8話
「ほい、給料。」
「ありがとうございます!」
「やったわね、ルド!」
獣戦の次の日、特別ボーナスも入ったお給料を頂いて小隊全員でホクホク顔です。キシリカは指折りお金を数え、ロゼリアは大事そうにお金をしまいます。
「お給料貰うとか初めてです。」
「ルドちゃんは何か買うの?」
「うん? 色々買うつもりだよ。」
「それは良いわね。あ、そうだったわ! 二人共明々後日予定あるかしら?」
喜んでいたら唐突にキシリカが大声を上げます。
「? ないよ。」
「なら、三人でショッピング行きましょ!」
「え、いいね!」
「いいわねぇ。けど、行くならお金はちゃんと残しておかないといけないわよ。ちゃんと管理できる? 二人共。」
「もちろん!」
「もちろんよ!」
「うーん、不安ねぇ。」
ロゼリアがそう言うと、サリナ小隊長は肩を竦めながらロゼリアに話します。
「ロゼリア、こいつらもお金の管理ぐらい出来る歳だろう。もう十五だぞ?心配し過ぎじゃないか?」
「それもそうですね。」
どうやら納得してくれたようです。
「ところで二人はこの休みになにするの?」
今一番気になっていたことを聞いてみます。大森林戦も終わり、私達は四日間の休みと給料を得ました。各々やりたいことがあるはずです。
「私は家に帰って近況でも報告してくるわ。お父様が手紙を何回も送ってきててうるさいのよ。しかも、そろそろ帰らないとさらにしつこくなりそうなのよね。」
「私も一回家に帰るわ。妹と弟達に何か買って帰らないといけないのよ。それで、ルドちゃんは何するの?」
二人は迷惑そうな顔をしますが、それでも少し笑顔が漏れています。本当は会いに行けて嬉しいのだと思います。
「私は報告する人も居ないし、久し振りにのんびり過ごそうかなと思って。後はシエル団長にプレゼントを。」
「いいわねぇ。あ、そろそろ行かないと出発の時間に間に合わないわね。」
「あ、私もねぇ。」
「じゃあ見送るよ。サリナ小隊長、先にお暇させていただきます。」
「おう、またな。」
「はい。」
―――
「それじゃまた会いましょう、ルド。」
「またねぇ、ルドちゃん。」
「うん、また。ショッピング楽しみにしてるね。」
キシリカとロゼリアに手を振ってしばしの別れを告げると、騎士団の入口に一人取り残されます。
「ふぅ、行こっと。」
私は今日は近辺でシエル団長に渡すプレゼントを探す予定です。道に迷わないよう気をつけたいところです。
―――
「騎士さん、こんにちはー!」
「こんにちは。」
道を特に目的地も決めずに歩いていると時々挨拶をされます。元気よく挨拶してくれると嬉しいです。
「あら、ルドちゃんじゃない。」
いつの間にかいつも来てる八百屋さんの前まで来ていたようでいつもの店員さんに声を掛けられます。
「あ、お久しぶりです。」
「何か買ってくかい?」
「あ、すいません。今はちょっと探しものをしてて。」
「ん? 何探してるんだい?」
「その、初めてお給料が出たのでお世話になった方に何かお礼の品を、と思いまして。」
「何、好きな人かい?」
「ち、違いますよ! ちゃんとお世話になった人です。」
「んー、プレゼントかい。なら、あそこに行ってみるのはどうだい?」
「あそこ?」
「ほら、ちょっと先の方にある古代遺物店。」
「あ、あれですか。」
店員さんの言う通り八百屋さんの少し先に懐中時計のような看板を提げたお店があります。
「あそこには少し特殊な物が揃ってるんだ。きっと良いものが見つかるんじゃないかな?」
「ありがとうございます。行ってみます。」
「どういたしまして。代わりに今度は何か買っていってね。」
「はい、もちろん!」
古代遺物店、一体何が置いてあるのでしょうか?
―――
扉を開けるとベルの音が鳴ります。
「いらっしゃい。」
店の中は少し埃を被っていますが棚の上に置いてある商品はまるで輝いているかのように見えるほど綺麗に手入れをされています。
「こんにちは。」
店員さんは眼鏡を掛けたご老人で優しそうな雰囲気を感じます。カウンターの上で水晶?か何かを磨いています。
「わぁー!」
棚の一角に沢山の宝石が並べられたスペースがあります。全てライトに照らされて様々な色に発光しています。
「きれい…。」
その中に一つ光を当てると虹色に輝く宝石があります。少し高いですがこれをシエル団長が着けたらきっと綺麗なんだろうなと確信できる物です。
「これを一つ買います。」
「はい、毎度あり。他にもなにか買っていくかい?」
「あ、聞いてもいいですか? …その、古代遺物って何なんですか?」
「知らないでこの店に来たのかい?」
「はい。」
「なら教えてあげよう。」
そういって店員さんは古代遺物について説明をしてくれました。
「古代遺物ってのはね、かつての文明が遺した、現代の技術では再現不可能の物体の事を言う。」
「かつての文明、ですか?」
「あぁ、何万年も昔の文明さ。とっくに滅んじまったがね。それの遺産が黄金の国でよく取れるのさ。それをウチで売り捌いてる。」
「なるほど。例えばどんな古代遺物があるんですか?」
「昨日入った良いのがある。これだ。」
そう言って見せてくれたのは四角い箱のような形状にレンズの嵌った円状の筒が付いた…カメラ?
「え、これって。」
「カメラっていうのさ。一瞬でその場の風景を紙に写せる優れもの。これで思い出を保管できる。」
「何で…?」
私が元居た世界の物と同じ名称、形状、機能。つまり、かつての文明は私の世界と変わらない技術レベル?
「これ、幾らですか?」
「さっきの宝石と同じくらいだね。」
痛い出費ではあるけれどこれを逃したらまずい気がする。転移したから今までこの世界について調べる機会なんてなかったけどこれは、何か大事なものになる。そんな直感を信じるべきだと思う。
「買います。」
「即決だね? 見たことでもあったのかい?」
「はい、多分。」
単純にキシリカやロゼリア達との思い出を形に残したいという気持ちもある。
「古代遺物を即決かい、んー。」
カメラを即決で買うと何やら店員さんは難しい顔をして考え始めました。
「チェス、しないかい?」
「チェス、ですか?」
「あぁ。一局付き合ってくれないかい? そしたら良いものをあげよう。あ、そもそもルール分かるかい?」
「まぁ、多少は知っています。…一局だけですよ?」
「そうこなくちゃ。」
知ってはいますが本当にゲームが出来る最低限だけです。なのでおそらくすぐに…? チェス?
「騎士さんはオリジナ出身なのかい?」
「いえ、別の国からです。」
「そうなのかい? 若いのに、旅でもしてるのかい?」
「そんなところです。」
「なら、この国が起源の国と呼ばれているのは知ってるかい?」
「いえ、知りません。起源の国、ですか?」
「そうだ。この店で売っている古代遺物を生み出した前文明。それが滅んでから初めて生まれた国がここ、起源の国オリジナだ。」
「なるほど、初めて生まれたから起源の国。」
「その通り。だが、前文明が終わらなければこの国が起源と呼ばれることはなかった。つまり、起源と終焉は表裏一体なのさ。」
「?」
「チェスに付き合ってくれたお礼だ。これをあげよう。」
そう言いながら店員さんが渡してくれたのはもうボロボロになってしまった紙切れ。しかしそれは私にとって価値のあるものでした。
「これって!?」
「私より騎士さんの方が必要そうだったからね。遠慮なく持っていきな。」
紙切れに書かれていたのは前文明の世界地図。私にはそれがただの地図だとは思えませんでした。なぜならその世界地図は私の元いた世界の、地球の世界地図とそっくりだったからです。
―――
「只今戻りましたー。」
「ルドか、おかえり。」
「はい。ただいまです。」
古代遺物店で地図をもらった後、シエル団長の家に戻ってきました。騎士団に正式加入して以来戻って来ていなかったので約一ヶ月ぶりです。
「お茶でも入れよう。」
「ありがとうございます。」
シエル団長が程よい熱さの紅茶を入れてくれます。
「今日はどこへ行っていたんだ?」
紅茶を飲みながらシエル団長が尋ねてきます。
「少し買い物に行っていました。初給料日だったので。」
「楽しかったか?」
「もちろん。そういえば、二日後にはキシリカ達とショッピングに行く約束までしたんですよ。」
「騎士団で楽しく過ごせているようで何よりだ。誘った者の立場としてはルドが騎士団に馴染めるか不安だったからな。」
「騎士団、楽しいですよ。毎日。」
「それは良かった。」
「その、シエル団長? 少し話したいことがあるんですけどいいですか?」
「? あぁ、もちろん。」
そうして私が話したのは古代遺物店で買ったカメラのこと。それと前文明の世界地図が地球の世界地図と完全に一致していたこと。
「名前、機能、形状の全てが知っているものと全く同じカメラ。さらには世界地図まで一致しているのか。流石に偶然で片付けるには無理があるな。」
「それに、古代遺物店でチェスをしたんですがそのルールまで同じでした。それで、この世界に来てからのことを思い出してみたんです。そしたら、」
「この世界と地球ってそんなに変わらないんじゃないかって思ったんです。」
思い返してみれば、おかしいんです。地球基準で言えばこの世界はまだ中世とか、少なくとも近代にはなっていない。そんな、まだ発展途上の世界のはずです。けれど、
「私は今までこの世界で暮らしてきて文化の違いで苦しんだことがないんです。時代どころか世界が違うのに。」
「じゃあ、一番違うところはどこなんだ?」
「スキル、それと魔物です。こんなもの、地球ではフィクションでしかありませんでした。」
「そうなのか?」
「はい。スキルって一体どこからやってきたんですか? 一体何なんですか?」
「考えたこともなかったな。私達は生まれたときからスキルという概念を当たり前の物だと思っている。筋力や知力などと同じようにその人に与えられた才能の類だと。」
スキル、いやこの世界について知ることは私が地球に帰るためにはいらない情報かもしれない。騎士団に入って鍛えていれば黒布の男が言ったように自然と帰ることができるようになるかもしれない。
「分かった。調べておこう。」
けど、これだけ強いシエル団長が空間にひびを開けられないのに私が開けられるわけがない。なら、
「お願いします。私は、この世界について知っておくべきだと思うんです。」
―――
前文明についての話が一段落した後、古代遺物店で買ったプレゼントを渡そうと思いました。けれど、なんだか恥ずかしくて渡すタイミングがなかなか掴めません。
「も、もう夜ですね。シエル団長。」
辺りはとっくに暗くなってベランダから月明かりが入ってきている。
「そうだな。そろそろ部屋に戻って休んだらどうだ? 疲れているだろう?」
「はい。けど、その前に渡しておきたいものがあって。」
「?」
「その、この世界に来てからシエル団長には本当にお世話になってるじゃないですか。それで、今までは言葉でしか感謝を伝えられなかったですけど今回は何か残る物を渡したいなと思いまして。」
古代遺物店で買った宝石、後で聞いたらブラックオパールという物だったとか。幸運を呼び寄せてくれるらしいです。
「古代遺物店で買った宝石です。受け取ってくれますか?」
「あぁ、もちろんだ。」
恐る恐る手渡すとシエル団長は笑顔で宝石を受け取ってくれました。
「ネックレスになってるのか。」
「はい。シエル団長に似合うかなと思って。それと、記念にカメラで一緒に写真を撮ってもいいですか?」
「あぁ、別に構わないが、どこを見ればいいんだ?」
「丸くなってるところです。はい、チーズ!」
「ち、チーズ。」
「見てくださいシエル団長! うまく撮れてますよ。」
シエル団長はブラックオパールを見せつけるように写真に写っています。そして私はシエル団長の横でなんの捻りもなくピースをしています。
撮った写真はその場で現像できるようだったので、二枚出しました。片方はシエル団長用です。
「ふふ、いい笑顔だ。ありがとう、ルド。」
「いえ、お礼を言うのは私の方です。前も話しましたが、初めて会った時に私の話を信じてくれてありがとうございました。もし、信じてくれてなかったらどこかで野垂れ死んでいたと思うので。」
「ルドなら平気だろう。」
「いえ、無理です。お母さんもお父さんも居ないのに、シエル団長も居なかったら私はこの世界で生きていけないです。」
お母さんとお父さん、元気にしてるかな。会いたいな。
「ルド?」
「いや、すみません。なんか涙が出てきちゃって。」
お母さんやお父さん、それに友達とかいろんな人達の事を思い出してたら急に涙が止まらなくなってきてしまいました。
「ルド…。」
「何で私がこんな目に。知らないところに連れてこられて知らない人ばっかりで、何で。」
「今までよく耐えてたな。」
「皆もそれぞれ一生懸命に生きてるから私が泣いてちゃだめだと思って、けど。」
泣いていたらシエル団長が抱きしめてくれました。
「よく頑張ったな。私が絶対にルドのことを元の世界に帰してやる。それまではずっと一緒にいる。それまでは私がルドの家族だ。ブラックオパール、それに写真も、ありがとうな。大切にするさ。」
「シエル団長…。ありがとうございます。」
「さぁ、今日はもう寝よう。」
「…はい。」