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中学生のとき土下座をさせられていた話

 中学生のとき、私は土下座させられていた。

 いや、正確に言えば、私だけではない。

 学校のほぼ全員が、『挨拶の一環』として、土下座をさせられていた。




 朝の体育館。あるいは放課後の体育館。

 生徒たちは、集会などの理由で、よく並んで座る。

 確か、みんな正座をしていた。スカートがざらざらしており、異様に暑かったのをはっきり覚えている。


 先生が、生徒の前に立つ。


 生徒たちは、床に手をつき、頭を地面に付ける。それがこの学校の挨拶だった。


 当時は、それがおかしいなんて思わなかった。

 土下座のことは知っていたが、私たちのやっているこれは挨拶であり、土下座とは到底結びつかなかった。




 ある日、生徒の進学先の説明があった。

 進学先の説明は、体育館で行われた。

 つまり私たちは、この日もいつもの『挨拶』を行ったわけである。

 その日は、私の母も学校に来ていた。

 帰り道、よくなれた道沿いの川を眺めながら帰っていると、母が言った。

「土下座させるなんてびっくり」

 びっくりした。まさか私がしていたのが土下座だなんて、ちっとも思っていなかったのだから。

 当時の私は、あれは先生の言うとおり、『挨拶』または礼のようなものだと思っていた。


『土下座』の存在は知っていた。

 しかし、自分たちがやらされていた『それ』と土下座が、今まで脳内で結びついたことがなかった。


 母は、私の友達のお母さんと会話をしたらしい。

 生徒が土下座させられており、不快だったと。でも内申点の問題があるから、自分の子どもを人質に取られている気分……とも言っていたらしい。


 それでも自分の脳内では、『あれ』と『土下座』がまだイマイチ結びつかなかった。




 高校に入り、ある日私はなんらかの理由で先生に迷惑をかけてしまった。

 そして「ごめんなさいごめんなさい!!」と、床に手をつき、頭を地面に擦り付ける例の『アレ』を行った。


 その日のうちの出来事か、数日後の出来事か。それは覚えていない。

「ちょっ……なんでそんな簡単に土下座するの?」

 職員室の前で、誰かに言われた。高校の担任の先生だったかもしれない。

「えっっっそんなにおかしいですか?」

 私は話の流れで、中学生のときに行われていた挨拶について説明した。

「ママは土下座って言ってたけど、私はよくわからなくて。」

 そもそも私は本物の『土下座』を知らないし。

 私はその場で、正座をし、手を地面につけ、頭を地面に付ける『挨拶』を行った。

 すると、横から話を聞いていた先輩が、びっくりした感じで叫んだ。

「それ土下座だよ!! どこからどう見ても土下座だよ!!」




 あぁ、私は土下座させられていたのか。

 そのとき怒りは湧かなかった。なにかが、やっと、腑に落ちた感じだった。


 その後、担任の先生や先輩と会話をし、「あなたの学校異常だよ」と教えてもらった。

「っていうかやけに手慣れてるな」

 そう言われて嬉しかった。




 怒りが湧いてきたのは、それからしばらくしてからのことだった。

 私は土下座を『土下座だと知らずに』させられていた。

 土下座は、『人によっては尊厳をひどく踏み躙られる行為』らしい、というのが、時間が経つにつれて分かってきた。


 私の尊厳を踏み躙られる行為、に対しての怒りじゃない。

『人によっては尊厳をひどく踏み躙られる行為』を『そうと知らずに』させられたことに対しての怒りだ。


 でももう私は、たくさんたくさん、何回も何回も、土下座をしてしまった。

 何かあったらまた土下座をしてしまうかもしれない。

 もう『普通の感覚』は取り戻せない。


 いや普通の人間なんてこの世に一人もいないんだけど。

 それはそれとして、私は土下座に関しては『普通の感覚』を取り戻せない。


 もう戻れない。


 というか今でも『他人が土下座させられた話』が炎上しているのを見て「そんなに……?」となってしまう。


 こんな自分が悲しい。


 唯一救いだったのは、私が「『土下座がどれほど侮辱的行為なのか』分かっていない」作品を出す前に気づけたことくらいかな。

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