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即興短編

のーきんマンの娘

 私が科学者になる夢を諦め、パン屋さんを開いたのは、29歳の時のことでした。人工知能の知識を駆使し、新しいパンを続々と発明し、売り出したものの新しすぎるパンばかり作ってしまう私は、大衆に理解されず、ふつふつと世界に対する悪意を胸に育てていました。


 父はヒーローをやっています。『のーきんマン』という名前をじぶんでつけ、名前通りの脳筋ゴリラの顔を堂々と晒し、岩のようにムキムキな身体にピッチピチの黒いレオタードを着て、町の平和を荒らす者を探して毎日パトロールに出掛けています。


 父がいたから私は悪の道に落ちることなく平和に社会生活を送れていました。町の平和を荒らす者など其実そのじつ滅多にいないので、タバコをポイ捨てする若者や、パチンコ屋で台をパンチするおじさん、新型アイフォンの購買列に割り込みするオタクなどが父の鉄拳を受ける主な対象でした。すぐ身近にマッド・サイエンティストの卵がいることに父は気づいてはいないようです。私も父を安心させようと、ヒーローの仕事の手助けをしていました。


 父にはヒーローとしての弱点がありました。脳がすべて筋肉ですので、乾くと柔軟性を失ってしまうのです。筋肉の70%以上は水分で出来ていることを御存知でしょうか? 水分を欠いた筋肉はまるで乾燥した高野豆腐のように柔軟性を失い、脆くなってしまいます。そこをもしも敵に狙われたら……!


 私は父に協力したくて、日夜研究を重ねました。父の力になりたい! 父の力になれたら! その思いだけが、私を悪の道に落ちることを防いでくれていました。


 そんなある日、父に敵対するヴィランが遂に現れたのです。


 彼の名は『はいきんマン』。濁点をつけるとばいきんマンになります。その名の通りの黒と紫の悪魔顔に、凄まじいまでの背筋の逞しさをもち、特にその僧帽筋そうぼうきんの美しさには目を見張るものがありました。


 私は彼に傾きそうになる自分を必死で押しとどめ、父を応援しました。


 彼らの戦いは壮絶なものでした。ビルからビルへと飛び移りながら、父が必殺の『のーきんパンチ』を繰り出せば、はいきんマンは立派な背筋をビシッ!と伸ばしてそれを弾き返します。


 私は地上から戦いを見守りました。お父さん頑張って! 負けないで、お父さん! はいきんマンさんも頑張っ……いえ、そんな声援を頭の中で送るしかできないように見えて、じつは私にも戦いの結果を左右するほどの重要な仕事があったのです。


「ヒヒヒ! のーきんマン! これをくらえ!」


 はいきんマンが卑劣な攻撃を繰り出しました。


 父の水分を吸い取るスポンジ攻撃です。ぽんぽんぽんぽんとやわらかいスポンジをいくつも投げつけては、はいきんマンは愉快そうに笑います。


「ううっ……!? 水分が……!」

 父が空中でよろめきました。

「筋肉が乾いて……もうだめだ……」


 柔軟性を失い、空から落ちそうになる父に、私は叫びました。


「お父さん! 新しい脳よ!」


「おお、娘よ! ありがとうの!」


 人工知能研究を独学で究めながらパン屋になった私は、人工の脳みそを利用した『脳パン』を開発し、商売に失敗していました。商売には失敗したとはいえ、私の作った『脳パン』は、本物の脳みそを超える計算能力と記憶能力をもっています。発明品としては大成功のしろものだったのです。


 私がべちゃりとそれを手に取り、ピシュリとそれを投げ、父がびちゃっと受け取りました。父は自分の頭部をじぶんでもぎ取ると、新しい脳をそこに装着しました。



 それから父は別人のようになってしまいました。



 娘である私の開いた斬新すぎるパン屋を受け入れなかった世間を憎み、はいきんマンさんと共に社会にいたずらをして回るダークヒーローになってしまいました。


 ドブ川を見るとゴミをポイと投げ捨て、パチンコ屋が不正をしていたら台を叩き割り、新型アイフォンの購買列を力ずくで一番先頭に割り込むような、そんなひとになってしまいました。


 なぜ……私はあの時、父に新しい顔でも新しい筋肉でもなく、新しい脳を投げてしまったのか。


 やはり父が脳まで筋肉だから、混同してしまったのでしょうか。




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― 新着の感想 ―
ムキムキな身体にピッチピチの黒いレオタード > むしろ秩序を乱してないか、それ? お父さん! 新しい脳よ! > コワイよ!? 自分の脳をもぎ取った時点でまだ動けるのがマジコワイ! それから父は別人…
[良い点] お父さん!新しい脳よ!・・・は、もう(笑)
[良い点]  読ませて頂きました。  内容がシュール?かつ、父ののーきんマン、敵のはいきんまんが、某国民的アニメのア◯パンマンのキャラ。そして最後、のーきんマンが自分で脳を引きちぎって、新しい脳を取…
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