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東部第二連邦高等女学校の日常  作者: キュッチャン
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第6話『ピクニック』

──部室

「部長、今度の連休、久しぶりにアーティファクトを拾いに行こうと思うんだ」

ストレロクが切り出した。

「へぇ?ずいぶん久しぶりじゃないか?」

部長が答えた。

「あぁ、マーケットでアーティファクトが値上がりしてると聞いたんだよ」

「送り迎えぐらいならしてあげるよ」

PPが言った。

「そりゃありがたい、何かと嵩張るからな」

ストレロクが言った。

「アーティファクト?"危険地帯"に行くの?」

新入りが口を挟む。

「あぁ、そうだ」

危険地帯への立ち入りは違法行為だが、

まったく気にもしていない風にストレロクが答えた。

「興味があるのか?」

「行ったことがないから…」

新入りの返答に、ストレロクは顔を歪めた。

「ブラックマーケットみたいな観光地とはわけが違うぞ、新入り」


──"危険地帯"は、外側から見れば直径約10kmの領域である。その内側は地球、あるいは地球外を、パッチワークのように繋いだ奇妙な空間が広がっている。人類は幾度となく調査に向かったが、入り口からどれだけ直線に(もちろん障害物を避けながらなので完全に直線ではない)進んでも反対の端から出てくることはなく、未だに内側の空間がどれほどの広さなのか把握されていなかった──


──連休初日

BMPの兵員室の中でストレロクがタブレットPCに地図を写しながら言った。

「PP、あの高台の陰で停めてくれ。阻止警戒線から3kmの地点だ、

ここからは徒歩で行く」

「阻止警戒線?」

PPが尋ねた。

「出入りを防ぐために正規軍が作った防衛線だ。

危険地帯の内側と外側にそれぞれある。外側の方はザルだが、それでも危険地帯の近くで乗り降りを見られるのはまずい」

「了解。気をつけてね」

「あぁ」

ストレロクはハッチを開けて外に出た。

バックパックを兵員室から引きずり出して背中に背負う。

運転席のPPに合図を出して発進させる。


──さて、ここからはただ一人きりだ。

『機械化装甲射撃偵察帰宅部』という変な名前のチームに入ってから、自然と"危険地帯"からは足が遠のいていた。

戦いはその後も途絶えたことはなかったが、危険地帯は違う、まったく別格だ。それにチームメイトもいない。

だが、何も知らない人間を連れて、ブランクの有る傭兵が危険地帯に入るなんて本当の自殺行為だ。

「アレは何?」「コレは何?」ガキみたいに何でも説明を求めて注意散漫。

挙げ句に不用意にアノマリーに突っ込んで何もかも台無しにする。

べつに他の奴らが嫌いなんじゃない、最高のチームだと思っているし、今みたいに人と仲良くなれたのは初めてのことだった。

気まぐれに誘いに乗った事は今までの人生で一番の判断だったと思っている。

だが、駄目だ。あいつらでは駄目なのだ。



ストレロクは外側の阻止警戒線へたどり着いた。

そこから先が"危険地帯"だと知らせる標識と、侵入者は射殺すると警告する看板が、侵入防止の金網に等間隔に取り付けられている。

ストレロクはケーブルカッターを取り出すと金網の一部を切断し始めた。

そうして人一人が通れる程度の隙間を作ると、バックパックを降ろしてそこを通った。

そしてバックパックを金網から引き出すと、再び背中に背負って歩きだした。


そのうちに軍の検問所が遠くに見える。

もうじき"内側"の阻止警戒線だ、銃をスリングでぶら下げて、両手を高く上げながらゆっくりと近づいていく。



「そこで止まれ!」

見張り台の上の兵士が叫んだ。

「ストレロクだ!ロゴージン軍曹に取り次いでくれ!」

その場に立ち止まって大声で叫び返す。

「軍曹、客です、ストレロクと名乗っています。はい、わかりました。

よし、入ってこい!」

兵士が手招きをする。

ストレロクは両手をおろして、ゆっくりと検問所に入っていった。


「ストレロク、驚いたな。死んだかと思ってたぞ」

まるまると太ったヒルのような男…ロゴ―ジン軍曹は出し抜けに言った。

「あんたも異動してなくてよかったよ」

ストレロクが言った。

「そうかい。俺はこんなところからは早くおさらばしたいがね」

軍曹は鼻を鳴らして心底うんざりだという顔をする。

「私が帰ってくるまでは、居てもらわないと困る」

ストレロクは肩をすくめてみせると、

バックパックについたサイドポケットからビニールに包まれた現金を取り出した。

「キャッシュで10万だ」

「実はお前の来ない間に値上がりしたんだ。5万ほどな、不足分は帰りに現物で払ってくれ」

「…わかったよ」

こればかりは相手の言い値を払うしか無いとわかっているので、余計なことは何も言わずにただうなずく。


ストレロクは検問所を抜けて、"危険地帯"に入った。


──まったく、強欲なやつだ。

だが奴が居るから、いつもこの阻止警戒線を難なく乗り越えて、本当に困難な仕事に集中できる。

仕事を始める前にヘトヘトになったり、戦利品を抱えて疲れ果てた状態で警備隊と撃ち合うなんてのはゴメンだ。

さぁ、気合を入れろ。ここからが本番だ。

強欲な軍曹なんて頭から追い払って周囲を警戒しろ。

ここは"危険地帯"なんだ、本当の危険はここにあるんだ…


いつも通りに進めば危険はない。だが、いつも通り?

果たして前に来たのは何ヶ月前のことだ?

本当にいつもと同じように歩かなければ何がおきるのかわからない。

歩幅を保って、目印のないルートを進む。

今、目の前の景色は数ヶ月前と何も変わらないように見えるが、本当にそうか?なにか一つでも違和感を感じたら、すぐに立ち止まり観察することだ。

けして慌ててはいけない、焦れば一巻の終わりだ。


実のところ安全なルートというのは、まったく《《安全ではない》》。

もしちょっとでも位置がずれていたら、体の半分がなくなってその場に横たわることになっても少しもおかしくはない。

スラムやブラックマーケットなんて物は、結局のところ、銃と手榴弾が有ればだいたいのことは片付いてしまう。

所詮、人間の世界だ。人間のやり方で、どうとでもなる。

だが危険地帯は神か悪魔か、あるいは異星人か、そういうたぐいの連中の領域だ。

人間がこの場所を自由に歩ける日がやってくるのが先か、人間が一人残らずいなくなるのが先か、まったくわからないのだ。


くそっ、ここに来るといつもこうだ。

思考がとめどなく流れ始める。

集中して、無心でいなければならないのに、いつもいつもこの世界すべてのことを脳みそが考え始める。

両目は今だってぎょろぎょろとあたりを見回しているのに、思考はまるで違うことを考えている。

何が神だ、悪魔だ。

見ろ、あの垂れ下がったまるで蜘蛛の巣みたいな物を

もちろん蜘蛛の巣なんかじゃない。

面白半分にアレに触ったやつは悲鳴を上げて、それきり動かなくなったのを見たことが有る。


ストレロクは大きくため息を付いて深呼吸をした。

極度の緊張と思考の連続で、精神はまったく疲れ果てている。

鍛え上げられた肉体にとって、なんともないはずの距離の移動だが、身体中が汗をかき、筋肉は細かく痙攣して、手足の感覚がない。

ひどく緩慢で、それでいて一瞬のような奇妙な時間が続く。

白昼夢のように現実感が希薄になる。

タブレットPCで危険地帯の地図を呼び出す。

いつもの狩り場までは後少し、元はどこの光景なのか、ヨーロッパ風の古い貨物駅のような…

そこを越えればアノマリー溜まり。

つまり、アーティファクトの狩り場だ…


──アーティファクト…アノマリーが生み出す神秘の結晶。

何者かの手によって崩壊し結合された地球に残された生き残るすべ。

それが何なのか未だにわかっていないが、それ無しでは生きてはいけない。

もっとも今となってはそれが何なのかを研究する能力も人々も、人類には残されていないのだった。──


──皮肉な話だ。人類文明を崩壊させた者の置き土産がなければ、もう人類は文明を維持できない。

そして生き残るために、わざわざ危険なアノマリーに近づき、アーティファクトを回収する。

あるいはこれ自体がなにかの罠なのだろうか。鼻先に餌を近づけて獲物を狩る。

私を何処かから見ながらその行為を笑っている奴が居るのだろうか?

なんだって構わない。金のために、生きるために、やるだけのことだ。

笑いたければ笑えば良いんだ…


"貨物駅"はまさにどこからか切り取って、そこに置かれたように場違いだった。

ある地点を中心に球状に空間を削り取ったかのように…

端にある積み上げられた貨物コンテナや線路は途中で綺麗に寸断されていた…


──ここさえ越えれば私の狩り場だ。だがこの貨物駅が問題だ。

死角が多い上に足場も悪い。だがここを通らずに狩り場に行ったこともない。

"危険地帯"でいつもと違うことをする、なにか新しいことを試す、そんな誘惑は振り切らなくてはならない。

一度上手くいったのなら、どんなに馬鹿げたことでも、そっくりそのまま繰り返すべきだ。

得意げに良い事を思いついて試した奴らは皆死んだ。


目の前に紐で縛ったナットをそっと投げ込んで安全を確認する

そしてそっと、なるべく物に触れないように注意しながら線路を横切っていく。

腰につけたガイガーカウンターがガリガリと耳障りな音をたてる。

ストレロクは驚かない。ここに来れば必ず音が鳴るのだ、それに、狩り場の放射線量はもっと高いのだから気にするだけ無駄だ。


──この音を聞くと恐怖が湧き上がるが、同時に意識を集中することができる。

今となってはかえって心地良いぐらいだ。

奇妙な時間間隔の中で、等間隔で人工的な警告音がもたらす奇妙な安心感。

目的地が近いことを知らせてもいる。

さぁ、アーティファクトを拾って帰ろう…。


ストレロクは"狩り場"へ到着した。

しかし、ふと腐臭に気づくと顔をしかめた。

「バカが、人の狩り場を荒らしやがって…」

どうやら誰かががこの狩り場に来て、失敗したようだった。

周囲を注意深く見回すと、上半身の半分が綺麗に切り取られたような死体を見つけた。

「少なくとも、あそこは危険だってことだな。さて…」

ストレロクはアーティファクトを探し始めた。


──さて、どこに有るんだ…。

あのバカの死体はもう腐ってる。奴が拾っていたとしても、再生成された物がどこかに有るはずだ…。

そうだ、大金が、手ぐすね引いて待っているんだ。

大金と言えば、メガネの奴は金には目がないが、アーティファクト拾いには興味が無いようだ。

それでいい、ああいう奴は欲に目がくらんですぐに死ぬからな。

チームの中なら…新入りはもしかしたら向いているかもしれない。

まったく何を考えてるのかわからないやつだが、

ああいう静かなやつは"危険地帯"に最適だ。

もっとも心の底で何を考えてるのかがわからないのだから、本当にそうかはわからない。

妙な奴だ。純血らしいスラブ系、めったに見かけない。

中学の頃にいれば噂ぐらいは聞こえそうなものだが、聞いたこともない。

東校の学区は広いから、もっと北の方の出かも知れないな。

まぁいい、今はアーティファクトだ。

無事に五体満足でアーティファクトを手に入れて帰る。

それが何より重要なことだ。


何十分か、何時間か、ともかくいくらかの時間をかけて、ストレロクはいくつかのアーティファクトを手に入れた。

専用の格納容器にアーティファクトを丁寧にしまう。

探し回ったとおりのルートを逆にたどり、来たとおりの道を進む。

ストレロクの精神は今や達成感で満ちたりていた。

もちろん警戒することはやめていないし、馬鹿みたいに走り出すこともない。


ふと足を止めると、スリングでさげていたAKS-74Uを素早く構えた。

前方に人の気配があった。


──警備部隊じゃないな、奴らがこんなに奥までやってくる事はない。

アーティファクトの回収部隊…でもない、それにしては人数が少ない。

すでに散開して戦闘態勢なら、もう撃たれてるはずだ。

「誰だ」

ストレロクは誰何した。

「誰でもいいさ、あんたの拾ったものが欲しいだけ」

相手は三人、ただの追い剥ぎか…東高の生徒ではない。

もちろん西校でもなさそうだ。

おそらく生徒ではなく、スラムかどこかで生まれ育って学校にも行けなかった連中だろう。

「いいか、わざわざ道の真ん中に立ったりしないで撃つんだよ、こういう時は」


ストレロクは横薙ぎにフルオートでAKを撃つ。

優位と見て油断していた三人は被弾して倒れる。

ストレロクは倒れた女達に更に単発射撃でとどめを刺すと、近づいていき、念のため死体の持っている銃を蹴り飛ばした。


──まるで素人だ。狩り場で見た死体はこいつらの仲間か?

アーティファクトを拾いに来たが、アノマリーで仲間が死んで、怯えて逃げた。

だが帰りの金は払えない…

誰かがアーティファクトを拾って戻ってくるのをこうして待っていた…

行きの時に気づけたはずだ。やはりブランクが有ると危ないな。

こいつらが問答無用で撃ってきたら、死んでいたのは私だ。


ストレロクはため息を付いて、また歩き出した。


「おぉ、戻ってきたか」

ロゴ―ジン軍曹が両手を広げて迎え入れる。

「…3人か4人組のスラムの女を危険地帯に入れたか?」

ストレロクが聞いた。

「あぁ、一週間前ぐらいだったか、どうかしたか?」

「全員死んだよ」

「そうか…」

ロゴ―ジン軍曹は残念そうに帳簿の一行に横線を引いた。

ストレロクはアーティファクトの格納容器を一つ開けて軍曹に見せる。

「ほら、通行料だ。これで足りるだろ」

「十分だ。次回は無料で通っていいぞ」

「私も、こんなところとはもうおさらばしたいね」

ストレロクはそう言って検問所を出ていった。



外側の阻止警戒線を越えて、ストレロクが広域無線機のスイッチを入れた。

「PP、回収を頼む。来たときと同じ場所で待ってる」

──"危険地帯"の外ではすでに一日が経過していた…

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