2話
「私は、シエル・アルテミスだ。君は?」
「久遠世界です」
「そうか、世界。ここは大森林の入口、立入禁止区域だ。世界は旅でもしてるのか? それなら二、三日牢屋に入れば釈放だ」
ろ、牢屋? 異世界に来て早々に犯罪者にはなりたくないのでシエルさんに色々事情を話しました。
「本当にここがどこか知らないのか? ……なら、とりあえずここから離れよう。歩けるか?」
「は、はい」
シエルさんは道中話した内容によると、私が追放されてきたここ、つまりオリジナという国の騎士団で団長をしているらしいです。
近くに騎士団の建物があるらしく、そこで落ち着いて話をするということになりました。
ーーー
「衛兵、一つ部屋を借りられるか? それと、この子をしばらく見張っててくれ」
「はっ、了解いたしました」
手慣れた感じの会話で衛兵さんに指示をすると、シエルさんは奥の方に入っていきました。
話を聞いてくれるとはいえ、流石に警戒はされているらしく、衛兵さんの厳しい視線が辛いです。
「何でこんなことに」
「おう、嬢ちゃん、何やらかした?」
「ヒィ! びっくりした!」
「おいおい、何も脅かしたわけじゃねぇんだ。落ち着け」
「いや、普通背後から声をかけられたら驚きますよ」
私が立っていた場所の後ろには気がつきませんでしたが、牢屋がありました。そして、その牢屋の中には金髪でモヒカンのヤバそうなおじさんが居ました。
「あ、あなたは?」
「俺は昨日強盗に失敗して捕まったしがないおっさんだ、自分で言うのもなんか変だがな」
「極悪人じゃないですか!?」
「おいおい、人聞き悪いな。嬢ちゃんだってこんなとこに居るんだから、どうせ捕まったんだろ? ハッハッハッ!」
「うっ。そ、その私は大森林?って所に居ただけなんですけど」
「俺以上の極悪人だと!? 何てこった嬢ちゃん、ガッツあるな! ハッハッハッ!」
「嘘を教えるんじゃない。大森林に迷い込むのが強盗より罪が重いわけないだろう」
いつの間にか極悪人になってしまったのかと驚いていると、横から衛兵さんのフォローが入りました。流石に大丈夫そうで良かったです。
「流石極悪人ですね、おじさん」
「ちくしょう、騙せると思ったのになぁ」
そんな感じで話していると奥の扉が開いて、シエルさんが手招きしてきます。
「世界、準備が出来た。こっちに来てくれ」
「は、はい。分かりました」
「俺も出してくれよぉ!」
「お前は刑期が確定してるだろうが」
衛兵さんとおじさんに見守られ、部屋に入ります。
「すまない、少し時間がかかった。絡まれていたようだが、平気だったか?」
「あはは、大丈夫です」
「ならよかった。さて、本題に入ろう。いろいろ話を聞かせてくれ」
シエルさんには、異世界から召喚されたこと、スキルのせいで追放されたことなどを伝えました。私が話している間、シエルさんは一言一句真剣にメモを取っていました。
「つまり、君は今、迷子なのか?」
「……そうですね。規模の大きい迷子です」
「……分かった。逮捕はしない。君の話も端から見たら荒唐無稽だが、信じる」
「ありがとうございます。あっ、けど、私行く宛がなくて、その」
「なら、私の家に来ないか?」
「え、いいんですか? 私なんて今会ったばかりですし、ご迷惑じゃ?」
「家が広すぎてね。一人じゃ持て余してたんだ。世界が来てくれると嬉しい」
シエルさんの話はきっと私を気遣うための嘘だろうけど、その気持ちが嬉しかったので、お言葉に甘えることにしました。
ーーー
「ほ、本当に大きい家だったんですね」
「だろう? 私の両親が買ってくれたんだが、掃除するのも大変なんだ」
シエルさんの家は日本にいた頃もテレビとかでしか見たことないようなサイズの豪邸でした。庭の広さだけで私の家に匹敵しそうです。
「好きに寛いでてくれ。着替えてくる」
「は、はい」
寛いでてくれ、と言われてもここまで立派な家だと気後れしてしまいます。ソファに小さくなって座って少し待っているとシエルさんが戻って来ました。
「なにか飲む? 大したものはないけど」
シエルさんは騎士団の制服?から少し緩い感じの服に着替えてきました。正直厳しい人かと思ってましたけど、服が変わるだけでも結構印象変わりますね。
「雰囲気、変わりましたね。シエルさん」
「さっきまでは仕事モードだからね。いつもあんなに張り詰めちゃいられないよ」
「あはは、そうですよね」
「はい、リンゴジュース」
「ありがとうございます」
「で、どうかな? この家なら世界の部屋も用意できるし、期待に添えると思うけど」
「そりゃあこの家は完璧ですけど、私、ただ居候させてもらうだけだと、ご迷惑かけてばっかりになっちゃいますし」
「別に気にしなくていいのに。……それなら、世界に一つ提案。私たちの騎士団に入らない?」
「え」
シエルさんの話によると騎士団への入団試験がちょうど一ヶ月後にあるらしく、しかも私のようにスキルを持っている人は基本すぐに受かるのだとか。
「騎士団に入って一緒に戦ってくれるなら、世界も迷惑をかけてばかりにはならないでしょ?」
「分かりました。私、頑張ります!」
シエルさんがこんなにも良くしてくれているのに、これ以上グダグダ悩んでもしょうがないですよね。私も覚悟を決めます!
「良かった。騎士団にいてくれると、私も助かるよ。それに、この家が気に入らなかったら、騎士団には寮もあるからそっちに行ってもいいしね」
「そうなんですか、分かりました」
「これからよろしく、世界」
「よろしくお願いします、シエルさん」
ーーー
シエルさんの家に居候を開始してから四日。シエルさんの休日であるこの日に、私が騎士団に入るために必要な諸々の知識とかを教えてくれるらしいです。
「おはよう、世界」
「おはようございます、シエルさん」
「さて、今日は予告した通り、お勉強会です!」
「イエーイ!」
二人で拍手すると、広すぎる家に響いてちょっと寂しく感じます。
「じゃあ早速、といきたい所なんだけど、先に決めておきたいことがあるんだ」
「はい?」
「騎士団に入るために、世界には名前を変えてもらうよ」
「え? な、名前変えるんですか!?」
シエルさんによると名前を変えるのは、久遠世界は異世界の文字では書けないというのと、私が異世界人であるというのを出来る限り隠しておきたいからだそうです。
「なにか案はある?」
「うーん……」
単純に久遠世界を英語に変えるとエタニティワールドになりますよね。ワールドは少し言いづらいのでルドにしようかな。
「ルド・エタニティでどうですか?」
「良いね。それならこっちの文字でも書けるよ。私も、これからはルドって呼ぶね」
「早めに慣れておきたいので、お願いします」
「さてと、名前も無事決まったことだし、そろそろ本題に入ろうか。ルドに説明したかったのは、この異世界の基本的な情報だよ」
「基本的な?」
「流石にこれを知らないのはおかしいよね、って言われちゃうようなことがあると面倒でしょ?」
「あぁ、なるほど」
要するに、私が住んでいるのは日本の東京です、みたいな、普通言われなくても知ってることの異世界版を教えてくれるということですね。
「ルドは金貨や銀貨の使い方も知らなかったからね。ああいうことがあると困るでしょ? 店でうまく物が買えなくて、半泣きになるとか……」
「思い出さないでください!」
数日前にした異世界でのはじめての買い物は、シエルさんが言うように大失敗でした。
「あはは、それじゃ大きいところから話していくね」
こうしてシエルさんはこの異世界について色々話してくれました。
まずはこの異世界の構造について。この世界は基本的には二つの大陸で出来ています。
一つはドーナツのような形をした、複数の国が存在しているオユーグジナ大陸、本大陸とも呼ばれます。私たちが今いるのもこの大陸です。
もう一つはオユーグジナ大陸のドーナツの穴部分に浮かんでいる魔大陸。
魔大陸には一つの国しかありませんし、魔大陸には基本的に行くことができないので、私はあまり縁がないだろうとのことです。
「あの、思ったんですけど、行くことができないならなぜ魔大陸に国があると分かるんですか?」
「それは、時々魔大陸から来たと言い張る輩が捕まるからだよ。そいつらの言うことはなぜか一致しててね。自分は魔大陸にある国から来た、と言うんだ」
「それで、国がある、ということですか」
「まぁ、まだ誰も見たことないんだけどね」
魔大陸と違い、オユーグジナ大陸には幾つもの国が存在しています。その中でも主に大国とされている国は呼ばれていて、それらの国は七大国と呼ばれています。
七大国はかつての英雄の名前を国の名前として借りていて、私が今いるこの国も、オリジナという勇者の名前を借りています。
「その、勇者ってことは魔王みたいなのがいたんですか?」
「じゃあ次はそれについて話そう」
かつてこの異世界に七大国がまだなかった時代、勇者率いる人類と魔王率いる魔物との間で大きな戦いがあったそうです。
その戦いは勇者と魔王が相打ちになったことで終わりを迎え、現在では人類が居住地を大幅に広げ、七大国が出来上がりました。
今でも魔物との戦いは一部で続いていて、ここオリジナ王国の東の大森林でも魔物との争いが繰り返されています。
「ルドの龍のスキルもその勇者達に関係あるかもしれないよ」
「え?」
「勇者達が魔王と戦っていたときの相棒のような存在が龍なんだ。だから今でも多くの国で龍は信仰の対象にされている」
「……あれ? じゃあ私が召喚された国で龍が禁忌なのっておかしくないですか?」
「そうだよ、おかしい。だから、ルドには名前を変えてもらったんだ。なにかあってからじゃ遅いからね」
なんだか少し、怖くなりました。
「じゃあ、今度はこのオリジナ王国についてだ」
オリジナ王国は七大国の一つで、昔からの風習や文化を大切にする国です。
オリジナ王国の北には海が広がっていて、その先には魔大陸があります。
西と東には隣の七大国へつながる道があります。しかし東には大森林が存在し、魔物に襲われてしまうため、東側は実質通行禁止です。
私が大森林に居て捕まりかけたのも魔物を刺激してしまう可能性があったからみたいです。
「私、わりと危なかったんですね」
南には七大国には含まれていない小国があります。最近は関係が悪化しているらしく、オリジナ王国の人間は入国が難しいそうです。
そのため、現在オリジナ王国を離れるには西へ向かうしかないそうです。
「最後に、騎士団についても説明しておくよ。一ヶ月もしたらそこにいるわけだしね」
オリジナ騎士団。オリジナ王国を守るために置かれた組織で、基本的には、東の大森林から定期的に現れる魔物の対処に当たっています。
シエルさんは最高責任者である騎士団長で全軍の指揮を執っているそうです。
改めて、すごい人に拾われたことを実感しますね。
ちなみに、私のようなスキル持ちはオリジナ騎士団には速攻で採用となるそうです。
騎士団は常に人材不足らしく、人格に問題がなければいいそうです。
「と、まぁざっくりこんなもんかな。これだけ分かっていれば困ることもあんまりないと思うよ」
「なるほど、ありがとうございました」
聞いたことをメモしているとシエルさんが立ち上がって準備運動をはじめました。なんか嫌な予感がします。
「これで、騎士団に入るために必要な知識は覚えたね。あと必要なのは、強靭な肉体! と、いうわけで訓練しようか、ルド!」
「き、騎士団に入ってからじゃ駄目ですかね?」
「普通なら、それでいいんだけどね? 多分、ルドはあいつの下に就くことになるだろうし、やっといたほうがいいよ」
あ、あいつって誰ですかね?
「よし、じゃあ行くよ、ルド! まずはランニングから!」
「え、ちょちょ待ってください! シエルさん!」