む。だがその男は何事も無かったかのように動じない。それどころかソフィアに対して反撃を繰り出してきた。
まさか反撃に出てくると思わなかったソフィアはその一撃をその頬にモロに喰らってしまう。
「痛ったいわね」
ソフィアは殴られた方と逆の方へとその勢いで側転のように倒れ、そして上がった脚で男を蹴り上げる。
意識外からの不意の一撃。それに反応すること無く男は無防備な身体に対しての攻撃を許してしまう。
「お返しよ」
ソフィアはくるりと後ろ方向へ回転すると着地し体勢を整えると男に問いかけた。
「あんた一体何が目的なの?こんなとこに魔物を放って」
「我々の目的は蘇りし、かの御方。まだまだ人と魔族が争っていたほど昔。その頃の魔王様にもう一度この世を統一していただく為に活動している」
「魔王ねぇ。案外魔王様はそんなこと望んでないかもしれないわよ」
「望む望まぬでは無い。魔王とはそういう存在なのだ」
男はソフィアの方へとその肉体から繰り出すには余りに異常の速度を伴い、痛烈な一撃を放り込む。
「あんた、ちょっとは強いみたいね」
ソフィアはその拳を受け止めてそう言った。
「魔王様の為にも、貴様はここで死んでもらおう。魔王様の脅威となりうる存在はこの学院には要らぬ」
「そう簡単に死ぬつもりはないわよ」
ソフィアは男の拳を掴んだまま、素早く身を翻して相手の腕を背中側へと捻じ上げた。男は痛みに顔をしかめたが、すぐさま魔力を纏った足で地面を蹴り、ソフィアの拘束から逃れようとする。
「魔王様の脅威だなんて、大袈裟ね。私はただ、平和に暮らしたいだけよ」
ソフィアは男の動きを予測し、間一髪で飛び退いた。彼女の瞳が鋭く光る。
「平和?笑わせるな。魔族と人間が共存できると本気で思っているのか?」
男は嘲笑いながら、手から黒い霧のような魔力を放出し始めた。周囲の空気が重く、鈍い音を立て始める。
「それこそ、あなたが作り出した偏見じゃない?その魔王様が居た時代よりは確かに平和になってるわよ」
ソフィアは慎重に男の動きを観察しながら、自身の魔力も高めていく。彼女の周りに淡い青白い光が揺らめき始めた。
「甘いな、お嬢さん。表面上の平和なんて、いつまで続くと思っている?無理矢理その形を保とうなどといつかは崩れ去るものだ」
男の放った黒い霧が、まるで生き物のようにソフィアに襲いかかる。
「じゃあ魔王による統治こそ力ずくで無理矢理なんじゃないのかしら」
ソフィアは叫びながら、青白い光の壁を作り出し、黒い霧をはね返した。衝突した魔力が激しく爆発し、周囲に光と闇が乱舞する。
「口だけでは無いようだな」
男はそういうと懐から一つの小瓶を取り出した。その中には大量の赤い薬が詰め込まれている。その中身を乱暴に取り出すと個数も数えずそれを一気に飲み込んだ。
ムクムクと膨れ上がる筋肉、典型的な魔族のような角。全てを見通すような赤眼。さっきまで人間そのものだった彼は、恐ろしい魔物へとその姿を変えた。
「これだから、力づくっていうのは嫌いなのよね」
ソフィアは作り笑顔を止めた。
「顔から余裕が消えたぞ」
男は地を蹴り一気に距離を詰めてくる。その剛腕からは信じられない速度でその拳がソフィアに迫った。
それに対しソフィアは自分自身に強化の魔法をかける。一直線に単調に迫り来るその拳に対し、ソフィアの華奢な一撃は回り込むように距離をかけて進む。しかし先に届いたのはソフィアの一撃。
「肉体強化か、小癪な真似を」
咄嗟に防御と受け流しを取った男だが、思ったよりも強かったのかその威力に耐えきれずに数メートル吹き飛ばされる。
「あんたこそ、その薬は一体なんなの?」
ソフィアが立ち上がりながらの男に問いかけた。男はそれを鼻で笑い飛ばす。
「魔王様から授かりしこの力、貴様のような小娘に負けるわけが無い」
「あらそう?それはどうかしら」
ソフィアは男に向かって飛び、その土手っ腹に魔力を纏った拳を叩き込む。
男は姿勢を崩しながら、すんでのところでいなした。今度は男がお返しとばかりにソフィアに向かって蹴りを入れる。
「そんな遅い蹴りに喰らうわけが無いでしょ」
ソフィアは翻るようにして男の脚を回転して避け、男の脚を掴んだ。そして投げ飛ばす。男は木に足を付けるとその木を蹴りつけ跳躍した。高く飛び上がった状態で一回転して魔法を発動する。
「火炎」
メラメラと燃え上がる炎が熱滅せんとしソフィアに襲い掛かる。
ソフィアが手を横に薙ぎ、その魔力の込められた手に火炎は掻き消された。男は火炎で見えなかったか、突撃してくるソフィアへの対応が遅れる。
「強化」
魔法で強化された一撃が男の顔面に突き刺さる
「まだまだこんなものじゃないわよ」
その唇からは血が流れている。
男は顔を抑えながらゆっくりと立ち上がった。その肉体から、魔力が溢れ出し始める。
「貴様にこの姿を見せることになるとはな」
男の肉体から溢れ出る魔力が、その身体をさらに一回り大きくしたように見える。そして男の姿が変化を始めた。角が更に伸び、肌の色もより魔族のそれに近くなる。
その薬の力を吸収しているのだ。
「こうなったらもう後戻りはきかん。」
「どうやら、本気を出さないといけないみたいね」
ソフィアは静かに呟くと、彼女の周りにもどす黒い魔力が渦を巻き始めた。その光は暗黒で、凄まじい威力を感じさせる。
「ふん、その程度の魔力で何ができる?」
完全な魔族の姿となった男が嘲笑う。その腕は今や人間の二倍以上の太さとなり、全身から禍々しい魔力が漏れ出ている。
「見せてあげるわ」
ソフィアは両手を前に突き出し、魔法陣を展開する。
「強化」
作られた魔法陣が効果を発揮する。ゼンマイを回されたオモチャの如くソフィアの速度がグンと上がる。
「その薬で得た力、所詮は借り物よ」
「黙れっ!」
男は怒号と共に突進してきた。その拳は今や岩をも砕くほどの威力を持っている。
ソフィアの拳に拳が当たる。轟音と共に衝撃波が響き渡る。魔族となった男の拳と強化によって強化されたソフィアこの一撃が衝突したのだ。
「っ!?」
男は拳にズキズキとした痛みを感じる。薬により強化されたその腕はパンパンに腫れており、その血管は浮き出てきている。無理やりに増強された血流は触れただけでも激痛を走らせる。
「くっ...馬鹿な...」
男の体から力が急速に失われていく。もはや無理な強化により力を込めることさえ難しいだろう。
「うぐっ」
男は苦しそうになりながらも続けてまた小瓶に手を出した。更なる力を求めて。
ソフィアはそんな男に対して構えの姿勢を取る。薬の力で突撃してきた男に反撃を加えるためだろう。
震えた手で瓶の中の薬を全て取り出した。手のひらの上の薬の山それを一気に頬張る。
「グッ、ガッ、アガッ」
構えの体勢を取っていたソフィアの意志とは別に体が勝手に動いていた。その手のひらが男の喉を貫いていた。
ソフィアは困惑しながらもその手を引き抜く。ぐちゃぐちゃとした気味の悪い感覚が手から離れない。
喉を抑えながら苦しむ男を後目にソフィアは何故自分の体が無意識に動いたのか考えていた。
しかし何も思い浮かばず、そのまま視界が暗くなり意識を失ってしまう。




