19話
今日は久しぶりの大森林戦です。ここしばらく遠征任務で外していたので実に約一ヶ月ぶりです。
「私が前に出る! 二人とも魔法よろしく!」
「分かったわ!」
今は十体前後のゴブリンと相対し、睨み合っている状態です。とりあえず私が前に出てゴブリンの一部を倒します。
「双剣術!」
セフトホーク以来の実戦というのもあり、あまりにも簡単に殺せる感覚に油断が生まれがちです。
突然、脇から出てきたオークの棍棒を横っ腹にくらい吹き飛ばされます。
「はぁ、油断した」
「炎魔法!」
「水魔法!」
私が吹き飛ばされたのを確認すると、キシリカとロゼリアの二人が魔法を撃って援護してくれました。すると、少し遠くに居たサリナ小隊長がこちらに近寄ってきました。
「お前なぁ、強くなったのはいいが油断しすぎだ」
「はい、すみません」
「ところで、近くに黒化個体がいるようだ。そいつはお前に任せる、竜剣の力を試してみろ」
「え、本気で言ってます? ……了解です」
いくら強くなるとはいえ、一人で黒化個体は無茶では? そもそもこないだのセフトホーク戦ですら相当苦戦したというのに。
しかし、あれこれ言っても仕方がないので黒化個体を倒すべく最初っから本気です。
「竜剣、力借りるよ」
一度右の剣を鞘に戻した後、竜剣で左の手のひらを切って血を出します。
柄を握ると垂れてきた血が刃を伝って剣を真っ赤に染めます。
それと同時にあの時と同じように高揚感がやってきます。
何でもできるような全能感ともいえます。まぁとにかく、今の私はかなり強いです。
「とっとと終わらせようか」
サリナ小隊長の言う黒化個体を目指して駆け出します。
身体能力の向上がすさまじくいつもより二割増ぐらいのスピードで走ることができます。
少し走っていると視界の先に同じくらいのスピードで移動しているものを捉えました。
このスピードは間違いなく黒化個体でしょう。
脚は細く、八本。頭と胴体しか存在しない、間違いなく蜘蛛です。
けれどサイズがおかしい。
三メートルはありそうです。
このまま走っているだけなら特に面倒ではないんですが、方向がだめですね。
人がたくさんいるエリアに真っ直ぐ走っています。私が遅れた場合の被害が大きい。
「スピード、上げようか!」
蜘蛛と比べて体が小さい分、私の方が小回りが利くので蜘蛛の脇を走り抜けて先に到着できます。
そこでは多くの騎士がゴブリンやらなんやらと斬り合っていました。蜘蛛が乱入しようとしたところを私が止めた形です。
「なんだ!?」
「あ、どうも。すみませんが少し離れてくれると助かります。黒化個体が相手なもので」
「確か、龍のルド・エタニティだったか!? 手を貸そう!」
「いや、必要ありません。それより早く離れてくれませんか? 邪魔です」
騎士さんと話しながら、双剣で抑えていた蜘蛛を足で吹き飛ばします。
どうやらそれに怒って私に狙いをちゃんと変えてくれたようです。
魔物どもは感情的でやりやすいですね。まぁ頭が悪い、とも言えます。
「すみません。別に気分を害するつもりはないんですが、竜剣使ってると興奮しちゃって言葉が荒くなっちゃって」
「邪魔ならいい。少し前線を下げる」
「ありがとうございます」
さっきの騎士さんはせっかく気を遣ってくれていたというのに私はなにしてるんでしょう。竜剣、使うと理性が若干飛んでしまいます。
「ただの蜘蛛なんですから抵抗せず死んでくれると助かるんですが、どうです?」
「ガァァァ!」
こんな提案に意味はなく、蜘蛛は全速力でこちらを殺そうと走ってきます。
速くて面倒くさいので脚を狙います。半分ぐらい斬れば効果あると思うんですがどうでしょう。
すれ違いざまに腹を斬ると唐突に方向転換して体全体で押しつぶしてきました。
見えてはいたのですが反応できずそのまま下敷きになってしまいました。
今までの私なら見えてすらいないので成長しているということでまぁいいでしょう。
「どいて!」
なんとか力を入れて両腕で蜘蛛を持ち上げ、ひっくり返しました。地面でバタバタと脚を動かしていて正直気持ち悪いです。
普通のサイズの蜘蛛なら何とも思わないのですが大きくなるだけでここまで嫌悪感を抱くようになるんですね。
「終わりですね」
ひっくり返っている間に口に嘔吐剤を突っ込むとさらに暴れて地面が揺れます。頑張ってもとの体勢に戻ろうとしているようです。まぁ、二度と戻ることはないんですが。
竜剣で頭と胴体の間を斬り飛ばし、念の為、頭に竜剣を一度刺しておきました。完全に動きが止まり死にました。
「ふぅ。やっと終わった」
今の戦いで気づいたことがあります。蜘蛛を持ち上げるときに竜剣を放したら一瞬龍の力がなくなりました。つまり力を使うには竜剣は握り続けないといけないということです。
それにしても、私もこの世界に来て変わりました。
少し前までゴブリンを殺すのですら手こずっていたし、躊躇っていたのに、今じゃ楽しんですらいます。
……良いことなのかは分かりません。
「大丈夫か、ルド・エタニティ?」
「あ、さっきの騎士さん、ありがとうございました。おかげで思いっきりできました」
蜘蛛が倒れたのを確認してから、わざわざ私の様子を見にくれたようです。
「ならいい。アンタに怪我されるとこっちがサリナ小隊長に怒られるからな」
「……うちの小隊長がいつもご迷惑を。そうだ、よければここ手伝いましょうか?」
ここでの討伐を手伝うという旨を伝えると少し戸惑いながら私の持ち場は大丈夫なのか聞いてきました。
「うちの小隊、そのへん適当なので。サリナ小隊長が何か言いに来ない限り自由行動です」
「そうなのか、なら怪我した奴らの治療を頼みたいんだがいいか?」
「隊の後方ですよね、任せてください」
「頼んだ」
私が治療部隊の訓練も受けていて、治癒魔法も使えるというのは知れ渡っているのでこういうことも良くあります。
―――
治療を終えた辺りで日も落ちてきていたので撤退して騎士団の宿舎に戻ってきています。一応諸々の報告のためにサリナ小隊長の所に寄っていきます。
「失礼します」
コンコンとノックすると返事が返ってきたので扉を開けて中に入ります。中ではいつも通りサリナ小隊長が大量の書類仕事を片付けていました。
「ルド、あの後どうだった?」
「特に問題ありません。後方で治療を任されたのでそっちに従事していました」
「なるほど、分かった。その様子だと蜘蛛もある程度楽勝に倒せたようだな」
「そうですね。竜剣を使って本気を出せば負けることはないと思います」
「そうか。」
サリナ小隊長は椅子に深く腰掛け、長い机の上にあるコーヒーの入ったカップを手に取ると少し冷ました後飲み干しました。
「……残念なことに、副団長がお前のことを呼んでいた」
「ケーニッヒ副団長が? 何かしましたっけ?」
「さぁな、だがもしかしたら竜剣の件かもしれない。あの男はお前をどうやら警戒、いや興味があるようだ。どっちみち気をつけて行け」
「了解しました」
ケーニッヒ副団長というと集会や会議の際は見掛けますが、お話したことはありません。
(やだなぁ…怒られるのかなぁ)
そんなことを思いながらサリナ小隊長に挨拶して部屋を後にし、今度はケーニッヒ副団長の部屋に移動します。
サリナ小隊長の時と同じくノックして部屋に入ると、広い部屋にポツンとケーニッヒ副団長は座っていました。
サリナ小隊長とは対照的に、机の上には書類が無く代わりに色々なジャンルの本が積み重なっています。
「遊撃小隊所属、ルド・エタニティ参上しました」
「よく来てくれたね、久遠世界」
「………はい?」
ケーニッヒ副団長は開口一番、私の本当の名前を口にする。何で知っているのか、私が動揺しているとケーニッヒ副団長は続けて喋ります。
「君は今、何故僕が君の名前を知っているのか分からなくて困惑しているところだろう。
実は君が自分から話してくれたんだ。当然、覚えてはいないだろうけどね」
「そんなはずあるわけが」
「そんなはずあるんだ。僕が忘れさせたのさ。
君はきっと名前を話した自分を責めるだろうがそれには意味がない。
なぜならこの出来事も後で君の記憶から消すからだ」
座っているケーニッヒ副団長は動いてすらいないのに、私には何かとてつもない存在に思えてきました。
窓から差し込む夕日が見せるケーニッヒ副団長の顔は変わらず笑顔です。
「今、君に記憶のことを話したのはちょっとした実験さ。確かめたかったことがあってね。
まぁ、それももう分かったから問題ない」
「……」
「おやおや、人のことは睨むものじゃない。
僕じゃなかったらこうして穏やかに話せなくなってしまうかもだ」
「……何が目的ですか?」
「強いて言うなら、君の龍の力だね。彼らは龍が嫌いなそうだが、僕としては利用できるものは何でも利用するべきだと思う。君はどう思う?」
「……」
「だんまり、かい? 困ったね、話す順番を間違えたようだ。なら、やり直そう」
え?
―――
サリナ小隊長の時と同じくノックして部屋に入ると、広い部屋にポツンとケーニッヒ副団長は座っていました。
サリナ小隊長とは対照的に、机の上には書類が無く代わりに色々なジャンルの本が積み重なっています。
「遊撃小隊所属、ルド・エタニティ参上しました」
「よく来てくれたね」
「その、用件は何でしょうか?」
「君の竜剣について聞きたくてね。色々な所で話題になってるよ。」
サリナ小隊長の予想通り、竜剣についての話でした。
「話題、ですか?」
「そうそう。君の様子がおかしいってね」
「あ〜、その、竜剣を使うと興奮しちゃうというかなんというかでして」
「ふむ。報告書によると、身体能力の向上が主な効果として挙げられていたけれど、精神にも影響があるのか。他には?」
「うーん、あとは左目が赤色になります。それと、これは気のせいかもなんですが目が良くなってる気がします」
「目が良くなる、ねぇ?」
「そうですね。いつもより見えるような気がします」
目が良くなるという話をした時だけケーニッヒ副団長が食いつきました。ケーニッヒ副団長は目が悪かったりするのでしょうか?
「目について、何か変化があったら僕に教えてくれ」
「了解です。用件はこれだけですか?」
「あぁ、これだけだ。わざわざ呼びつけてしまってすまないね」
「いえいえ、何かあればいつでもお呼びください。それでは、失礼します」
ドアを開けて部屋を出ると、遠くからサリナ小隊長が手招きをしてきました。わざわざ待ってくれていたのでしょうか?
「サリナ小隊長、どうしたんですか?」
「あの男と、何を話した?」
「サリナ小隊長の予想通り、竜剣について聞かれました。
どういう効果があるのか話した後、目がよくなるって話をしたらそれだけやけに気にしていましたが、まあそのくらいですね」
「噓はないな?」
「…はい」
普段とは異なるサリナ小隊長の様子に少しうろたえます。
いつもは厳しいとはいえなんだかんだ優しい目を向けてくれるというのに、ケーニッヒ副団長に関わることになるとこうなります。
「その、それで何か?」
「お前の話からすると話していたのはほんの数分間みたいだな」
「そうですね」
「…お前、少なくとも二十分は話していたぞ」
「…え? いやそんなわけ」
「いや、間違いない。気をつけろ、あの男はやはり何かある」
「…はい」
ーーー
サリナ小隊長との話を終えて寮に戻ると二人はすでにくつろいでいました。
「遅いわよ、ルド!」
「ごめんごめん、ちょっといろいろあって」
「いろいろ? 何かあったのルドちゃん?」
「いや、私に何かあったってわけじゃないんだけど、う~ん。
そうだ、ねぇ二人とも、ケーニッヒ副団長のことどう思ってる?」
サリナ小隊長から気をつけろと言われてもいまいち実感がわかないので他の人からの意見も聞いてみることにします。
「どうって言われても、あんまり会ったことないわ。けどそうね。一つだけ言えるとしたら胡散臭い、かもね」
「そうかしら、別に胡散臭くはないと思うわよ。
私は時々お会いするけど、物静かで理性的で良い方だと思うわ」
「けど、副団長いっつも笑顔だから胡散臭いでしょ」
「キシリカちゃん、人を第一印象だけで決めつけるのはよくないわ」
ロゼリアがキシリカを説教する中、私は一人で考え込みます。
(胡散臭い、かぁ。確かに私も初めはそう思った。けど、ロゼリアによるといい人みたいだし。そんなに警戒することないのかな)
「で、何で急に副団長のことなんて聞いてきたのよ?」
キシリカが話を逸らす目的で聞いてきます。話を逸らされたロゼリアはキシリカの後ろでため息をついています。
「それが、サリナ小隊長に気をつけろって言われて」
「なんでよ?」
「さぁ?」
「ふ〜ん。まぁ、どうでもいいわね」
「……友達の言うことくらい真面目に聞いてよ。まったく」
私の話を聞き終わるとキシリカはベッドで横になりそっぽを向く。まるで話を聞く気はないみたいです。
私も横になろうとしたとき、ロゼリアがなにか難しい顔をしていたような気がしましたが、特に気にせず眠りにつきました。




