10話
休暇も終わってしまい、今日からまた騎士団で戦いっぱなしの毎日が始まる…予定だったのですが、今私達はサリナ小隊長からいつもとは違う命令を受けています。
「お前達も前期の大森林戦を経て成長した。本来なら今期の大森林戦でもその実力を大いに発揮してほしいところなんだが、お前達には遠征に行ってもらうことになった。」
「遠征、ですか?」
「あぁ。この前線都市から西に三街行ったところにあるアベリア領の領主から頼まれてな。何やら町の周辺に普段は出現しない魔物が現れたらしく甚大な被害を受けているそうだ。
普段なら私かシエルが赴いて解決しに行くんだが、今年はお前達がいるからな。私達二人は大森林戦の対処に集中できる。」
なるほど。去年まではこういう事態の際に最高戦力が片方欠けてしまっていたのが私達が代わりに行くことで防げると。
「けど、私達が行くよりシエル団長かサリナ小隊長が行ったほうがすぐ解決するんじゃないですか?」
「まぁ、それは事実だがお前達がここを離れるより私達が離れる方がまずいからな。それに、アベリア領主は直々に来てほしい騎士を指名してきた。」
「もしかして、私かしら?」
黙って話を聞いていたキシリカが名乗りをあげました。何やら指名されたのが自分だという確証があるようです。
「そうだ。アベリア領主は騎士になったキシリカに助けてほしいらしい。だからお前達を遠征に行かせることになった。
指名されたのはキシリカだけだが、ルドとロゼリアも同じ隊員だから着いていかせる。任せたぞ。」
「分かりました。」
こうして私達は急遽アベリアに向けて遠征することになりました。
―――
「アベリアに行くのも久しぶりね。」
会議が終わり解散したあと私達は寮の自室に戻り遠征の準備をしています。そんな中、私達の中で唯一アベリアと関わりがあるらしいキシリカがアベリアの事について紹介してくれることになりました。
「アベリア、そもそも何処にあるの?」
「ここの中央道路から三街目にあるわ。馬車に乗っても四、五日掛かるわね。」
「中央道路って?」
「…アンタ本当にこの国のこと良く知らないのね。」
「勉強中なもので。」
「まぁいいわ。後で馬車に乗りながらでも教えてあげる。他に質問は?」
「アベリアの領主さんから指名されていたけど何でだと思う?」
「これは推測なんだけど多分あいつが絡んでるわね。」
「あいつ?」
「領主の娘。私そいつと友達なのよ。」
普段は貴族らしさなんてないも同然のキシリカなのでこうして唐突に貴族っぽいことを言われると困惑します。
「そりゃすごい。」
「ま、仲良しこよしってわけじゃないんだけど。」
口ではそう言いつつも先程からいつもよりテキパキ準備をしているあたり、嬉しいんだと思います。ロゼリアもそれに気づいているのかクスリと笑っています。
「けど、頼られちゃ仕方ないわよね。この私があいつの代わりにきちんと事件を解決してやるわ。」
「一応私達も居るからね?」
「それくらい分かってるわよ。…今回も頼りにしてるわよ、二人とも。」
「任せて。」
「任せてちょうだい。」
こうして話も終わった頃、準備も終わり馬車乗り場へ皆で向かいます。今回私はこないだ購入した竜の剣を持っていきます。まだ実戦で使用していないのでどんな感じか楽しみです。
―――
ロゼリアについていったのでそう時間も掛からず馬車乗り場に着くことができました。昼に出るのがまだ一台余っていたのでそれに乗る予定です。
「馬車が出るまで少し時間があるわね。」
「あ、私買い物行ってきていい?」
「アンタねぇ、また金欠になる気?」
「いやぁ、流石の私も学んだから。」
「心配ねぇ。」
「平気平気、ちょっとお店覗くだけだし。また後で。」
「はいはい、いってらっしゃい。」
それから買い物を済ませ、運の良いことに迷わず馬車乗り場まで戻ってこれました。実は時間まであと三十分なので少し焦りましたが走ったのでなんとか間に合いました。既に二人は待っていたので遅れて申し訳ないです。
「はぁ、ただいま。」
「アンタっていつも走ってるわね。」
「確かにそうかも。」
「で、ルドちゃんは何を買ったの?」
「まず、後で馬車の中で食べるお弁当。それと初馬車で酔いそうだから酔い止め。最後に…。」
「今のところまともね。」
「嘔吐剤。」
「「?」」
「何でよ?」
「いや、なんか気になっちゃって。それだけ。」
「返品してきなさい!」
嘔吐剤を見せた途端に二人が鬼の形相で返品してこいと詰めてきます。確かに私も嘔吐剤をわざわざ買うとか正気?と思いましたが気になっちゃったんです!
「やだ!この嘔吐剤だけは離さないから!」
「っていうか!アンタ何本買ってるのよ!」
「…五本。」
「え…いらな。」
キシリカ、そんな急にテンション下げられると普通に怒られるより心に来るんですけど。
「嘔吐剤なんてどうせ安いんだからいいじゃん!」
「それとこれとは別問題よ!そういう浪費癖が金欠に繋がってるの!そもそも吐かないために酔い止めを買ったのに嘔吐剤も買うの意味が分からないわよ!」
「…確かにそうだね。気づかなかった。」
「そうね。気づかなかったのはしょうがないわね。でも今気づいたんだから返品してきなさい!」
「そんなに言わなくてもいいでしょ!もうこうなったら返品できないように…飲む!」
「え。」
そう言って私は嘔吐剤を振り中身をかき混ぜた上で蓋を開け、辺りに不快な匂いを撒き散らしながら一気飲みします。ゴクッ。
「ふ〜……オエッ。」
オロロロロロロロロロ。嘔吐剤を喉に通した瞬間になんとも形容しがたい生ゴミのような匂いを感じ、次の瞬間には抵抗できない吐き気を催しました。その勢いのまま私は周りを気にする素振りを見せずに吐きました。
満足いくまで吐きおわった後、キシリカとロゼリアの方を向くと目を合わせてくれません。まるで他人かのように明後日の方向を向き、私の傍から離れていきます。
私は今大切なものを失ってしまったように感じます。それは人間としての尊厳であり、騎士としての誇りであり、貴重な友情です。
気づけば周りの通行人も目を逸らし、子供が私を見ようとするのを止める親の方までいました。
吐いた場所の近くのお店に掃除道具をお借りして掃除をしました。その後、掃除道具もきれいに洗い、なんとか痕跡を消すことができました。
そうこうしていると馬車の出発の時間になりました。二人が乗り込んだあと私も乗り込みます。乗り込む際、二人はすごい速さでした。私の知り合いだと思われたくないようです。
―――
前線都市が見えなくなるまでの間、同じ馬車に乗っているはずなのですが二人は私と話してくれませんでした。それどころか出発してから誰も喋っていません。
「その、ほんと、ごめんなさい。」
「…。」
「…恥ずかしかったわよ。いつもは笑顔で挨拶してくれる人達がアンタを見た瞬間離れていくの。」
「…何で、嘔吐剤なんて買ったの?」
「興味本位です。あと五本購入で割引だったっていうのと、他に売ってるのが嘔吐剤より危険そうな飲み物だったからです。」
「あれより危険?」
「魔物の体から取れた液体を人間が飲めるように薄くした物が売られていました。」
「…。」
「ちょっと興味はあったんですが流石の私もこれ買っていったら殺されるな、と思ったので代わりに嘔吐剤を買いました。」
キシリカはあまりの話に頭を抱え、ロゼリアは私の馬鹿さ加減に呆れて声も出ないようです。
「アンタの言い分は分かったわ、ゲロ女。」
ゲロ女!?
「頭のおかしい商品を売っているその店も勿論悪いわ。けど私達これから仕事なのよ?しかも貴族の家に行くのよ?貴族の家に嘔吐剤持って行く馬鹿が何処にいるのよ!」
「申し訳ないです。」
ぐうの音も出ない。
「…けど、私達の仲に免じて許してやってもいいわ。その代わりこれから暫くはアンタのことを何処にいたとしてもゲロ女って呼ぶわ。」
「領主さんの屋敷でも?」
「もちろん。」
私は本格的に社会的信用を失うようです。領主さんの屋敷で話しているときにゲロ女って呼ばれるのは想像するだけで居心地が悪いです。
「なんか文句あるかしら?」
「いえ、無いです。」
「じゃあこれで嘔吐剤の話は終わり。ところでゲロ女、アンタに中央道路のこととか教えてあげるって言ったわよね。今説明していいかしら?」
「はい。お願いします。」
「まず初めに聞くけど、アンタ騎士団がこの国のどこにあるのか分かってる?」
「ん?そういえば知らないかも。」
この世界に来てからずっと騎士団に居たから外の町に行くのは初めてです。そんな状況なので、もちろん騎士団がこの国の何処にあるのかは知りません。
「なら先にこの国がどういう形なのか教えてあげるわ。」
「あ、キシリカちゃん。そういうところの説明は私がしても良い?私も聞いてるだけだとつまらないし。」
「もちろんいいわよ。任せるわ。」
ロゼリアは手持ち無沙汰だったようで初歩的な説明を請け負ってくれました。キシリカはロゼリアが説明してくれるとわかった途端に寝ました。説明が面倒くさかったんでしょうか。
「じゃあ説明始めるわね、ゲロ女ちゃん。」
「いや、ちょっとまって。」
「どうかした?」
「ゲロ女ちゃんはやめない?なんか普通に罵られるより心にくるんだけど。」
「なら、ゲロちゃん?」
「一旦ゲロから離れない?」
「そう?けどこれ以外にどうやって呼べばいいのかしら。」
「私が迷惑かけてるのにワガママだとは思うんですけど、ロゼリアには普通にルドって呼んで欲しいな。」
「分かったわ、ルドちゃん。」
すごい安心感。やっぱりこっちのほうがいいですね。
「ありがとう、ロゼリア。」
「まぁ普通の呼び方に戻してあげたけど…私もあれには少し怒ってるからね?反省してね?」
「…はい。」
「じゃあ話を戻すけどルドちゃんはこの大陸がドーナツ状なのは知ってる?」
「それはシエル団長から聞いたよ。ドーナツの穴に魔大陸があるんでしょ?」
「そうよぉ。」
「オリジナは確か魔大陸の南にあるんだよね。」
「うんうん。ここまでは正解。じゃあオリジナの四方がどうなってるかは?」
「…知らない。」
「分かったわぁ。なら説明するわね。まず北には海があるの、その海をさらに北に行くと魔大陸ね。東には私達が普段いる前線都市と大森林。」
「前線都市って名前はもしかして大森林戦の前線ってとこから来てる?」
「えぇ。騎士が前線で戦うから前線都市って言うのよ。」
「へ〜。」
「西には王都、それと黄金の国との国境があるわね。」
黄金の国といえば今も私の腰についてるカメラを代表とした古代遺物の発掘地ですね。
「南には山脈があって向こう側に行くのには苦労するわ。前線都市の南だけ山脈が途切れているからオリジナの南にある国に行くにはそこを通るしかないわね。」
「なるほど。北は海、東は大森林、西は王都、南は山脈と。」
「その通り。覚えておいてね。」
「うん。」
「この後、詳しい説明はキシリカちゃんに任せましょうか。」
「キシリカ、起きて。」
声を掛けるとキシリカはゆっくり起きてきます。
「…何よ、早いわね。」
「そもそもそんなに説明することなかったでしょ。」
「どうせ話が脱線して長くなると思ってたのよ。そんな事なかったけど。で、どこまで説明終わったのよ。」
「オリジナの東西南北に何があるかってとこまで。」
「じゃあようやく中央道路の説明に移れるわね。といっても説明することは少ないわよ。」
「何で?」
「だって、今私達がいるこの道が中央道路だもの。」
「あ、そっか。」
「何よ?忘れてたの?」
「忘れてた。」
「バカね。」
「はいはい、どうせ私はバカなゲロ女ですよ。」
「事実じゃない。」
「…。」
「この中央道路は王都から前線都市まで一直線に伸びてるこの国で一番大きな道路ね。だから舗装もしっかりされてて快適なのよね。」
「確かに、馬車でも全然揺れないね。」
「馬車でもって何よ。馬車以外ないでしょ。」
あ、そうだった。この世界、基本的に馬車ぐらいしか移動手段がないんだった。
「いや、なんでもない。」
「なら良いけど。で、中央道路から脇に何本も細い道が延びてるんだけどそこを進むと各地の領地に行けるのよ。今回行くアベリア領は前線都市から三番目の道ね。」
「何番目とかって何か意味があるの?」
「もちろんあるわよ。王都に近い順に位の高い貴族の領地なのよ。だからアベリア領は下から三番目ってこと。」
「なるほど。ちなみにキシリカの家は何番目なの?」
「うちのソレイユ家は下から一番目、つまり最下位ね。」
「あ、ごめん。何か変なこと聞いちゃった?」
「別にアンタなら良いわよ。けどその質問、他の貴族にしたら殺されるわよ。気になっても向こうが言うより先に聞いたら無礼になるわ。」
こっわ。
「気を付けます。」
「ほんと、気をつけなさいよ。」
「うん。」
こうして中央道路の説明が終わり、時間もちょうどよかったので昼食を摂っています。人生初の馬車も今のところ順調です。
「快適だね。全然揺れない。」
「何でこんなに揺れないか気になる?」
「え、そりゃあまぁ気になるけど、ロゼリアは知ってるの?」
「えぇ、ちょっとした童話みたいなものなんだけれどね。
昔々、とある土魔法使いが馬車に乗っていたところ馬車の揺れでご飯を零してしまいました。悲しんだ魔法使いは王都から前線都市までの道を優れた魔法の腕で舗装しました。結果、馬車の揺れは無くなり魔法使いがご飯を零すことも無くなりました。っていうお話よ。」
「つまり、その人のお陰で私は今お弁当を快適に食べられてるんだね。偉大な先人に感謝。」
「そうね、感謝してご飯を頂かなきゃ。」
当たり前ですがこの異世界にも歴史があって面白いです。…今までにこの異世界に転移してきた人は居るのでしょうか。まぁ、知りようがないことは考えても仕方ありませんが。
「あ、そうだ。今回の長旅で暇になると思って何個か遊び道具を持ってきてたのよ。やる?」
昼食も摂り終わり少し眠くなってきたところでキシリカが提案してきます。
「いいね、やろやろ。」
「まず最初はチェスね。誰が最強か決めましょ。」
「私だね。」
「いいや、私よ。」
こんな感じで和気あいあいとした雰囲気の中、馬車は進み続けました。初馬車記念で写真を撮ったり皆で夜に星を見ながら交代で見張ったりしたのは楽しかったです。
その後、特にトラブルもないまま予定通り五日ほどでアベリア領に着くことが出来ました。




