6話
私の初の実戦から数日が経ちました。相変わらず黒化個体や強力な魔物を倒す毎日が続いています。私も少しずつ慣れてきたので楽にはなってきたのですが疲れが取れません。
ということでやってきました。銭湯です。
「…何で異世界に銭湯が?中世ヨーロッパの辺りだと無かった気がするんですけど。」
細かい事は気にせず、日本に居た頃のマナーのまま入ってみることにしました。いざ、身体を洗おうとすると聞き慣れた声がしました。
「ルド?」
「あ、サリナ小隊長。お疲れさまです。」
「お疲れさま。別に今日はプライベートだし、隊長とか呼ばなくてもいいぞ。」
「いや、何か気分的にサリナ小隊長って呼ばないとムズムズしちゃって。」
「何だそれ。ははっ。」
「というか、サリナ小隊長って銭湯とか入るんですね。」
「…私の事を何だと思ってる?」
「サリナ小隊長って休日にも訓練してそうなくらいストイックな人じゃないですか。だから本当に休日を休日らしく過ごすんだ、と思いまして。」
「確かに、普段はそうだな。ただ、大森林での戦闘期間中に休日ができるなんて久々だからな。たまにはのんびりしても悪くないと思ったんだ。」
「なるほど。」
「ルドも似た口だろう?」
「そうですね。本当は気になってた本を読もうと思っていたんですけど、それすらする元気が無くて、それならと。」
「分かるぞ。私も騎士団に入ったばっかの頃は休日には趣味すら手につかないほど疲れていた。」
「サリナ小隊長も疲れるんですね。」
「だからお前は私を何だと思ってる?はぁ。けど、ルドはよく頑張っている方だぞ。」
「そうなんですか?」
「私の訓練に耐えられなくなった連中はこういう息抜きとかが出来ずに騎士団を辞めたり、戦闘中にボーッとして死んでるからな。」
「けど、私泣き虫ですよ?」
「そんぐらいで丁度いい。適度に辛いことを吐き出してまた元気に毎日を過ごすんだ。長い人生、休みも必要だろ?」
「そうかもですね。」
「どうだルド、背中洗ってやろうか?」
「じゃあお願いします。」
サリナ小隊長は厳しい人ですが誰よりも仲間の事を考えてくれる人でもあります。なので、こうして話していると自分の気持ちが整理できるような気がします。
お互いに身体を洗い終えて私達以外誰も居ない湯船に浸かります。貸し切りみたいな感じで嬉しいです。
「サリナ小隊長、一つ話を聞いてもらってもいいですか?」
「いいぞ。」
「その、こないだの実戦の時からずっと気になってる事があって。魔物にも家族とか居るんですかね?」
「居るらしいな。あれらはとある時期を境にこの世界に突如として現れた生物だ。だが、私達と同じように思考し、家族が居て、毎日を懸命に生きている。」
「なら、私達は何もしていない、罪のない生物を殺しているんですか?」
「…そうだな。大森林から出てきたばっかりの魔物はまだ人を殺していない。何もしていない。」
「私はまだ魔物が人を殺しているところを見たことがありません。だから、よくわからないんです。魔物が倒さなきゃいけない生物なのか。」
「あの実戦の時、お前の知らないところで仲間が何人も死んでいる。そいつらにも帰りを待つ家族が居た。仲間が居た。しかし、そいつらは命を代償にして魔物を殺した。」
私はとても運が良いです。たまたまスキルを手に入れて、本当の実力以上に強くなって。けど、そのせいで他の仲間達が何の為に戦っているのか、どんな覚悟で戦っているのか知らないんです。
「私達は騎士として、剣を持ち魔物を殺す。だがそれはただ生物を殺すのではない。自分達の大切な国を、街を、人を、守るために剣を取る。」
守るための剣。
「私達は剣を持ってはいるが、そんなのは騎士の本質じゃない。私達は自分より弱い何かを守るための盾なんだ。」
「盾、ですか?」
「あぁ、そうだ。私達はこの国の全ての人々の盾だ。しかし、普段は守っているということが目に見えない。だからその事実を見失う。」
「じゃあいつ見えるんですか?」
「守るべき物を失った時、それと感謝された時だ。」
「それは、確かに見えにくくなりますね。」
「だろ?…私達には全ての生物を救うことはできない。だからせめて手の届く範囲の人を救う。この国の人を救う。」
「魔物を犠牲にして。」
「ルドはどうして騎士団に入ろうと思ったんだ?」
「誰かの役に立ちたくて、後は誰かの大切な人を守りたくて。」
「いい理由だな。そう思えている内は大丈夫だ。もしかしたら何故魔物を殺すのかという問いはお前の周りに付き纏うのかもしれない。答えは出ないのかもしれない。
だが、本当に守りたい物を守るために、私達はたとえ答えが出せなかったとしても戦うしかないんだ。」
「ありがとうございます、サリナ小隊長。少し、モヤッとした気持ちがスッキリした気がします。」
「それは良かった。ただ、あくまでもこれは私の考えだ。他の人は他の考えを持っている。いつかお前もお前の答えが出せるといいな。」
「そうですね。」
「ま、そろそろ今期の大森林戦も終わるからな。休暇の時にしっかり休んで、頭をスッキリさせとけ。」
「今期?」
「ん?知らないのか?大森林戦は大抵二、三週間続いて、その後は一週間、戦闘は無くなる。」
「知らなかったです。」
だったらもう少し頑張れそうな気がしてきます。
「給料も出るからな、楽しみにしとけよ。」
「そっか、お給料。」
「何か買いたい物とかあるか?」
「いや、特に。…あ、シエル団長に日頃の感謝を込めたプレゼントとかが良いですね。」
「お前、シエルと仲いいんだな。」
「お世話になったので。」
「てか、お前らどういう知り合いなんだ?」
「なんやかんやあって拾ってもらったんです。」
「へー。そうだ、シエルと仲が良いなら副団長には気を付けろよ。多分そのうちあっちから接触してくる。」
「気を付ける?」
騎士団の副団長なら気を付けることなんてないのでは?
「あいつは補助スキル持ちなんだが、入団試験を突破できたのが不思議なぐらい頭がおかしい。」
「え?」
「しかもそれを周りの奴らに悟られていない。シエル関連の話になるとさらにヤバイ。あの男には絶対に隙を見せるな。」
サリナ小隊長が苦虫を噛み潰したような顔をして忠告してくれます。本当に嫌いみたいです。
「はぁ、何か仕事の話ばっかりしてるな?」
「あ、すいません。多分私のせいです。」
「じゃあ話変えるか。ルド、お前彼氏とか居るか?」
「居ませんけど。」
「そうか。私はまだ十八なんだが、何故か一部の奴らに売れ残りって言われててな。」
「えぇ?嘘ですよね?」
「はは、嘘だったら良かったんだが。」
急にサリナ小隊長の目が死んでる。何て声を掛けたらいいんだろうか。
「だ、大丈夫ですよ。サリナ小隊長お綺麗ですし。」
「世辞でも嬉しいぞ、ありがとな。はぁ。」
「…。」
「この後時間あるか?」
「?、はい。」
「飲みに付き合ってくれないか?」
「良いですね。あ、けど私お酒は飲まない主義なんですけど。」
「別にいいさ。飲酒を強要するつもりはない、体に悪いからな。」
「じゃあ行きますか。」
「そうするとしよう。」
この後酔いつぶれたサリナ小隊長を寮までおんぶする羽目になりました。モテない原因ってこういう所なんでしょうか。
―――
それから数日後、私は少し不思議な体験をすることになりました。
「この後は、医務室で治療の手伝いですね。」
私は大森林での戦闘後、負傷をした騎士の治療の手伝いをしています。治癒魔法を持っているのは私ともう一人しか居ないようで貴重な人員にカウントされています。
治癒魔法が関係ない通常の医療知識も学べるので私にとってもメリットがあってやり甲斐があります。
「君は、ルド・エタニティ君かな?」
廊下を歩いていた所、声をかけられます。顔に見覚えがあるような、ないような。糸目の、まるで牧師のような雰囲気を纏った人です。
「はい。遊撃小隊所属、ルドです。何かありましたか?」
「いや、特にないが、挨拶をしていなかったなと思い至ったものでな。君は我々騎士団の重要戦力になれる素質があるスキル持ちだからな、雑に扱う訳にはいかないだろう。」
「失礼ですが、あなたは?」
もう少しで思い出せそうなのに頭にモヤがかかっている感じがして思い出せない。
「ん?あぁ、なるほど。こちらは副団長、ケーニッヒだ。」
「申し訳ありません、副団長様でしたか。」
「いや、いい。思い出せないのも当然だ。」
「?」
「どうだ?ルド君、騎士団には慣れたか?」
「それなりに、といったところです。」
何か違和感があるような、何だこれ?
「そうか。さて、本題に入ろう。」
「挨拶なのでは?」
「ん?そんなこと言ったか?まぁ、どうだっていい。今重要なのはそこじゃない。君、龍というスキルがあったな?」
「?、はい。」
「ふむ。シエル様とはどんな関係だ?」
「彷徨っていた所を拾っていただきました。」
「騎士団に入る前はどこに居た?」
「遠い故郷に。」
「そうか、なるほど。…で、本名は?」
「え?」
何で偽名なのがバレて!?
「その驚きよう。確定だな。機会があればポーカーフェイスを磨くことだ。覚えていられたらだがな。」
「あなた、何者ですか!?」
「シエル様の所にネズミが入り込んだようだったからな、駆除をしに来た。」
そう言いながら彼は剣を抜き私に向けてくる。
さっきまで穏やかな人のように見えていたのに今は底しれない恐怖を感じる。この人には勝てない、そう確信させるだけの立ち姿。
「何が目的ですか?」
そう言いながら私も剣を抜き、いつでも戦えるように身構える。
「今言ったろう?馬鹿なのか?」
「それだけのために騎士団の人間を殺すリスクを負うわけ無いでしょう!ましてやスキル持ちを!」
「いいや、それだけだ。それに、お前を殺すことは俺にとってリスクにはならない。」
(シエル関連の話になるとさらにヤバイ。)
サリナ小隊長が言ってたのはこういうことだったんだ。この人は確かに、異常だ。
「ふむ、しかし龍か。手懐けることができればシエル様の懐柔も楽になるか?どう思う?」
「…知りません。それに今の私は龍が使えません。」
「なら、覚醒するまで生かしておいてやろう。そっちの方が面白いことになりそうだ。ただ、一つ条件がある。名前を教えろ。」
…これはどんな狙いがあっての発言?わざわざ名前を要求するということはそれが彼にとっての得になる?…今は考えても無駄かな。情報がなさすぎる。
「…久遠世界です。」
「賢いな。それじゃ暫くの間、お別れだ。」
なにかされる前に剣を彼に向かって振るう。しかしそれは軽々避けられ、私は何かをその目に捉える。
「インビジブルレター!」
―――
廊下を歩いていた所、声をかけられます。顔に見覚えがあります。
「ケーニヒ副団長、お疲れさまです。」
「あぁ、お疲れ。ルド君。」
糸目の、まるで牧師のような雰囲気を纏った人です。
「これから医務室で治療の手伝いだろう。頑張ってくれ。」
「はい。」
さて、挨拶も済んだところだし医務室に向かおう。…ふと時計を見ると少し違和感を感じる。
「こんなに時間経ってたっけ?ま、いいか。」
廊下には反対の方向へ向かう二人の足音だけが響く。