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東部第二連邦高等女学校の日常  作者: キュッチャン
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第7話『ダブりの平井さん』

「うわああああああ!新入りがダブりの平井さんをボコボコにしているーッ!?」

メガネが慌てて部室に駆け込んでくる。

「なにィ!?ダブりの平井さんを!?」「何やってんだあいつ」

「留年してるだけで何がえらいんですかって、本人の前で呟くから喧嘩になって…」

「正論…」

「と、とにかく早く来てください!」

「そうだな」

部長はロッカーから木刀や金属バットを取り出して言った。

「風紀委員が出てくる前に終わらせないとな」

ストレロクが金属バットを受け取りながら言った。



──廊下

新入りの素早く的確な打撃に平井は完全に後手に回っていた。

自分に萎縮せずに立ち向かってくる生徒などしばらく見ていないのも、いくらか影響しているのかもしれなかった。

平井は飛び退いて胸元に提げたコンバットナイフに手をかけた。

「平井さん!校内で殺しはまずいですよ!」

取り巻きが慌てて制止する。

「こうなったらもうぶっ殺すしかねぇだろうが!」

平井が振り向いて取り巻きに答えるが、その間に新入りは距離を詰めてハイキックを平井に蹴り込んだ。

キックは平井の顔面に見事に直撃し、平井は半回転するように地面に倒れ込み動かなくなった。

「ひ、平井さん!」「平井さん!」

取り巻きが慌てて駆け寄ろうとするが、構えを解かずに警戒する新入りに気圧されて逃げ帰ってしまった。


「新入り!あ?もう終わった?」

木刀を片手にした部長が現れた。

背後には金属バットやレンチを手にした部員たちの姿が有る。

「あ、部長」

新入りは何事もなかったかのように答えた。



──部室

「まぁ、平井の奴がこのまま大人しくなればいいんだがな」

タバコを吸いながら部長が言った。

「兵隊かき集めてやって来たらどうしようもないぞ」

「一応こっちも兵隊集めるか…」

部長は腹を決めたようだった。



──部室棟 自販機コーナー

「笹嶋、平井の奴らが来た時に戦車を並べるだけでいいから、協力してくれないか」

「お前の頼みだから仕方がないが、俺まで風紀にパクられるのはゴメンだぜ…」

「一応風紀には鼻薬を嗅がせるつもりだが、取り調べぐらいはあるかもな」

「お前も新人の面倒見がいいねぇ…」

笹嶋が缶コーヒーのプルタブを起こして言った。



──部室

「完全復活ですわー!」

長岡が手足を振り回し奇怪な踊りを踊っている。

「わかったから見せに来なくてもいい。今忙しいんだ」

部長が呆れた顔で言った。

「何を水臭いことを言うんですの。仲間を集めていると聞きましたわ!

わたくしたちも協力しますわよ!」

「…まぁ、数合わせにはなるか…」

部長は聞こえないように呟いた。



──しばらく後 部室

「部長ー、なんか知らない生徒たちが部室前に集まってますよー」

メガネがやってきて言った。

「平井の奴らもう来たのか!?」

「それがなんだか不良って感じじゃないんですよー」

「はぁ?」

部長とメガネが外に出ると、生徒たちの代表がおずおずと話しかけてくる。

「あ、あの、平井さんと戦うから人を集めてるって長岡さんに聞いたんですけど…」

「あぁ、それがどうかしたのか?」

「わ、私達も、一緒に戦います!もういじめられるのは嫌なんです!」

「お前ら平井の被害者の会か…」

顎を撫でながら部長が言う。

「あぅ、そ、そうです…」

「わかった。殴り合いになったら逃げてもいいから、後ろの方でワーワー騒いどきな」

「スローガンの横断幕とか書きましょうか!?」

「そういうんじゃねぇんだけどな…」

部長は小さく呟いた。



──生徒会長室

「お呼びですか。生徒会長どの」

部長が挨拶をする。

「あぁ、佐藤。以前私が言ったことを覚えているか?」

「色々言われたんで、どれだかわかりませんね」

「私は生徒全員の幸せを願っているという話だ」

「……」

「生徒同士の争いも悲しいことだが、生徒間のいじめの問題というのも、実に悩ましい。

人が人である以上、残念ながら解決できない問題だろう」

「は…?」

「話は変わるが、体育祭の自主練習の準備は上手く進んでいるか?」

「はい?」

「近々部室棟の校庭で行われるそうだな。

生徒が自主的に行事に参加する姿勢は大変素晴らしいものだ。

…風紀委員には大きな問題がなければ介入不要だと伝えてある」

「まさか…」

「"事故"だけは起こさないようにな。退出してよろしい」



──部室

「じゃあ生徒会長が黙認してくれるってこと?」

メガネが言った。

「どこまでかは知らないが、な」

部長が答えた。

「まぁ、でかい不良グループを、手を汚さずに排除できる機会は早々有るものじゃないだろうしな」

ストレロクが言った。

「それで、発端の新入りはなにしてんだ?」

「前にマーケットで買ってきたチョコ食べてるけど…」

新入りは我関せずというふうに缶に入ったチョコを摘んでいた。



──数日後

「平井が兵隊集めて殴り込みに来るって!」

「部長、こっちは連絡網がないぞ」

「放送室にツテがある!"体育祭自主練習開始"のアナウンスを出させろ!」

「まかせて!」

メガネが放送室へ走り出した。


学校中のスピーカーが不快なノイズ混じりにアナウンスを始めた。

「全校生徒の皆さん。これより部室棟校庭にて、体育祭の自主練習が始まります。

参加予定の方は機械化装甲射撃偵察帰宅部のガレージ前にお集まりください…」


「平井さん、妙な雲行きですよ」

「相手がやる気だからって日和ってんじゃねぇ!」

取り巻きを一喝して進んでいく平井だったが、その先の光景には流石に驚愕した。

機械化装甲射撃偵察帰宅部のガレージ前にはBMP-1が一両、戦車同好会のT-55が三両、更に大勢の生徒たちが待ち構えていた。

背後には文化系らしい女子生徒たちが「必勝」「打倒平井」「裁きの日は近い」

などと威圧的な横断幕を掲げている。


一瞬唖然とした平井だが、車両はこけおどしにすぎないと直ぐに判断した。

「どうせ数だけだ!やっちまえ!」「行くぞ!突撃だッ!」

平井と部長が同時に叫ぶ。

不良の集まりと、即席の有象無象は、たちまち乱戦となり、あちこちで統制も何もない殴り合いが発生した。

「ちょっと!髪の毛を掴まないでくださる!?」

長岡がどこかで喚いている。

「新入り!さっさと平井をやっちまえ!」

平井の取り巻きたちと乱闘を繰り広げながら部長が叫んだ。

「了解」

近づいてくる取り巻きたちをプロサッカー選手のようにかわし、時には殴りつけ蹴りつけて突破しながら新入りは平井のもとへ向かった。



「本部、本部、こちら風紀2-3-5、部室棟校庭で乱闘が起きています。至急増援を。

はい?体育祭の自主練?いえ、どう見ても乱闘ですが…」

「こちら本部、発砲がない限り手出しするなと上から言ってきてるんだ。

監視を続行しつつ、介入はするな。通信終わり」

「どうなってるんだ…?」「さぁ…?」

巡回中の風紀委員は二人で顔を見合わせた。



ダブりの平井はその巨体と戦闘能力で、何人もの生徒を相手に一方的な勝利を勝ち取りつつあった。

古代の蛮勇を誇る武将のように、今や平井の進む先に敵なしというふうである。

…そんな中に一度平井を下した新入りが躍り出たのだから、反平井側の生徒たちから小さな歓声が上がった。


「今度こそ殺してやるぜ」

平井が笑う。新入りは無言で構える。

先日のお返しとばかりに殴りかかる平井を、新入りはひらりとかわしたが、すぐに勝手の違いに気づく。

周囲でも乱闘が起きているので迂闊に動けないのだ。

周囲を不規則に動く壁に囲まれているような不快感。

一方の平井はこうした戦いに慣れているようだ、あるいは、周囲の人間を巻き込むことをなんとも思っていない。

どうやら、その両方が正解のようだ。


平井の重い打撃をまともに受ける訳にはいかない、しかし自由に回避することも出来ない。

いきおい回避の方向も制限され、パターンを読まれてしまう。

そもそもが相手を殺さない程度に手加減しつつ、長時間の格闘戦を続けるというのは新入りのやり方ではなかった。

基本は遠距離から射撃し、やむを得ず格闘戦をするとしても、極力不意の一撃で制圧するというのが常道だった。

その点、平井の方はと言えば、どちらかというと学校内での喧嘩が主戦場、まさに不良学生の面目躍如という状況だ。


平井の回し蹴りを受け、新入りの身体が地面に転がり落ちる。

横に身体を転がして平井の追撃をかわしつつ、素早く立ち上がる。

そのまま突進し、全体重を乗せた肘打ちを平井の顔面に見舞う。

後ろに下がる平井を乱打で殴りつけ立ち直らせない。

しかしその程度では大したダメージにはならなかった。

平井は次第に体勢を立て直すと、新入りを殴り飛ばそうと腕を振るう。

新入りはしゃがみ込んで回避しつつ足払いで平井を転倒させると、身体にすかさず全体重をかけて肘の先端部を叩き込んだ。

更に馬乗りになり平井の首を締め付ける。

勝負は決した。平井が失神したところで新入りは手を離した。

周囲の生徒が歓声を上げる。

平井派の不良生徒たちは慌てて逃げ出していった…



──数日後 部室

「部長ー、入部したいって一年生がいっぱい来てますよー」

「くそっ、うちはそういう喧嘩ドージョーとかじゃねぇんだ!帰れ帰れ!」

部長が部室から出てきて入部希望者を解散させる。

射撃部に続き、ダブりの平井派閥を壊滅に追い込んだ新入りは、

すっかり学校の最強ランキングを上り詰めている様子だった…


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