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東部第二連邦高等女学校の日常  作者: キュッチャン
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第17話『ノスタルジア』

──私はストレロク。

本名は知らない。両親がどうなったのかも知らない。

私を拾って育てていた養父も一年前に街角で撃たれて死んだ。

今は中学に通いながら一人で傭兵をしている。


元のソ連軍事顧問だった養父は私に、一通りの銃の撃ち方や戦い方を教えてくれた。

なぜ養父が何の縁もない私を引き取って、安くない中学の学費まで払ってくれたのかはわからない。

それを聞く機会は永遠に失われてしまった。


「おいストレロク!前に出て敵を見つけてこい!」

今の私の雇い主、いけ好かない東校の傭兵連中のリーダーが言った。

無言で言う通りにする。

中学生の傭兵に期待されるのは弾除けの囮だけだ。

いつものことだった。


先頭を歩いてしばらく経った。

廃墟の窓に何かが動いた。反射的に身をかわす。

回避運動のおかげか、相手が下手なのか、銃が悪いのか、とにかくスナイパーは初弾を外した。

「正面のビルの5階にスナイパー!右から3つめの窓!」

叫びながら手近な遮蔽物へ隠れる。

後方から雇い主たちが射撃するが、距離が遠すぎて制圧射撃にもならない。


「ストレロク!スナイパーを排除しろ!」

今回の雇い主には、散開して回り込むように近づく頭もないらしい。

私の名前を覚えているだけマシかもしれないが、どうだろう?名前を覚えられるよりも、まともな戦術行動が取れるほうがずっと生き残る確率が上がるから、やっぱりまともに動ける雇い主のほうがいいな。うん。


遮蔽物からまた別の遮蔽物へ走りながら近づいていく。

本当ならもっと大きく回り込むようにして近づきたいけど、今回の雇い主の前でそうしたら、逃げたと思われそうだ。

危険な仕事だけど、危険地帯でアノマリーに囲まれるよりはずっといい。

とはいえここ最近の仕事は殆どが、危険地帯に入る賄賂のために受けた仕事だ。


あの恐ろしい危険地帯を、私は自分の居場所だと思っている。

薄汚いスラムや面倒な人間関係から逃れられる。

いや、それだけでもないと心の何処かで感じる、あの場所の奇妙な懐かしさ、それも理由だ。

なぜそんなものをあの場所で感じるのか、それを確かめたい気持ちもある。

未知の危険に挑み、未踏の領域を踏破する楽しみもある。

麻薬的な快楽と言えばいいのだろうか、

…麻薬に手を出したことはないのでわからない。


スナイパーの居る(あるいは居た)建物にたどり着いた。

出会い頭の撃ち合いに備えてセレクターを単発からフルオートに切り替える。

足音を殺して一部屋ずつ、一階ずつ、敵を探しながら進む。

臆病な雇い主たちは隠れたままのようだ。

これではスナイパーは移動したあとかも知れない。

いや、5階の一部屋に、スナイパーが居た。

最初に見たときと同じ窓で、ライフルを窓枠に委託しながら同じ方向を向いている。

なるほど、雇い主と同程度の素人らしい。

背後から三連射を撃ち込みながら思った。


雇い主たちと合流すると戦利品のスナイパーライフルは取り上げられてしまった。

まったく、売れば少しはいい値になるので期待していたのだが。

つまらない仕事の終わりにふさわしいつまらない出来事だった。


どんなクズでも雇い主は生かして返さなければ、評判に傷がついて次の仕事に差し障る。

面倒なことだ。


とはいえどうにか賄賂分が溜まった。

次の週末にはまた危険地帯に行けるだろう。

今度はどこまで行けるのか、楽しみだ。



「ロゴ―ジン軍曹、あんな子供まで行かせて良いんですか?」

「立派なもんじゃねぇか、ちゃんと耳揃えて払ってくれてよ。

子供が危険地帯に入っちゃいけねぇなんて法はねぇよ。

まぁ許可のないやつはそもそも進入禁止だけどな」

「はぁ…」


検問所を賄賂で通り抜けて、危険地帯に足を踏み入れる。

瞬間、思考がめちゃくちゃになる。

緊張感と絶え間ないまとまりのない思考がめちゃくちゃに身体を駆け回る。

思わず吐き気を覚えるが、身体からは何も出ない。

いっそ何もかも全部吐き出せたらと思う。


そして、危険地帯以外では見たこともない植物、本当に植物なのかは知らない、とにかくそう表現するしか無い。それが一面に生い茂っている。文字通り、一面にあるのだからその中を進むしか無い。アノマリーが草に覆われて隠れていたことは今までには無かったが、本当に無いとは言い切れない。それを知るときは死ぬときだろう。仕方なくその薄気味悪い草の中を進む。ガサガサと不快な音を立てる。野戦服のズボン越しにも感じる嫌な肌触りが不快感を掻き立てる…。


深呼吸だ、深呼吸しろ!思考に振り回されるな!

自分の頬を二回ほど叩いて感覚を取り戻す。

何が奇妙な懐かしさだ?なにが踏破する楽しみだ?どこにそんな物がある?

お前は気が変になっているだけじゃないか?

なぜこんなところに好き好んで何度も何度もやってくるんだ?

ここが自分の居場所だと?

超人ぶるのはやめにして今すぐ薄汚いスラムに帰ったらどうだ?

ここは人間の来る場所じゃない!


「落ち着けストレロク…落ち着け…」

涙を流しながら荒々しく呼吸をする。

視界が歪んで何も見えない。

光が明滅して、耳鳴りがする。

時間間隔がなくなっている。どれほどこうしているのかわからない。

ほんの一瞬のことなのか、永遠にそうしているのか?


奇妙な草原を抜けて、まるで石畳のようなだだ広い空間に出た。

這いつくばりながら前に進む。

なぜこんな場所があるんだ…?

少し冷静になった頭がそんな事を考えている。

身体は汗をかき、手足は麻痺したように感覚がなく、呼吸は相変わらずめちゃくちゃで、心臓は破裂しそうなほどに荒れ狂っている。

興奮しているのにひどく冷めているような精神分裂の状態。

「落ち着け!頼むから落ち着いてくれ!」

パニックになりながら自分に向かって叫ぶ。



ガリガリとガイガーカウンターの鳴る音で意識を取り戻した。

どこをどう抜けたのか、鉄道の貨物駅のような場所についた。

まるで人間の領域がそっくりそのまま危険地帯に張り付けられたような感覚。

その景色に思わず安堵を抱く。

ガイガーカウンターは鳴り続けている。

等間隔の警告音が時間間隔の均衡を取り戻そうとする。

「この場所は有害だ!」と叫び続けている。

有害?そうだろうか?なんだかまるで…知っている景色だ…。

ここまで来たのは初めてのことだった。

少なくとも自分にとっては未踏の領域だ。

好奇心に逆らいながら慎重に先へ進む、ガイガーカウンターの警告音は更に大きく速いものに刻一刻と変わっていく。

誰かが言っていたな、「ボルトを投げながら進め、アノマリーに捕まるな」

やってみようじゃないか、あの蜃気楼みたいなものは何だ?あれがアノマリーか?

投げつけたボルトは銃弾のように加速して跳ね返ってきた、顔をかすめて背後の列車のコンテナにぶつかると火花を散らして穴を開けた。

血の気が引いた、いや、正確にはそれを自覚しただけではないか?ここに来てからお前はずっと青ざめた顔をしているぞ。興奮して、心臓は早鐘のように動いている、全身に血が通っているのにそれでいてまったく死人のような肌の色だ。

「まだ先に進むのか?」

誰の声だ?自分の口が動いている。じゃあ私が言ったのか?

また吐き気がこみ上げてくる。なんとか大人しくさせて、水筒の水をいっぱい飲む。

もっと早くこうしていればよかった、いや、それならガソリンタンクみたいな水筒が必要になるな。

なんだ、冗談も言えるじゃないか、私は大丈夫だ、きっと、大丈夫だ。

先へ、進もう。


ボルトを投げるまでもなくアノマリーが存在することがわかる、それはアノマリーが非常に強力だということだ。

お前なんて一捻りだぞと姿を晒している。

だがそういうアノマリーからはアーティファクトが生成される。

アーティファクト、初めて見た。これを持って帰って売れば、もう馬鹿な雇い主なんてどうってことはないんだ。

次からはコレを売った金でまた危険地帯に来れる。

また?なぜこんな所に来なくてはいけないの?

でも、私にはここしか無いんだ。私の、居場所は…。


私はそっとボルトを投げて安全を確認しながらアーティファクトを回収した。

その間中、自分と自分が喧嘩していた。


仕事は、終わった。

帰ろう、スラムへ…

私の居場所じゃない場所へ。

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