新たなる強さを目指して
二本の剣を取り出したレーナを横目にナタリーは自分を鼓舞していた。
「大丈夫。私ならできる。大丈夫」
ナタリーが自分を鼓舞し終わるとナタリーの全身からふつふつと魔力が湧き上がってくる。その魔力に猿の魔物が怯えて竦んでしまう。だがその怯えも一時的で、それにも慣れたのか魔物がナタリーに襲い掛かり始めた。
「きゃ、来ないで」
そんなかわいらしい悲鳴とともにナタリーは両手を前に突き出す。その尋常ではない魔力が前方へと一気に移動したことでそれは大きな流れを作った。突風に吹かれたかの如く前の魔物は吹き飛ばされてしまう。
今度は右から猿の魔物がやってきた。それに対してナタリーは右側に手を振る。また魔力の流れによって風が吹く。それで魔物からは距離が取れるものの、それが奴らにとって致命傷になることはなかった。どれだけ吹き飛ばそうともまた向かってくる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよー」
ナタリーの悲痛なまでの叫び。恐怖からの防衛本能だろうか、自然とその声に魔力が込ってしまう。魔力の込められたその叫びに魔物たちは止まってしまった。多量の魔力それによってナタリーの発したその言葉に強制的な影響力が宿ったのだろう。魔物たちは腕を振るわせながら自分の意志とナタリーからの命令の狭間で抗っていた。
「ま、待ってくれたんですね。ありがとうございます。お礼として苦しまずに送って差し上げますね」
そういってナタリーは身動きのとることができない猿の魔物たちの顔面を「えいっ」という可愛らしい掛け声とその仕草で叩いていく。魔力の込められた拳にはありえないほどの負荷がかかり、その一撃は猿の頭蓋をも簡単に潰した。
ナタリーは留まることを知らず、次々と猿の頭を潰していく。だが猿も黙っていやられている訳では無い。少しずつナタリーの強制に抗っているのだ。
だがそんなことは気にせずナタリーはまた近くに居る猿に拳を振り下ろそうとする。そのままの勢いで振り下ろされたその拳は、これまでとは違って頭蓋に当たることは無かった。
それは猿の手によって防がれたのだ。防がれたといってもその手はぐちゃぐちゃに潰れているのだが、生き延びているという点では先程までとは大幅に違う。
相手が生き残ったことにナタリーは動揺してしまう。
「うぅぅ。ごめんなさい」
ナタリーは猿の群れから一歩後ろに飛んで下がった。後ろに下がったナタリーとは裏腹に猿の魔物達はナタリーに向かって飛んだ。
「キャーーーっ。辞めてください」
大量の魔物に飛びかかられナタリーは恐怖で尻もちを着いてしまう。そしてその恐怖で目をつぶった。
だがある程度時間が経ってもナタリーが痛みを感じることは無かった。恐る恐る目を開くと魔物たちの攻撃がナタリーに全くと言っていい程効いていなかった。相手の攻撃はポコポコと大人を叩く子供のようで、ナタリーの全身に張り巡らされた膨大な魔力がナタリーの体の頑丈さを底上げしているのだ。
「もー何してるんですかー」
ナタリーはダメージを喰らっていないことを確認するとほっと一息着いて、猿を押し返した。その一撃で光速で猿は飛んで行く、後ろにあるもの全てを巻き込みながら、数十の木を貫いたかと思えば、巨大な岩に激突して止まった。体は完全に潰されていた。
大量に巻き込んだことで少しは数が減ったのだが、それでもまだ少なくなった気はしない。
「こ、これじゃあキリが無いですよ」
「きゃ、きゃーーーーーーー」
ナタリーに向かって飛んでくる人影があった。目を凝らしてよく見ると、それはレーナである。
レーナはナタリーの柔らかな身体に包まれ、勢いが殺された。
「だ、大丈夫ですか」
「大丈夫よ。ちょっと数が多かっただけ」
レーナはそう言って剣を杖代わりに床に突き刺すと立ち上がった。だがそうは言うもののレーナは身体中が傷だらけである。
「ま、魔力も殆ど残ってないじゃないですか。私の魔力を分けてあげます」
ナタリーは両手をレーナの頬へと動かした。その顔を自分の方へ手繰り寄せるように近付けると、ナタリーもレーナに顔を近付けた。
「ちょっと、何すんのよ……んっ」
ナタリーはそっとレーナに口付けをした。何をされたのかすぐに理解したレーナは抵抗しようとしたが、身体に力が入らなかった。
それどころかだんだん気持ちが良くなって、口の中に入ってくる生温い感触に身を任せてしまっていた。
そうしてどのくらいの時間が流れたのだろう。最後にチュッと音を立てて離れると、レーナの顔は上気したように赤く色づいていた。
口移しによる魔力分配。それは本来効率の良いものでは無い。魔力を分け与えるだけなら単に魔法で行えばよいだけだ。だがナタリーは魔力は有り余っているのだが魔法はからっきしなのだ。
「あ、ありがとう」
レーナは気恥ずかしそうに礼を言うのだった。
「ね、ねぇこっちにもお願いできるかしら」
そう言ってレーナが差し出したのは二本の剣だ。その二つにもレーナの魔力を込めて欲しいということだろう。
ナタリーはそれに了承すると二本の剣を手に取りそれらに魔力を込めた。ナタリーが魔力を込め続けると、段々とその剣に変化が訪れる。
更に優美にそして力強く変わる。
二本の剣はそれぞれ天翔剣アストラルと覇剛剣ギガルドと呼ばれるものになった。レーナはその剣自体にその名を教えて貰った。
レーナは剣を構え直す。ナタリーの魔力で変化したその剣を。
レーナが剣を握りしめた瞬間、彼女の身体に新たな力が溢れた。それはナタリーから注ぎ込まれた魔力が、単なる武器に留まらず、レーナ自身と深く共鳴していたからだ。二本の剣はまるで生きているかのように微かに震え、その刃から青白い輝きが放たれている。
「これなら…」
レーナは微かに口元を歪ませ、もう一度剣を杖代わりにして立ち上がる。彼女の全身に走る痛みを押し殺しながら、彼女は猿の魔物たちに目を向けた。彼女たちの目の前には、再び猛然と群がりを作って攻撃の機会を狙う猿たちが立ちはだかっている。しかし、今やレーナの表情は以前のような焦りや不安ではなく、鋭い決意と自信に満ちていた。
「ナタリー、少し後ろに下がっていて」
レーナが低く告げると、ナタリーは戸惑いながらもその場から一歩引いた。レーナの背中から発する圧倒的な気配に、彼女も無意識に従ってしまったのだ。
レーナは天翔剣アストラルを高く掲げ、その刃先から放たれる青白い光が天へと向かって伸びていく。そして、彼女の足元に風が渦巻くかのように、周囲の空気が一変した。その様子に、猿たちも一瞬動きを止め、何かが変わったことを察知したようだった。
「この剣が教えてくれた…これで終わらせる」
レーナは静かに呟き、剣を一閃させた。次の瞬間、彼女の周囲にあった空気が爆発するように吹き飛び、猿の魔物たちが次々と宙へと弾き飛ばされた。天翔剣アストラルの力は、レーナの魔力と融合することで空を切り裂く一閃となり、群れを瞬時に粉砕したのだ。
だが、レーナはまだ動きを止めない。左手に持つ覇剛剣ギガルドを地面に叩きつけると、重低音の轟きと共に大地が震え上がり、彼女の周囲に巨大な裂け目が走った。その裂け目から漆黒のエネルギーが噴出し、近づこうとした猿たちを飲み込んでいく。
「次はあなたたちの番よ」
レーナが冷たく言い放つと、残った猿たちは恐怖に駆られたように後ずさりした。彼女の前に立つことがいかに無謀か、彼らにも理解できたのだろう。しかし、逃げる猿たちに対して容赦する気は一切なかった。彼女の瞳にはただ、勝利への道だけが見えていた。
再び二本の剣を交差させ、レーナは目の前に残された猿の魔物たちへと突進した。彼女の動きは風のようにしなやかで、剣の一振り一振りがまるで舞うように華麗だった。そしてその華麗さの裏には、致命的な破壊力が隠されていた。猿たちの抵抗はまるで風に散る枯葉のように儚く、剣の前では無力だった。
「これで終わりよ」
最後の一撃が決まった瞬間、戦場には静寂が訪れた。猿の魔物たちは全て倒され、辺りには静けさだけが残った。レーナはゆっくりと剣を下ろし、荒い息をつきながら周囲を見渡した。
「終わったの?」
ナタリーが恐る恐る問いかけた。彼女は未だに戦いの余韻に圧倒されているようだったが、レーナの顔には安堵の表情が浮かんでいた。
「ええ、もう大丈夫。これで少しは休めるわ」
そう言って、レーナは剣を収めた。彼女の肩にかかる疲労の重さが、その動作一つ一つに表れていた。ナタリーもようやく、彼女がどれだけの力を使ったのかを理解し始めたようだった。
「本当に…すごい。私ももっと強くならなきゃ」
ナタリーは拳を握りしめ、決意を新たにした。彼女の中に、戦いを見守っていた間に芽生えた新たな目標があった。
「これからも、私が力を貸してあげるわ。お互い、もっと強くなりましょう」
レーナの言葉にナタリーは大きく頷き、二人の間に新たな絆が芽生えた。
戦いは終わり、二人は互いの力を認め合いながら、次なる試練に向かって歩み出したのだった。




