16話
皆さんに運んでもらってから一時間後、ようやく屋敷の方まで戻ってくることができました。
玄関で領主さんがそわそわしながら待ってくれていて、こちらの姿が見えた途端に大きく手を振ってくれました。
「君たちが生きてて本当によかった」
屋敷の中に入って治療をある程度受けた後、あらためて応接間で領主さんと話をしています。
私達の座るソファの後ろに騎士の皆さんも立っています。
皆さんも疲れているでしょうから座って欲しいので促しましたが拒否されてしまいました。
「ありがとう、本当にありがとう」
「頭を上げてください、おじさん。これが、私達の仕事ですから。けど、喜んでもらえたなら良かったです」
「…大人になったんだな、キシリカ君。ルド君に、ロゼリア君もありがとう。そして、騎士の皆もありがとう」
領主さんが立ち上がってこちらを向いて頭を下げられました。
泣きながらお礼を言われると、頑張った甲斐があったなと改めて思えます。
「皆への報酬については出来る限り上乗せしたいと思つている。セフトホークの討伐、ご苦労さま」
「ところでおじさん。明日のお祭りのことなんだけど」
「それについては、今から話そう。他の皆にはセフトホークの討伐の後処理をお願いしてもいいかい?」
「任せてください」
領主さんはそれだけ伝え終えるとキシリカと一緒に隣の部屋へ入っていきました。
皆さんも色々仕事があったようでバラバラに解散していきます。
私は特にやることが決まってないのでリーダーさんに聞いてみようかなと思います。
「リーダーさん、私にできる仕事ってありますか?」
「ルドさんは…休んでてください」
「え、けどそれじゃ不公平じゃ」
「いいえ。戦闘では御三方に頼らせていただいた分、後処理では私達を頼ってください。私達もあなた達と同じ、騎士なんですから。それで公平です」
「…なら、お言葉に甘えて」
「はい。どうしてもなにかしたいというならロゼリア様の看病をしてあげていてください。とは言ってもルドさんも休憩第一ですからね」
「分かりました。…あの、もう一ついいですか?」
話が一段落して立ち去ろうとしたリーダーさんを引き留めます。
「はい」
「なんで私だけ、さん呼びなんですか?」
「それは……私が個人的に一番信頼しているからです。それじゃ」
小走りで出ていったリーダーさんを見送った後、言われた通り自室に戻ることにしました。
「ロゼリア、体調は平気?」
「えぇ。かなり回復してきたわ」
「ならよかった」
私は早い段階で治癒魔法で回復したのでもう普段通りと言っても過言じゃないですが、ロゼリアは自然に回復するのを待つしかないので大変です。
「治癒魔法がロゼリアにも効けばどれだけ良かったか」
お茶を二人分淹れながら、ロゼリアと世間話をしています。
「あれ、効かないんだったっけ?」
「正確に言うと、効果が薄いって感じなんだけどね。
自分への治癒魔法の効果に対して他者への治癒魔法の効果は約十分の一」
「えぇ…そんなしかないんだ?」
「なにかいい方法があればいいんだけどね」
そうこうしているとキシリカが帰ってきました。
「ただいま!」
「おかえり」
「おかえりなさい、キシリカちゃん。明日のことはどうなったの?」
「明日の祭りで私が踊るのは21時かららしいわ。だからそれまでは練習とリハーサルね」
時間的に明日の目玉イベントなんでしょう。
キシリカの出番の前にも色々イベントがあるようなのでそっちの手伝いに行くべきですね。
「キシリカ、体調はどう?」
「うーん、正直微妙ね。ほとんど休んでないから少なくとも本調子ではないわ」
「じゃあとりあえず今使える治癒魔法は使い切っとくね。はい、後ろ向いて。治癒魔法!」
「くぅ~、効くわね〜!」
「それなら良かった。ロゼリアには悪いけど明日の祭りが終わるまで治癒魔法は全部キシリカに使うから」
「ええ。私は横になってたら治るからキシリカちゃん優先でね」
その後、着替えを終えたキシリカは舞の練習に行きました。
どうやら今日は寝ずに練習するようです。
練習が終わって帰ってきた時に治癒魔法を全開で使えるようにするために私は体力を温存するつもりです。
それにしてもキシリカは本気を出していますね。
なんの心残りもなく舞に打ち込めているようでなによりです。
欲を言えばキシリカの体力を温存したままセフトホークに勝つのが理想でしたが、そう上手くはいきませんね。
とりあえず今はキシリカのためにも横になって寝ることにします。
―――
数時間後、17時くらいになり夜ご飯を食べるために起き上がりました。
ロゼリアもだいぶ回復したようで元気に歩き回っています。
夜ご飯を食べる前にキシリカの様子を見に行くついでに、治癒魔法をかけに行きます。
「おじゃましまーす」
キシリカが練習しているらしい部屋の扉をゆっくり開けると汗だくのキシリカが床に大の字になってるのが見えます。
「ルド、様子を見に来てくれたのね?」
「そうそう。心配だったからね。それと、治癒魔法のお届けで〜す」
「あ〜、最高〜! 治癒魔法って最高ね!」
「実は外傷以外にはそんな効かないんだけどね」
「そうなの?」
「そうそう。はい、終わり」
「ありがと。明日もよろしく頼むわ」
「任せて」
キシリカも夜ご飯に誘うと快諾してくれたのでそのまま一緒に食べました。
温泉にも誘ったのですが、夜ご飯を食べたら練習に戻るつもりだったようなのでロゼリアと二人で行きました。
「キシリカのこと、心配だな。急に倒れたりしないよね?」
「キシリカちゃんも自分の体調管理ぐらいしっかりすると思うわよ。特に明日は大事な日だしね」
「だから心配なんだよ。練習に打ち込みすぎてないかと思って」
「きっと平気よ。私達はキシリカちゃんを応援してましょう」
「…そうだね」
―――
夜も更けた頃、キシリカに治癒魔法をしに起き上がりました。
キシリカは部屋の中で一人で黙々と同じ舞を繰り返していました。
「調子はどう?」
「っ! なによ、ルドだったのね。びっくりしたわよ」
「あはは、ごめんごめん。少し前から居たんだけど夢中になってたからさ」
「で、なんの用よ?」
「そろそろ治癒魔法が欲しいんじゃないかと思って」
「確かに欲しいわね。お願いするわ」
治癒魔法をかけ終わるとキシリカはまた立ち上がって黙々と練習を再開しました。
―――
朝を迎え、あらゆる人が上機嫌で町を歩いています。
私は今日祭りの手伝いをしようと外に出ています。
町の真ん中の広場には大きな舞台が立てられ、その周りに様々な屋台が出ています。
日本の夏祭りのような光景です。
昼前にも関わらず大勢の人が屋台で食べ物を買ったり、ゲームをしようと集まっています。
私の仕事は混雑の整理だったり、一応治安維持も任されています。
これだけ人が多いとスリとかも頻発するそうなので。
「みなさーん、列には真っ直ぐ並ぶようにお願いします。それと、財布などの貴重品は落としたり失くしたりしないようにしっかり持っていてくださーい」
「キャアァァァ!」
「まさかスリ!?」
突然女性の悲鳴が響き渡りました。
財布を盗まれたのかと思い悲鳴の聞こえてきた方を見ると、舞台の下で何人もの女性が大興奮の様子で騒いでいました。
どうやら舞台の上に好きな音楽家がやってきたようです。
どの世界でもそういう時の反応は同じなんですね。
けど、紛らわしいから控えてほしいです。
今日は音楽家であったり著名な方々が舞台に上がってイベントをしているので、今のように紛らわしいこともよく起こります。
こんな中、キシリカが目玉イベントで登場するとなるとなんだか私も鼻が高いですね。
―――
その後は特に問題も起きず、キシリカの出番まで残り30分というところまで来ました。
リハーサルが終わった瞬間、治癒魔法で回復させてから舞台に上らせるつもりなのでそろそろ行ったほうがいいかもですね。
そうして歩き出そうとした時、ロゼリアから声をかけられました。
「どうしたの?」
「雨が降りそうなんだけど、大丈夫かしら?」
「それほんと?」
「ええ。水魔法で感知したから本当よ」
だとしたら大問題です。
とっくに辺りは暗くなっているので明かりが付いているのですが、電気なんてものは存在していないので雨が降ったら火が消えて明かりも消えてしまう可能性が高いです。
「水魔法で操って雲を散らせないの?」
「射程距離外よ。それにたとえ届いたとしても力が足りないわ。どうしましょう」
水魔法で操ればなんとかなるかと思いましたが無理ですか。
一応案があるにはあるんですがキシリカに要相談ですね。
「とりあえずロゼリアは傘を配っておいて。私はキシリカに事情を説明してくる」
「ええ。分かったわ」
―――
キシリカのところに着くと領主さん達と最後の相談をしていました。
それが終わる前に話に割って入りました。
「ごめん、キシリカ。ちょっといい?」
「なによルド、今大事な話ししてたんだけど」
「こっちも緊急なの。すぐ済むから」
「なにかあったの?」
「雨が降るらしい」
「え?」
「それは本当かい? ルド君」
領主さんも信じられない顔をして聞いてきます。
「はい。ロゼリアが水魔法で感知したらしいです。このままだと明かりが消えてしまうかと」
さっきまで和気あいあいとしていたこの部屋の雰囲気が一気に重苦しいものに変わりました。
「それで提案があるんですけど」
「?」
―――
「どうだった?」
「出来そうだからやってみるって。そうだ、ロゼリア。何か食べ物でも買ってこようか?」
キシリカに話を終え、治癒魔法を使ってからロゼリアのところに戻ってきました。
今は二人でキシリカが一番見やすいであろう高台の上に立っています。
仕事も一旦お休みです。
「いいの? なら買ってきてもらおうかしら」
「了解。じゃあちょっと行ってくるね」
ロゼリアは未だ怪我が治りきっていないので、元気な私がロゼリアの分も買いに行きます。
「焼きそばあるじゃん! やっぱりお祭りといえば焼きそばだよね~」
焼きそばを発見し、買おうと列に並んだところ目の前の人はリーダーさんでした。
少し迷ったものの声をかけてみることにしました。
「その、リーダーさん、お疲れ様です」
「…あ、ルドさんでしたか。お疲れ様です。」
「はい。急に話しかけちゃってすみません。…お一人ですか?」
「いえ、隊の皆と一緒です。良ければご一緒しませんか?」
「行きたいところなんですが、あいにくロゼリアを待たせてて」
「そうですか」
ご厚意で誘ってもらったのに断ってしまって申し訳ない気持ちです。
「ルドさんはいつ頃までここにいらっしゃるんですか?」
「セフトホークは倒しましたが、経過観察含めあと二週間は少なくともお世話になります」
「そうですか、なら今度一緒に食事に行きませんか?」
「…ぜひ!」
会話が終わった辺りで順番が回ってきたので、焼きそばを買ってリーダーさんとは別れました。
人混みをかき分けてなんとかロゼリアのところに戻ると、ロゼリアは死にそうな顔をしていました。
「ルドちゃ〜ん!」
「…ロゼリア、どうしたの? 」
「さっきから近くを通る人が全員何か食べてて、そしたら私も食欲刺激されちゃって限界よ〜」
「あはは、その気持ち分かるかも。焼きそば買ってきたから、私達も食べよ」
「いいわよねぇ、焼きそば。祭りといえばよねぇ」
焼きそばを食べながらキシリカの出番を待っていると、辺りの雰囲気が変わってきました。
「そろそろかな?」
ロゼリアに小声で聞くと「きっとそうね」とロゼリアも小声で返してきました。
静かになった会場の中で舞台をそのまま眺めていると人が一人、舞台に上がってきました。
それと同じくして、頬を伝うように冷たい液体が流れていきます。
危惧していた雨が本当に降ってきたようです。
会場が少しざわつきました。
「皆さん、はじめまして。私の名前はキシリカ・ソレイユと申します」
そんな空気の中、キシリカは雨など気にしていないかのように話し始めました。
「私のことはご存知ない方が多いと思います。けど、それも当然です。
なぜなら本来この場に立っているのは私ではなかったはずだからです」
「今日、ここに立っているはずだったのは私の親友です。ここに立つのが夢でした。
ですがアイツは亡くなりました。リイキラは亡くなりました。無念だったと思います」
暗くなった会場でただ一人、この場にいる全員に向かって話し続けます。
「今、私がここに居るのはアイツの夢を代わりに叶えてやろうと思ったからです。
きっとそれは親友にしか出来ないことだから。それが最後に親友にしてやれることだから」
「話が長くなりましたが、ご覧ください。アイツが残した物を、アイツが残した軌跡を」
話が終わると、会場にたちまち熱気がこもりました。
雨が降っているのに何故、と皆が思い熱源のある上を見上げるとそこには沢山の炎がありました。
キシリカの炎がありました。
雨で明かりが消えたとしても変わらず光源を確保する方法として考えついたのはキシリカの炎魔法を使うことでした。
キシリカの炎魔法、そして出力向上を合わせればたとえ水に濡れたとしても、キシリカが力を込め続ければその炎を維持し続ける事ができます。
放たれた人の大きさほどの炎は、兎や猫などの様々な動物の形になりながら舞台の周りを回ります。
子どもはそれに夢中になり、大人はそれに感嘆の声をあげ、そんな中キシリカは踊り始めました。
「……綺麗だなぁ」
正直、踊りのことなどまるでわかりません。やってみたことなどありませんし。
ですが、キシリカが本気でやっているのは伝わります。一生懸命、一歩一歩噛み締めるように、笑顔で。
いつまででも見ていられるような、そんな踊りです。
時折、キシリカの頬を水が伝います。
それが涙なのか、汗なのか、雨なのか、それは分かりませんでしたが、どれであったとしても炎の熱気に巻き込まれすぐに消えてしまいました。
「………」
隣に座っているロゼリアも無言でただ、キシリカを見つめています。
ふと、私は腰からぶら下げていたカメラに目が行きました。
きっとこの風景を、いつまでも切り取っておきたかったのだと思います。
写真を撮って大切にしまっておきました。
―――
キシリカの踊りはいつまでも終わらないように感じました。まるで無限かと思ってしまうほど。
きっとそれはいいことです。
リイキラさんの生きた時間がここに詰まっているのだから。
「ありがとうございました!」
見とれていると踊りはいつの間にか終わっていました。
「…良かったなぁ」
「ふふ、ルドちゃん。夢中なのはいいけど焼きそば冷めちゃってるわよ」
「え、あ、ほんとだ!」
これ以上冷めてしまわないうちに、焼きそばをかきこみながらキシリカのもとに向かいます。
「キシリカぁ~!」
「ルド、ロゼリア。アンタら、私の踊りちゃんと見たわよね?」
「当然よ。ね、ルドちゃん?」
「うんうん。綺麗だったよ」
「…そう。なら良かったわ」
キシリカに治癒魔法をかけ、ここに来るまでの間に買っておいた焼きそばを渡します。
「何よ、気が利くわね」
「でしょ?」
お腹が空いていたのか勢い良く食べているキシリカに一番気になっていたことを聞いてみました。
「キシリカ」
「ん?」
「踊り、楽しかった?」
「…本当に、楽しかったわ」
そう言ったキシリカは満面の笑顔でした。




